バイオレント・プリンセス 後 フレンには話をしていないし、話すつもりもその必要もないと思うが、もともとユーリはかなり劣悪な環境で育ってきていた。城の下女という職すら、本来なら就くことのできないような生まれだ。周囲に飛び交うものは怒声と悪意。だから、だろう。どれほど僅かなものであろうと、なんとなく感じることができる。 (空気がぴりぴりしてる……) その日は兼ねてより国民が待望していた、第一王子フレンの妃となる隣国の王女が正式に腰入りをしてくる日だった。だからこそ城の警備もいつも以上に厳重で、この国だけでなく、隣国の兵士も入り混じっている状態。 朝からずっと肌にまとわりつく嫌な緊張感もそのせいだろう、と思っていたのだが。 (……何か、違う。もっと嫌な、) 何かがおかしい、とそう思いはするが、それを誰に伝えたらよいのかが分からない。仲の良い同僚たちへそれとなく話をしてみたり、警備する兵士に話しかけてみたりもしたが、誰ひとりユーリが抱くような危惧を持っているものはいなかった。 (せめて少しでもフレンと話せたら……) 己が仕える王族の一人であり、遠くから眺めているだけだった金髪碧眼の王子様。同僚たちはみな理想の王子だ、と憧れているようだったが、ユーリにとってはそんなことよりも剣の腕を磨くことの方が大切で興味すら抱いていなかった。 しかし話をしてみれば意外に気さくで、思慮深いかと思えば天然なところもある好青年。しっかりと自分の意思をもち、芯を通すところなど非常に好感が持てる。だからきっと、フレンならばユーリの話を多少は聞いてくれるのではないか、とそう思う。 「…………まあ無理だろうけど」 本日の主役の一人が、おいそれと侍女が歩き回る場所を徘徊しているはずがない。きっと今頃は身支度を整えて控えている最中だろう。 (……仕方ねぇ、諦める、か) 杞憂であれ、と己に言い聞かせてため息をついたところで、「ちょっと、そこのあなた!」と声が掛けられた。顔を作って「はい?」と振り返れば、ユーリよりも少しだけ仕立ての良い侍女服を纏った女性の姿。 「今手が空いてる? これを運んでもらいたいんだけど」 これ、と彼女が指さしたものは、何やら白い塊だった。 「フレン様のお衣装よ。本当は昨日のうちに出来上がってなければいけなかったんだけど」 王宮付きの針子たちが、揃いもそろってフレン王子のファンだったらしい。憧れのフレン様が結婚するという事実にショックを受け、作業が遅々として進まなかったというなんとも微妙な理由。 「フレン様付きの侍女たちも、『そんなお姿見たくない!』とか言って誰も届けに行きたがらないし、私は他の仕事があるから」 そんなことをいわれても、ユーリは王宮の奥、王族の部屋がある部分へは足を踏み入れたこともない。どこまで運べばよいのか、と尋ねれば、少し奥へ行った控えの間で良いとのことだった。 「なんつーか、すごい人気ですね」 呆れたようにユーリが呟けば、「気持ちは分からなくもないけどね」とその侍女は苦笑して肩を竦めた。 彼女から手触りの良い上等な服を受け取り、ユーリは教えられた部屋を目指す。おそらくそこにフレンがいる、ということはないだろう。誰かまた別のものへ手渡すようになるはずだ、そう思っていたが、控えの間に居た侍女もまた忙しそうで、直接部屋へ届けて貰いたいと頼まれる。 (これはラッキーかも) そう思いながら、ユーリは教えられた部屋を目指してひたすら長い廊下を進んだ。 ** ** コンコン、と軽いノックの音が室内に響き、中に居た人間たちが緊張に肩を強張らせた。助けが来たかあるいは敵側の増援がきたか、とフレンは気配を探る。 敵、そうもはや隣国は敵、だ。 晴れ姿の息子を一目見たい、とフレンが支度をする予定だった部屋に現国王とその王妃、つまりはフレンの両親が揃って顔を見せた。まだ衣装が届いていない、と口にすれば、手際の悪さに不快感を見せたものの、「皆、良いものにしたくて一生懸命になってくれてるんですよ」というフレンの言葉に落ち着きを見せる。 そうして衣装が届くまでの間、親子で話をしていた中、突然来訪した花嫁。式典の前に一度きちんとご挨拶をしておきたくて、と笑みを浮かべる王女に、国王夫婦は「礼儀正しいしっかりとした王女だ」と嬉しそうだったが、彼女の姿にフレンは違和感を覚えた。 一般的に身支度に掛かる時間は男よりも女の方が長い。それが花嫁衣装となれば普段よりも更に時間がかかるだろうに、今の彼女は普段の華美ではないドレスのまま。 眉を寄せ、時間は大丈夫ですか、とそう尋ねたところで。 「はい、今まさに大丈夫になりました」 にっこりと、邪気のない笑みを浮かべ隣国の王女、エステリーゼがぱん、と可愛らしく両手を叩いた。 「なっ!?」 同時に室内に入り込んできた大勢の兵士、見張りの兵がいたはずだが彼らは既にやられているのだろう。油断をしていた、としか言えない、部屋にいた兵たちもあっという間に身動きを封じられ、そうして震える王妃を抱きしめた国王と、フレンに対し刃が向けられる。 「何故このようなことを……」 フレンの呟きに、エステリーゼはやはり笑みを浮かべたまま「だって」と首を傾げる。 「わたし、あなたのこと、好きではありませんから」 やっぱり結婚は好きな方としたいでしょう? 望まないことだから破壊をしてしまえばいい、というずいぶんと幼い思考回路。それならば事前に断ってくれたらよかったのに、と思えば、「お父さまは全然わたしの話を聞いてくださらないの」と彼女は言う。 「この国の王族が死に絶え、我が国になれば、わたしも結婚しなくて良くなります」 王女の本来の意図よりもむしろ、この国を乗っ取るという点で賛同者が現れたのだろう。この兵たちはそちら側の人間だ、ということ。 「ですから死んでください」 そう宣言され、さてどうしたものか、と思ったところで響いたノックの音。 見張りたちを制圧し、国王と王子へ刃を向けている兵をぐるりと見回し、そのリーダ格であろう男と王女が軽く視線を合わせる。どちらからともなく頷き合い、「どうぞ」と声を発したのは王女。 「失礼いたします」 そう言って扉を開け入ってきたのは白い衣装を持った城の侍女だった。 「フレン様のお衣装をお持ちいたしました」 顔を上げた彼女へ視線を向け、フレンは目を見開いて驚きを表す。己が住まう城の使用人たちの制度を詳しく理解しているわけではないが、王宮の奥まで来ることができるほど彼女の地位は高くなかったはずだ。それがどうして、と突然現れた友人を見つめる。 彼女の方もまた、入ると同時に喉へ付きつけられた刃に驚きを隠せていないようだった。 「折角持ってきていただいたのに残念」 それはもう必要ないんです、と口にする女性へ目を向け、すぐに悟ったのだろう。この人物こそがフレンの結婚相手である隣国の王女であり、現状の黒幕である、と。 真っ直ぐにエステリーゼを見据えたユーリは、次の瞬間にやり、と不敵な笑みを浮かべた。 この状況で笑うなど、おそらく誰もが予想していなかっただろう。ユーリをよく知るフレンでさえ、一瞬あっけにとられたが、しかしすぐに気付く、彼女が腕にかけた衣装の陰に何かを隠し持っていることに。 「フレン!」 「分かってる!」 名を呼ばれ、返事をし、行動を起こしたのは二人同時。 衣装を投げ捨てて剣を構え、左右の兵へ切りかかるユーリ。自分の喉へ付きつけられていた剣を奪い、とりあえず両親を助けるため床を蹴るフレン。数人の自国の兵を解放し、国王と王妃を守るように促した後、残りの敵を一掃するためユーリはスカートを翻して剣を振る。 「ほらな、やっぱりこのカッコで暴れられるようになってて良かったろ!?」 繰り出された剣を受け止め、弾き返して後退しながらユーリがそう叫んだ。苦笑を浮かべ「そうだけど」とフレンは敵の首筋へ柄を振り下ろし、昏倒させる。 「ユーリは女性なんだから、もう少しいろいろ気を使った方がいいと思うよ」 「あ? どういう意味だ?」 「あんまり派手に暴れると、スカートの中が見えそう、って意味」 「見んな、バカ!」 ユーリは怒りながらも目の前の敵へ剣を振り下ろし、「残念ながら全然見えないんだよ」とフレンも最後の一人を切り捨てる。 「……残念ってどういう意味だよ、むっつりスケベ」 「僕はむっつりじゃないよ、どちらかといえばオープンなスケベ」 「王子の言う台詞じゃねぇぞっ!」 だん、と床を踏み鳴らして声を荒げるユーリへ、あはは、と笑いながら、二人は揃って最後に残っていた隣国王女へと刃を向ける。 「で、お姫さん、残るはあんただけなんだけど?」 連れていた兵は皆床に伏し、誰も助けてくれるものが居ないというのに、彼女は柔らかな笑みを崩していない。まだ何か隠している手でもあるのだろうか、と警戒すれば、「どちらにしろ」と彼女はおっとりとした声音で口を開いた。 「これで私とあなたの婚約話は立ち消え、ということになりますよね」 さすがに国王の前でこのような騒ぎを起こしておいて、続行ということもあるまい。 「安心してください、私ももともと乗り気ではありませんでしたから」 フレンの言葉に、「だったら始めから断ってくだされば良かったのに」とエステリーゼは唇を尖らせた。 自分のしたことがかなり大それたことであり、国際問題に発展するだろうと彼女は理解していないのかもしれない。あるいは理解した上でそのような態度を取っているのか。 「何にしろ、わたしの目的は達成されましたし、これ以上ここにいる意味もないので、お暇させていただきますね」 す、と優雅な動作で足を下げた王女は、おそらく始めからこうするつもりで立ち位置を考えていたのだろう。背後にあった窓枠へ体重を預け、そのままふらり、と体を投げ出してしまう。 「――っ!? マジかっ!」 「姫っ!」 慌てて二人で駆け寄ったところで、「レビテーション!」と別の少女の声が外から響く。 「術者か……」 「しかもかなり高位の、ね」 ユーリの呟きにフレンが外を見やりながら答えた。どうしてそこまで分かる、と視線で問えば、「今の魔術、」とフレンは口を開く。 「もともと術者自身にしかかけられないものだ。それを他者にかけていたから」 「……なる、結構な使い手ってことな」 顎に手を当てて頷くユーリを横に、兵たちへ逃げた王女を追うように指示を出す。城に残っている隣国の兵たちも一旦は捕え、彼女に加担していたかどうか問い詰める必要があるだろう。考えただけで頭の痛くなってくる面倒な作業だったが、城の中のものたちの安全に関わることだ、手を抜くわけにもいかない。 「父上と母上はご無事か」 解放されたと同時に部屋の隅で保護されていた父王たちの無事を確認し、フレンはほ、と安堵の息を吐いた。あの状態からほとんど皆無傷で助かったのは奇跡と言わざるを得ない。 「いや、奇跡じゃないか、ユーリのお陰、だね。ありがとう」 彼女が訪ねて来なければ、きっとこの危地は脱することができなかった。改めて向かい合い礼を言えば、「お前が無事でよかったよ」と相変わらずさばけた口調で彼女は笑う。 「でもユーリ、よく部屋の中の状況に気がつけたね」 衣装に剣を隠して入ってきたということは、何らかの良くないことが中で起こっていると分かっていたからに違いない。そもそも彼女が衣装を届けに来た理由も分からないが、疑問をそのまま尋ねられ、ユーリは朝から覚えていた違和感のことを話した。 肌を刺す嫌な気配と空気、できれはフレンに話したいと思っていたこと、偶然にも衣装を届ける役を請け負ったこと。 「部屋の前に見張りの兵が居たから入れてくれっつったんだけど、だめだっていうからさ」 とりあえず伸して剣、奪っといた。 とん、と彼女の肩にのせられたその剣は、確かに隣国の兵が持つものだ。「君ってひとは」と呆れたように眉を寄せるが、「だって武器欲しかったし」と彼女はあっけらかんと笑う。 「で、オレはこのまま仕事に戻ってもいいわけ? それとも捕まえられたりする?」 「は? どうして君を捕まえなきゃいけないんだい?」 「いやだってほら、」 両陛下の前で王子であるフレンに対してこの口の利き方。不敬罪として捕えられても文句は言えない、とユーリは笑って言った。そう言われたら確かにそうだ、未だ状況についていけず唖然としている両親へ視線をやったあと、フレンはユーリへと目を戻す。 ん? と首を傾げている彼女を前に、フレンは決意を固めた。 「父上、母上、紹介します」 ユーリの腕を引いて両親の前へ歩み寄り、きょとんとしている彼女を指して言った。 「新しい僕の婚約者です」 「…………はぁっ!?」 突然の息子の乗り換え発言を受けた両親よりも、そう紹介されたユーリ自身が一番驚いていた。 ←前へ ↑トップへ 2010.10.19
【僕の婚約者】運命的な出会いを経験したことがあるヤシ【2人目】 童話風パロ、フレン王子、ユーリ♀召使い。 リクエスト、ありがとうございました! |