ハロウィン・パーティー 後 こちらへ視線を向けた眼鏡の吸血鬼は、失礼、とほかのメンバに頭を下げ、素直にキッチンへと近寄ってくる。 「何、兄さん」 そう言葉を発した双子の弟を燐はじ、と見つめた。首を傾げるわけでもなく、唇を突き出すわけでもない。吐息すらも零していないのに、どんな電波をキャッチしたのか、顔を傾けた雪男がちゅ、と燐の唇へキスを落とした。 「これでいいの?」 「ん、サンキュ」 雪男の言葉に燐はにっこりと笑みを浮かべ、それを見ていた三人が「おお」「すげぇ」「さすが双子」とそれぞれ歓声を上げる。 「……ていうか、これだけのために呼んだの?」 もちろん雪男としては最愛の兄がキスをしたい、というなら断る気など欠片もないが、それをひとに見せるために勝負を中断させられたのかと思えば多少の面白くなさを覚えるのも仕方がないだろう。 眉を潜め、不機嫌オーラを放ち始めた弟に気づき、「悪かったって」と燐が苦笑を浮かべた。 「ほら、これやるから」 機嫌直せ、と彼が箸でつまんだものは、たった今焼きあがったばかりの牛肉のサイコロステーキだった。軽く息を吹きかけて冷ました後、ひょい、と弟の口に放り込む。その光景を見ていたリウが思わず「あ、良いな、美味そう」と呟き、耳にとめた燐が「リウも食うか?」ともう一欠けら箸でつまんだ。 口開けろ、と言われるまま開いた口内へ放り込まれたそれをむぐむぐと咀嚼するリウの横で、何も言わずただあ、と大きく口を開くバカもいる。ひよこかお前は、と呆れながらも燐はもう一欠けらを黒猫の口へ投げ込んでおいた。 「ユキ、そっちはどんな感じだ?」 そんなやりとりを横目で見ながら作業をしていたユーリが、トランプに興じているダイニングの様子を雪男に尋ねる。 「まあそれなりに楽しんでますよ。次はポーカーでもやろうか、と話していたところです」 7ならべにババヌキ、神経衰弱と一通りのゲームをこなし、あとはどんな遊びがあるだろうか、というところで挙がってきたのがポーカーだった。雪男の言葉に、「あ、そりゃだめだ」という声が二つ。発したのは黒猫とカボチャである。 「ポーカーは止めとけ、あの不良僧侶、イカサマすっから」 「レッシンは勝負運が半端ねーんだよ」 それぞれ全く違う理由ではあったが、ギャンブルには強いらしい。ありがたくも忠告をしてくれているようで、雪男は「分かりました」と笑みを浮かべて答える。 「じゃあ僕はそれを念頭に置いた上で勝負させてもらいますよ」 「ははっ、いい度胸だな、お前。でもそれだとうちのダンナが可愛そうだから、ちったぁ手加減してやってくれ」 雪男の言葉に笑ってそう言いながら、「ほれ」とユーリは飲み物や簡単に摘まめるクラッカーの乗った皿が並んだトレイを差し出した。 「もうちょいでできるから、とりあえずこれ持って行っとけ」 双子だという兄に呼ばれて席を立った吸血鬼は、その手に飲み物を持って戻ってきた。適当に希望を聞きながら他の三人へ配ったところで、「で、何だったんだ?」と呼ばれた用をレッシンが尋ねてくる。 「や、なんかただキスがしたかっただけみたいです」 あっさりと事実を述べれば、「なんだその可愛いの」と呆れたようにククールが言った。 「……いいな、僕もしてこようかな」 そう言ったフレンがキッチンへ視線を向けるが、「邪魔するとユーリ、怒るんじゃね?」というレッシンの言葉にそうかも、と残念そうに眉を顰める。 「で、これは食ってもいいわけ?」 飲み物と共に運ばれてきたクラッカーを指さしてククールが尋ねれば、「ええ」と雪男は頷いて答えた。 「ユーリさんから。もうしばらくでできるから大人しくしていろ、と」 「……あいつはオレらを動物か何かと勘違いしてねぇか」 思わずそう呟いたククールへ、「ユーリだから」とフレンが苦笑を浮かべる。美人な魔女が大人しくしていろ、と命じるのならば従うほかあるまい。とりあえず先ほど話をしていたポーカーにでも興じようということになり、「どうせするなら何か賭けるか」と海賊に扮した僧侶が口の端を上げて提案する。 「賭けるにしても何も持ってませんし、罰ゲームくらいでどうです?」 眼鏡の奥の瞳をにっこりと細め、そう提案した雪男へ、残りのふたりは顔を見合わせた後、「やってやろうじゃん」「お手柔らかに頼むよ」とそう返した。 「僕は断然バックですね。尻尾が一緒に弄れますから」 「あー、オレは嫌いじゃねぇけどエイトに嫌がられるんだよなぁ」 「オレは今のとこふつーなやつ」 「正常位ですか」 「今のとこってどういう意味だい?」 「ほら、オレまだガキで身長も低いから、リウ抱えるだけの腕力も体力もそんなねぇんだよ。だから、もっと食ってしっかり身体作る」 「セックスのためにか」 「リウを気持ちよくしてやるために、だな」 「ははっ、本当にレッシンは真っ直ぐでいいね。言葉が気持ちいいよ」 「そりゃ、オレはリウが好きだからな!」 「ククールさんはどんなのがお好きですか?」 「そうだな、まあエイトが嫌がらねぇっつーのも考えたら対面座位。あいつ軽いし」 「……ククールって普段なんだかんだ言ってるけど、実はすげぇ好きだよな、エイトのこと」 「はぁっ!?」 「あ、赤くなった」 「へぇ、ククールさんでも照れるんですね」 「……るせぇよ、くそ」 「まあまあ、ひとを好きになることは別に悪いことじゃないだろう?」 「そういうフレンは? 好きな体位」 「僕? 僕はそうだなぁ、騎乗位?」 「ああ、ユーリならすげぇエロく腰振ってくれそうだな」 「うちの兄だと、入れた時点でもうやだって泣いちゃうんですよね。騎乗位のまま最後まで我慢できます?」 「いや無理。最初好きに動いてもらってて、途中で突然腰を上げたらユーリ、すごく感じてくれるんだよね」 「リウも自分から乗ってくるくらい積極的になってくんねぇかな……」 ……一体お前らは何の話をしているんだ。 出来上がった料理を運んだところで耳に届いた会話。思ったことは四人とも同じようなものだったが、表に出す態度はそれぞれ違っていた。 呆れたように笑いながら「エロ話ならオレも混ぜろよ」と口にするユーリに、「バカじゃねぇの」と頬を赤らめながらもため息をつくエイト。「なんっ、なんのっ、話……っ」とまともな言葉も紡げないリウに、「今すぐ黙れっ!」と眉を吊り上げる燐。 「じゃねぇとこれ、食わしてやんねぇからなっ!」 俺らだけで食ってやる、と続ける燐を見やり、顔を見合わせた四人は、とりあえず大人しく口を噤むことにしておいた。 ちなみに、ポーカーの一番負けは案の定フレンであり、事前に決められていた罰ゲームは「三分以上のマジキスをみんなの前でやること」。もちろん恋人相手に、だ。 ごめん、という謝罪のあと突然唇を塞がれさすがに驚いていたユーリだが、口笛を吹いたククールや笑っている雪男、レッシンの反応から何かをすぐに察したのだろう。キスをしたまま口端を歪め、自分からフレンの腰に腕を絡めて舌を伸ばすという積極的な態度を取ってみせた。 こちらにまで水音が聞こえてくるほど情熱的なキスを交わすふたりを前に、「罰ゲームになってねぇな」とククールが呟く。 「ククール、これ、美味いよ」 「お前は清々しいほどに興味がねぇんだな。つか、なんでそんな食い方が汚ぇんだよ」 「だって、にゃんこ手袋、上手くフォークが持てない」 「……ご飯の時は手袋外しなさい」 「リウ、」 「こっち見んな、オレはしねーよ! ……しねぇっつってんだろっ!」 「避けるなよ!」 「避けるわ、アホッ!」 「そろそろ三分経つんだけど、終わりそうもないね」 「うっわぁ……ふたりともエロい顔してんなぁ……」 「兄さんもキスしてるときエロい顔、してるよ? ほら」 「……なぁ、雪、お前いつどうやって撮ったんだよ、こんな写真……」 この後、おそらく罰ゲームに巻き込まれた腹いせだろう、ユーリがなんだかんだとポーカー組を言いくるめ、発破をかけ、結局それぞれディープキスをしてみせる羽目になることを、彼らはまだ知らない。 ←中へ ↑トップへ 2011.10.17
そしてハロウィン、関係ない。 |