3 on 3 ・1


 何がどうしてこうなったのか、どんな事情が複雑に絡まり合っているのか、あるいは原因など何一つなくただなるべくしてなった必然の出来事なのか。
 切っ掛けは忘れた、きっと何かしたのだと思うが、とにかくククールを怒らせた。がみがみ叱ってくるものだからうるさくなってきて、言い返したらもっと言い返されて、最終的に言葉が尽きたため実力行使に出た。

「こっの、バカリスマーッ! 改造コード使って、お前の名前ゲレゲレに変えてやるぞっ!?」
「うるせぇ、アホ勇者っ! つか、全国のゲレゲレ使いに謝れっ!」

 非常に低レベルな言い争いだったことは覚えている、叫び声と同時にエイトが放った魔法がルーラであったことも。

「……やっぱあれかな、ククールだけ飛ばそうとした反動かな……」

 もともとルーラは移動魔法であり、術者自身が共に移動することが大前提だ。それを腹の立つ男だけ飛ばしてやろうとしたものだから、どうにも歪んだ発動に至ってしまったらしい。見覚えのない場所にエイトまで飛ばされてしまい、仕方ないとルーラで戻ろうとしたのだが、何故だか使えない。他の魔法は使えたため、移動魔法だけどうにも封じられている感がある。

「……さて、どーすっかなー」

 腰に手を当てて呟いたエイトが今居る場所は、深い森の中、だった。くるり、と見回し視界の端に映るもの。

「まあ、目指すしかねぇか」

 木々の間からはるか天高く伸びる塔が右手側にそびえている。そう遠くもなさそうなそちらへ足を進ませ、ようやく塔の正面に辿りついたところで、がさがさと茂みをかき分けるような音が耳に届いた。
 魔物か、と身構えたが、気配に敵意、殺意はない。しかし足音からして二足歩行のもの。

(……両方から来る)

 す、と目を細めてその足音のものが現れるのを待てば、ほぼ同じタイミングで左右の茂みから二人の人間が姿を現した。

「お!」
「あ……」
「人だ……」

 小さく声を上げた彼らはそれぞれを互いに認識した後、安心したように息を吐き出す。そして同時に口を開いた。

「ここ、どこだか知ってる?」
「助かった、なあ、ここ、どこだ?」
「ここってどこですか?」

 三者三様の言葉ではあったが、内容は全て同じ。顔を見合わせ、もう一度同時に口を開きかけたところで、入り口らしきものなどなかった石造りの塔にぽかり、と穴が空いた。そこから顔を出したのは頭にウサギ耳のカチューシャをつけた可愛らしい女性。黒いワンピースに白いエプロン。いわゆるメイド服を着た彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

「新しいお客様ですか? 入り口はこちらです」

 どうぞ、と中へ促され、顔を見合わせた三人はとりあえず塔の中へ入ってみることにした。





 石造りの塔の中は思った以上に奥行きがあり、明るい空間が広がっている。そこを行き交う人々は大きく分けて二種類存在しているようだった。一つは、今エイトたちを案内してくれた彼女と同じような、ウサギ耳のメイドたち。くるぶしまであるロングスカートのメイドもいれば、膝上ギリギリのミニスカートのメイドもいる。デザインは様々だが一様に黒いメイド服に白いエプロン、白いウサギの耳を頭につけている彼女たちは、どうやらこの中で何らかの役を負っている人々のようだ。
 そしてもう一つは彼女たち以外のもの。エイトたちを含めたそちら側の人々は、人間ばかりでなく耳の尖った種族のものや、明らかに爬虫類や両生類が二足歩行しているような種族のものもいた。

「何なんだよ、ここ……」

 不安そうに緑の髪の少年が呟き、エイトはほえー、と口を空けて塔の内部を見回している。「あんまり上見るとこけるぞ」と黒髪の青年が呆れたようにエイトの背を支えた。
 突然広がった見慣れぬ光景に呆然とする三人の前で、案内してくれたウサ耳メイドは柔らかな笑顔で事務的に説明してくれた、端的に纏めればここでは闘技大会が行われているらしい。
 受付をすれば誰でも参加が可能、ただし三人が一組のチームでなければならず、生死の保証はできない。戦闘はチーム対チームで行い、勝ち進んで見事優勝すれば願いを一つ叶えて貰えるという。

「マジで!? 願いを叶えてください、って願いもあり!?」
「へぇ、太っ腹なことやってるもんだな」
「うっわーうさんくさー……」

 ウサ耳メイドの話を聞き、それぞれに感想を零す。全然違う反応をする互いを見やり、そういえばまだ彼らの名も知らぬことに気がついた。「とりあえず自己紹介でもしとく?」と提案するエイト。どうやら彼ら二人もエイトと同じように、突然この場所に飛ばされてきて戻れず困っているのだという。

「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」

 よろしく、と笑うのは黒衣黒髪、紫の瞳の背の高い人間。ククールに負けず劣らぬ整った顔をしており、エイトは思わず「……どっち?」と首を傾げてしまった。その言葉を正確に把握したらしいユーリは、くつりと笑ってエイトの腕を取る。

「何なら下も触るか?」
「……揉んで良いなら」
「じゃあお前のも揉ませろよ」

 まっ平らな胸に手を導かれ、とりあえず彼が男性であることを理解。そんなくだらない会話をする二人の側で顔を赤らめているのは緑の髪の痩せた少年。肌に紫色のイレズミが入っており、何やら妙な力の波動を感じる。少しおどおどしたところのある彼は、リウ、と名乗った。
 露出の多い服装であるため、彼の場合は見ただけで男だということが分かるが。

「……なんで触る、んですか」
「や、生きてんのかなと思って」

 あまりにも肌の色がくすんでいたため、死んでるのではないかと思ったのだ。ぺた、とリウの胸の上に手のひらを当て、その体温を感じたところで、「ひとを勝手に殺さないで!?」と怒られた。

「で、お前の名前は?」

 リウの生死を確認することに意識が行っていたため自分の自己紹介を忘れている。「俺はね、」とエイトが口を開いたところで。

「頭の仕様がかなり残念なことになってる近衛兵、エイトくんでーす」

 聞き慣れた声がそう背後から聞こえてきた。

「そうそう、エイトくんでーす」

 なんとなくノリで頷いてそう続けてみたが、言葉の前半部分の意味を理解し「ん?」と首を傾げる。そんなエイトの頭をバンダナの上からわし、と掴んだ男は、思った通り、どこぞへ飛ばしたはずの赤いカリスマ。

「悪いな、うちのバカがなんか迷惑かけてねぇか?」

 ぐりぐりと、尖らせた人差し指の関節でエイトの旋毛を抉りながら、どうやら彼と話をしていたらしい二人へ視線を向ける。

「まだ許容範囲内。手のかかる知り合い多いもんでな」
「あ、オレもー。変な知り合いいっぱいいるから」

 心の広い二人の言葉に「そりゃ良かった」と苦笑を浮かべ、ようやくククールはエイトの頭を解放した。

「何すんだ、バカリスマ! つか、誰の頭の仕様が残念だっつーんだよ!」
「お前以外の誰がいる。そもそも何でルーラでこんな場所に飛べるのかが、オレには分からない」
「俺にも分からない。ここ、どこよ」

 ククールの言葉に神妙な顔をしてそう言ったエイトを見下ろし、ため息をつかざるを得なかった。

「なぁ、二人ってもともと同じ場所にいて、ここに飛ばされてきたってこと?」

 二人のやり取りを見ていたリウが恐る恐るそう口を挟む。そうだ、とククールが頷けば、「だったら……」と彼はきょろきょろとあたりを見回し始めた。

「誰か探してんのか?」
「や、オレもここに飛ばされたとき、一緒にいたヤツがいるんだ。もしかしたらそいつもいるかなって」

 ククールの問いにリウがそう答え、「あ、なるほど」と頷いたユーリもまたくるり、と視線を巡らせる。

「ユーリも?」
「まあな。ちょうどこれから、ってときだったから、機嫌悪くなってなけりゃいいけど」

 最近ヤってなかったしなぁ、と続けられた言葉の意味はエイトにはよく分からなかった。探す目は一つでも多い方がいいだろう、そう思い、それぞれ特徴を聞こうとしたところで。

「リウッ!」
「あ、レッシン!」

 名を呼んで走り寄ってきたのは灰色の髪をした少年だった。リウと同じ年くらいだろうが、成長途中の身体でもしっかりと筋肉がついているのが分かり、何か武道でもしているのだろうと思えば彼の腰には刀が二本佩いてある。嬉しそうに笑みを浮かべてリウに飛び付いた少年は、一しきり抱きしめて満足してから身体を離し、そこでようやく周りにいる人々に気がついた。彼が「誰これ」とリウへ尋ねている間、「おー、いたいた。気付くかな」とユーリが呟いてひらひらと手を振る。
 彼の側へやってきたのは、同じほど背の高い、金髪の美青年だった。「良かった、無事で」とほっとしたように呟いて笑みを浮かべた後、彼の場合はすぐに周りにいるエイトたちへ視線を向けてくる。

「こちらの方々は?」

 それぞれの探し人が見つかった上での再びの自己紹介。

「……せんせー、名前が覚えられません」
「とりあえずお前は黙ってろ、話が進まねぇ」

 一度にたくさんの人と名前を出されても、エイトの脳がそれを処理しきれるはずがない。「金髪がフレン、黒いのがユーリ、痩せてんのがリウで、痩せてないのがレッシン」と順番に指さして何度も名前を確認しているエイトを放置し、これからどうするべきか、と今後の対策について話題を移行させる。偶然知り合ったものたちが同じ境遇にいるというのだ、知恵を出し合って対策を練った方がより効率的かつ合理的だろう。

「ここがどこだか分からない状況だと闇雲に歩き回るのは危険だよ」
「まぁな。とりあえずオレは闘技大会に出るってのを押しとく」

 フレンの言葉に頷いたユーリがそう答える。大会のことをフレンたちはまだ聞いていないようで、後から来た三人へ先ほどウサ耳メイドから聞いたことをそのまま伝えてみれば、やはり反応は三者三様。

「へぇ、そりゃすげぇじゃん。優勝したら帰れるってことだろ?」

 単純に言葉を信じてそう笑うレッシン。

「『願いが叶う』っていうのがどうも、信じられないね」

 と眉を寄せるフレンに、「一チーム一つの願いなのか、それぞれ一つずつの願いなのか、曖昧だな」とククールもまた首を振った。

「まあ胡散臭いっつーのは同感だけどな」

 苦笑を浮かべてそう言ったユーリの側で、「でも、」とエイトが口を開く。

「ぶっちゃけ、それ以外にフラグが見つからないってのも事実なんだよな。偶然にしちゃ出来過ぎてんだろ」

 意味も分からず意思を無視して呼び寄せられたこの場所で、目の前に提示された闘技大会。何らかの意図が働いて、「闘技大会に出ろ」と言っているようにしか思えない。

「……何かの罠って可能性は?」

 リウの言葉に、「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ」とレッシンがお決まりのセリフを吐く。

「もし罠だったとしても、ぶっ壊せば問題なし!」

 腕を組んできっぱりと言い切られた少年の言葉に、リウはため息をつき、ユーリとエイトは「賛成」と頷き、ククールとフレンは顔を見合わせて肩を竦めた。




2へ
トップへ
2010.11.01