今度は、二人で。・4 「……二つも抱えてよく平気ですね」 「一書ってやつは常に身につけてはなさそうだけどな」 感心したように呟いたコクウへ、セツナはリウをじっと見やりながらそう分析する。あなた鋭いわね、とディアドラに視線を向けられ、少年は「似たようなヤツ、持ってるからな」と右手を掲げてみせた。 「これ一つでも面倒臭ぇのに、二つも抱えてりゃ、時間が止まる以外にも弊害が出るのは当然だ」 「ああ、そういえば真なる紋章って不老になるんでしたっけ。……あれ? ってことは、ディアドラさんもリウさんも……?」 「ちょっと、具体的に想像しないでもらえる? 私はまだまだ若いわよ」 コクウの言葉にディアドラが眉を寄せて口を開き、「二百近いくせに、よく若いって言えるな」とリウがぼそり、呟いた。 「リウもそれくらい生きてるのか?」 レッシンに尋ねられ、「正確には覚えてねーけどな」と答える。 「こいつ宿して百年くらいかけてようやく一書を手に入れて、で、そこから百か、二百かくらい? もっとかもしんねーけど」 不自然に線刻を封じる術を解き、肌に紫色の線を纏わせてそう説明をする。彼の目にこの書を触れさせるのはこれで三度目だ。レッシンはその線刻こそが世界の記憶なのだ、と気がついたらしい。 「じゃあ、前に黒い魔物と戦ってるときに使ってた本が」 「そ、ご明察。あれが唯一なる書」 お前意外に頭いーね、と笑えば、馬鹿にするな、とレッシンが鼻の頭にしわをよせリウを睨んだ。 「こんなの二つも抱えてたら、世界が歪むのも仕方ねーだろ? だからって放り投げるわけにもいかねーし」 「……それだけの力、悪用されたらどうなるか分かったものじゃないですよね」 コクウがそう口を開き、「こっちの世界の真なる紋章も同じ、ですけど」と続ける。 「まあ、俺なら確実に滅ぼせるな、この世界」 「する気もないのにそういうこと言うの、止めてくださいね」 にっこりと笑って返された言葉に、セツナは嫌そうに顔を顰めてちっ、と舌打ちをした。そんな二人へちらりと視線を送った後、リウへ目を戻したレッシンは「だから、か」と口を開く。 「だから、シトロには帰らねぇって?」 「そーゆーこと。居心地良くてついつい長く居ちゃったけど、前からさっさと出て行こうとは思ってたしね」 ってことでディアドラ、と彼女へ視線を向ければ、心得ている、と頷いてかつん、と石畳の床をロッドで叩いた。ふわり、と彼女を取り巻く空気に流れが現れ、渦を巻いて集まった個所に現れた光り輝く丸い輪。 「ルックやセツナさんの転移とはまた違うんですね」 「いくら俺らでも、世界を股にかけた移動は無理だって」 異世界の術を間近に目にし、コクウとセツナがそんな感想を漏らす。じゃあ後のメンバへの説明は頼んだ、とリウがトビラへ足を向けた所で、「リウ!」とレッシンが名を叫んだ。 「……その一書っての、オレに寄こせ」 「…………はぁ?」 「だから、一書とそのイレズミと、両方をお前が持ってるからおかしなことになるんだろ。片方オレが引き受けてやる。寄こせ」 きっぱりと言い切られた言葉、ずい、とリウへ向かって伸ばされる手。どうやら本気でそう口にしているらしい。 なるほど確かに、とリウは場違いにも感心を覚えてしまった。二つの力を抱え込んでいるからが故の歪みならば、片方を誰かに渡せばいい。そうすれば、リウの身に振り抱えるものは時間の無経過だけとなる。 くしゃり、と顔を歪め、「渡せるかよばーか」とレッシンの頭をぐりぐりと撫でた。 「なんで!」 「なんで、ってお前ね。これを持つってのがどんなことか、ホントに理解してんの? 力を得るとか、そういうレベルじゃねぇし、簡単な気持ちで持てるもんじゃねーの」 「そんなの、分かってて言ってんだろうが!」 「分かってねーよ、全然」 ぴん、と額を弾き、伸ばされた腕から逃げるようにリウは後ろへ足を進める。彼の背後にはディアドラによって作られたトビラ。もとの世界に通じてはいるが、シトロ周辺への道ではない。 彼がただ力が欲しいが故に、あるいは好奇心でそのようなことを口にしたのではない、などリウも理解している。この少年は、歪んだ存在にならざるを得ないリウを心配し、肩に圧し掛かるものを少しでも軽くしてやりたい、と手を差し伸べてくれたのだ。本来ならばその手を取った方がリウにとっても、あるいは世界にとっても良いのかもしれないが。 「オレは、お前らみたいなのを守りたくて、だから、こんな面倒なもん、抱えてんだ」 それを守りたい相手に押しつけるなど、できるわけがない。 「そのキモチだけ貰っとく。サンキュな、レッシン」 更に後ろへ足を進め、レッシンから距離を取る。追いかけてくるかと思えば、彼はその場に留まり悔しそうにリウを睨みつけていた。レッシンもまた気が付いているのだろう、リウがまったく渡すつもりがないことも、また自分がそれを奪い取れもしないだろうことも。 思慮深いというよりも、動物的な勘が異様に鋭い。相手が何を考えているのか、望んでいるのか、自分が今何をできるのか、するべきなのかを至極的確に見抜く力を持っている少年。 きっと彼はこの先、大きな存在となるだろう。シトロという村だけでなく、もしかしたら世界にとっても何らかの役割を果たすものとなるかもしれない。そんな期待を抱いてしまう、可能性に溢れた少年だ。 そう思うからこそ尚更、呪いのような記憶を手渡すわけにはいかなかった。 こういう記憶があるのだ、と。それをただ知っておいてくれさえすれば、それでいい。これからは一切関わることなく、彼自身の人生を歩んでもらいたい。 そんなことを思いながら「じゃあな」と口元を緩めたところで、不意に耳に届く低い声。顔を上げてレッシンへ視線を向ければ、強くこちらを睨みつけてくる瞳とぶつかった。 「いつか、絶対に奪いに行ってやる」 覚悟しておけ。 *** *** 「…………で、ホントに奪いに来ちゃうんだもんなぁ」 はぁ、と溜息とともに呟いたのは、緑色の髪と瞳を持つ痩せた青年。彼の言葉を耳に留め、先を歩いていた男が振り返って「なんのことだ?」と首を傾げる。 「や、今から五十年くらい前のことを振り返っていただけデス」 「五十年前? なんでまたそんな昔を」 「お前がオレから一書奪ったのがちょうどそのくらいだろ」 「そうだっけか」 「そうなんですー。もう、カタナ構えて襲ってくるから、殺されるかと思った」 「ああ、半分くらいは殺してやるつもりだったし」 「ちょっ、マジで!?」 あっさりと返された言葉に驚いて声を荒げれば、「だってリウ、死にたがってたじゃん」と男はごく自然に当たり前のことのように言った。 「お前が誰かの手に掛かって死んだり、自分で死を選ぶくらいなら、オレが殺すつもりだったし。お前が背負ってたもん全部引き受ける覚悟はしてた」 それくらいの覚悟がなければ何百年も一書と線刻を抱えて生きてきたリウから、その片方を奪うなど到底できないだろう、そう思ったのだ、とレッシンは続ける。 「だから渡してくれて正直助かった。できれば一人じゃなくてお前と生きたかったしな」 伸びてきた腕は、出会ったばかりの頃と比べずいぶん逞しく成長している。あの頃は見下ろさなければ合わなかった視線も、今はどちらかと言えば若干リウが見上げなければならないほどで。 後頭部へ回された手に引き寄せられ、そっと触れ合う唇。 「リウを初めて見たときから、ずっとこうしたかったんだ、オレは」 今はそれ以上もできてるからすげぇ幸せだ、となんの衒いもなく放たれた言葉に耳まで赤く染めながら口元を押さえたリウは、「オレも」と小さな言葉で返した。 オレも、しあわせ。 消えた過去を思い出させてくれたのがこの男だとすれば、失ったと思っていたものを取り戻してくれたものこの男。 そうしてまた、色々なものを誤魔化し騙し、嘘を重ねて生きることになるのだろう。 今度は、二人で。 ←3へ ↑トップへ 2010.09.20
書持ち不老リウ、ラスト。 同じ設定で幻水2のミューズに飛ばされてしまう、というリクでございました。 二つ目の不老リウを書いた辺りから、オチはこの形にしよう、と決めてたので。 リクエストありがとうございました! |