三人の英雄・3


 静かで落ち着いた空気の満ちた図書館の中、軍師と風の魔術師が時折ぼそぼそと会話を交わしながら本を漁っている間、星によって天魁星という宿星を与えられている(あるいは与えられたことのある)三人は、城の一角にしつらえてある訓練所でどうしてだか武器を構えて睨みあっていた。
 ことの発端はレッシンのセツナに対する一言。

「あんた、強ぇな?」

 目を細めて言われた言葉にふわりと笑みを浮かべ、元天魁星は「強いよ」とあっさり答える。それは妄言でもなんでもなく、実力を備えた上での言葉であるため聞いていたコクウもツッコミは入れない。謙遜の美徳というものを人間として備えたほうがいいとは思うが、彼に対し道徳を説いたところで無駄だということも理解していた。

「リウから遊んでていいって言われてるし、あんた、暇なら軽く動かねぇか?」

 動く、という言葉がどういう意味を指して言われているのか、理解したうえで「どうすっかな」とセツナは首を傾げる。しかしレッシンは返答を待たずに「ここ、暴れられる場所とかねぇの?」とコクウに対して聞いていた。

「……せめて訓練用の武器にしてください」

 止めなければ真剣でそのまま勝負をしそうな勢いに、コクウが呆れたように溜息をついてレッシンを案内する。大人しくついてくるということは、セツナも三割くらいはやる気があるのだろう。
 珍しい、とそう思う。そもそもこの過去の英雄は、今の戦争にはほとんど関係がなく、顔見知りがいるから手を貸してくれているだけに過ぎない。つまりやらなければならないことは何もなく、好きなように動く結果城にいる間ほとんど愛しの風の魔術師から離れようとはしなかった。それなのに、今回はあっさりとルックから離れている。どうしてだろうか、と考えていたところで、からん、と乾いた木の音が耳に届いた。
 訓練用の武器は攻撃を受けてもダメージが少ないように軽い木で作られている。当然どの武器でも訓練ができるよう、木刀から棍、槍まで様々な種類が揃えられていた。
 レッシンはそのうちの木刀を二本手に取りひゅ、と音をさせて空を切る。

「へぇ、レッシンって二刀流なんだ?」

 自分も軽い訓練用の棍を手にしながらセツナが言い、「最近はずっとこれだな」とレッシンが答えた。話を聞けば片手剣も大剣も槍も棍も使うという。ずいぶんと器用な男だ。

「すごいなぁ、僕なんかトンファーだけで精いっぱいなのに」

 やはり自分も他の武器を使えるように訓練した方がいいのだろうか。そんなことを思っていれば、ぽい、とこちらに投げてよこされるもの。

「……僕もやれ、ってことですか?」

 転がるそれは、コクウが訓練時に使用するトンファー。拾い上げてくるりと回せば、「一対一対一の乱戦?」とレッシンが首を傾げる。さすがにそれは無理があるのでは、と眉を寄せると、「二人一度にどうぞ?」とセツナが笑った。

「一対二で?」
「そう聞こえなかったか? 一対一を繰り返すより手っ取り早いだろ。俺をボコッた後にお前らで決着をつければいい」

 できたら、の話だけどな、と不敵に口元を歪めるセツナを前に、思わずレッシンと顔を見合わせる。確かに、彼が強いことは知っている。その右手に宿す紋章もさることながら、それがなくとも体術に秀でていることはこの目で見ているが。

「……言ってろ。その澄ました顔、ボコボコにしてやる」
「僕、一度セツナさんをぶん殴ってみたかったんですよね」

 あまりに自信たっぷりに言い切られ、まだ少年と呼ばれる年齢のレッシンとコクウが、かちんと来るのも当然のこと。その感情のままに武器を構えた二人を前に、セツナも口元に笑みを浮かべたまま、す、と流れるような仕草で棍を構えた。
 時間は昼を過ぎたあたりで、いつもならば何人かが訓練所で自主稽古を行ったりしている。三人が訪れたときも数名その姿は見えたが、彼らは賢明にも突然始まった天魁星同士のバトルに巻き込まれまい、と部屋の隅で小さくなっていた。
 目を細め、上体を低くしたセツナの棍が、床をかつん、と叩いた。それが合図。三人が同時に床を蹴る。レッシンとコクウは前進、セツナは後退。繰り出されたレッシンの木刀を避けて後ろへ飛び、さらに左へ飛んでコクウの追撃から逃れたかと思えば、まるで計算したかのようにレッシンの真横へと降りてくる。

「ッ!」

 ひゅん、と空を切って振り回された棍を木刀の腹で受け、攻撃の重さに軽く舌打ちをしてレッシンは後ろへ引いた。代わりにコクウが飛び出るが、繰り出されたトンファーを棍の先で軽くいなされてしまう。とん、と軽やかに床を蹴り飛び上がったセツナは、赤いチュニックと紫のバンダナを翻してくるり、と回って着地する。まるで踊っているかのようなその動きに、観戦していたものの間から小さな歓声と拍手が沸いた。

 ふわり、と笑みを浮かべて戦うセツナは本当に楽しそうだ。どこか人を食ったような性格をしている彼が本心から笑っている姿はあまり見ることがなく、もしかしたら今自分はものすごく貴重な体験をしているのではないだろうか、とコクウは思う。
 まるで自分の手足のように自在に操られている棍を避けながらレッシンを見やれば、彼もまた、口元に笑みを浮かべていた。彼の方から手合わせを誘ったところから考えても、レッシンはセツナ同様戦うこと自体が好きなタイプらしい。純粋に強い相手と戦うことができて嬉しいのだろう。
 コクウ自身彼らほど戦闘を楽しむことはできないが、それでも、こうして身体を動かすことは嫌いではない。相手があのセツナであるなら尚更で。

 つい先ほど顔を合わせたばかりのレッシンと当然コンビネーションが組めるわけでもなく、それぞれが勝手にセツナへ攻撃を仕掛けている状態だ。正直、彼は一対一で勝てる相手ではないと思う。二人を相手にしているため、セツナはどちらかといわずとも回避が主となり攻撃はなかなかしてこない。付け入るとすればその点だ。
 だからと言って攻撃の手を休めてレッシンと作戦会議をするわけにもいかず、さてどうしたものか、とトンファーを構え考える。
 僅かな時間見ただけではあるが、レッシンの戦い方はとりあえず真正面から突っ込んでいくものだ、と判断。しかし毎回馬鹿正直に向かっていっているわけでもなく、時折フェイントをかましたりしているようで、おそらくは本能で戦っているのだろう。そういう相手にあれやこれやという作戦は伝えたとしても無駄で、ならばコクウが彼に合わせるしかない。
 そう判断すると、コクウは攻撃の手をワンテンポ遅らせ、レッシンのフォローに回ることにした。彼が攻撃を受けそうになれば逆側からセツナへトンファーを繰り出し、また彼の攻撃を避けたセツナが着地するであろう場所へ先に回り込んでおく。ただ敵を追いかけて動くだけより頭を使うため、攻撃にあまり力を込められない。それでも、今までのようにただバラバラに攻撃をしていては、セツナに武器が掠ることもないだろう。
 膝を曲げてトンファーを交わしたところで、セツナはコクウの意図に気がついたようだ。嫌そうに眉を顰めて大きく舌打ちをした。嫌だと思われるということはつまり、有効な手段ということ。にやり、と笑みを浮かべれば、「相変わらず嫌な奴」と罵られた。

「セツナさんにそう言われたら照れますね!」

 彼は自他ともに認める性格破綻者で、自分とルック以外はどうでもいい、その他の者は地面に這い蹲っていればいい、と本気で思っていそうな人物である。あいつは人間じゃないよ、とは彼とおそらく最も親しいであろう風の魔術師の言。そんな彼に嫌な奴呼ばわりをされたことのある人間など、なかなかいないだろう。
 二人の会話で何か気がついたのか、あるいはコクウの動きで察したのか。

「オレは考えるの苦手だから、好きに動くぞ」
「もちろん、もとよりそのつもりです」

 レッシンの宣言にそう口にすれば、サンキュ、と返ってきた。しかし、好きに動くと言った割には先ほどよりも大振りな行動になっているように見える。もちろんその方がセツナの動きを読みやすく、コクウとしてもフォローに回りやすい。

(あの人、戦闘センスが半端ないんだ……)

 言葉で理解せずとも、本能的に察して動くことのできるタイプらしい。

「レッシンさんってすごいですね」

 一度揃ってセツナから離れ、背中を合わせるように立ったときそう口にすれば、ものすごく嫌そうな顔をされた。何かいけないことを言ったかと思えば、「敬語とさんづけ、止めろ」と命じられる。そういえば団長、と自己紹介をされた覚えがあり、彼もまた人の上に立つ人物なのだろう。「了解」と短く返せば、「コクウもすげぇな」と邪気のない笑みを浮かべて彼は言った。

「いて欲しいところに絶対いるし。オレ、そこまで考えながら戦えねぇ」
「その代わり攻撃の手がちょっと止まるけどね」

 そこは仕方ないだろ、と答えた後、レッシンは顔を上げると真っ直ぐにセツナを見やる。

「あいつもすげぇな。何者だ、ありゃあ」

 二人掛かりの攻撃をなんなく避け続ける男へ、感心したようにそう言った。

「うちの城にもあんだけのヤツはいねぇぞ」
「たぶんここでも一番強いよ、セツナさん」

 ただ、とコクウが言葉を続けようとしたところで、「どうした? もう疲れたか?」とセツナがにやにやと嫌な笑みを浮かべる。

「なんだ、二人でも結局俺に打撃を与えられないって? まあ俺様相手だとしょうがないかもしれないけどさぁ、このままだと俺、戦いながら寝ちゃいそうだよ?」
「……性格は最悪」
「みたいだな。とりあえずボコる」

 互いに武器を構え、同時にたん、と床を蹴った。
 左右から繰り出される攻撃を、まるで動きをすべて先見しているかのように綺麗に避けていく。だからといって追い詰められているようには見えず、僅かな隙を逃さず棍が振り回されるのだから空恐ろしい。

「ぐ、っ、は……っ!」

 ご、と鈍い音を立ててセツナの棍の先がレッシンの鳩尾へ入った。咄嗟に飛びのいてダメージを軽減させようとするも、呻いて咳き込んでしまう。

「レッシンッ!」
「他人のこと気にしてる余裕、あんの?」

 腹を押さえてよろめいた彼の名をコクウが呼べば、いつの間に移動してきたのか、足元から人を小馬鹿にした台詞が聞こえてきた。

「ッ!」
「遅い」

 同時にコクウの腹へも鈍い衝撃。

「か、はっ……!」

 棍が来るかと思えば、セツナはギリギリまで沈めた身体を地面に手をついて跳ねあげ、コクウを蹴り飛ばした。床に落ちる前に受け身を取り、飛び起きて体勢を整える。けほけほと咳き込んでいれば、先に立ち直ったレッシンがまるで当然とばかりにコクウを庇うように前に立った。

「ちょっと、本気で腹立ってきた」
「……だね」

 低い声に頷いて答え、強くセツナを睨む。人を集めその頂点に立つ人物二人から向けられた覇気は凄まじいもので、普通の人間が相手であればそれだけで戦意を喪失していたかもしれない。しかし残念ながら相対しているものは、以前同じように人々の頂点に立ったことのある男。
 当然二人の闘気に怯むことなどなく、彼はむしろ楽しそうに笑みを浮かべてみせた。




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2010.8.14