8.君の真実 「君の素顔」前 何を考えているのか分からない、ぽやぽやした表情の小柄な男。 背が低く横幅のある、気の毒なほど人相の悪いおっさん。 ナイスバディだけれど、キッとこちらを睨んでくる気の強い女性。 あと緑の魔物と、ずいぶんと綺麗な白馬と。 なんともまあ、ちぐはぐなパーティだよな。 つい先ほど同行を申し出たそのパーティのメンバをちらちらと伺いながら、ククールは内心でち、と舌打ちをした。それを表に出さなかっただけ自分としては上出来だ。 どうして彼らと一緒に旅をすることになってしまったのか。成り行きとはいえ、一度言い出したこと、自分から「やっぱり止める」とも言い難い。彼らとともに旅をせずとも、目的は同じなのだ、行く先も同じ。だとしたらわざわざ外れるのも馬鹿らしい。 つまりは自分が我慢をしていればいいと、そういうことなのだろう。 それに、とククールは頭上に広がる空を見た。 あの道化師に一人で挑んで勝てるなど、いくらなんでもそこまで自惚れはしない。 自分も、あのマルチェロですら太刀打ちできなかったのだ。だとしたら使えるものは使っておいた方がいいだろう。 自分の思考に入り込んでいるククールの側で、他のメンバたちが旅立つ準備をしている。 黄色い服を着た男、確かエイト、と言っていたか。彼は馬の体調を気にかけ、御者席に座った魔物へ行く先を相談している。 それを見て、ククールは軽く首を傾げた。そして、準備を手伝おうともせず、ただ木に寄りかかっているだけの彼を睨みつけているゼシカに近づく。 「なあ、このパーティのリーダって誰?」 軽く警戒の色を浮かべた彼女を無視してそう尋ねる。 自分の観察が正しければあのエイトという男で間違いないはず。しかし彼自身はどうもあの魔物に仕えているようだ。 そういえば、「姫」だの「王」だのという単語もちらほらと聞いた気がする。あまり真面目に彼らの話を聞いていなかったのでよく覚えていなかった。 尋ねられたゼシカは「ああ」と頷いて、エイトの方を見た。 「一応エイトね。でもあの子、トロデ王の家臣だから。私とヤンガスはエイトの指示に従うけど、エイトは王さまの言葉に従ってるわ」 よく分からず首を傾げたククールに「あんたは私たちに迷惑がかからないように行動してくれればそれでいいわよ」と言葉を投げかけた。 確かにそちらの方がはるかに分かりやすい。どうやら少々の付き合いでククールの性格を見抜いてくれたようで、ずいぶんと適切な言葉だな、と言われた本人は思った。 彼女へ「努力はするよ」と答えて、今度は馬車の方へ近づく。 ククールに気付いたエイトが「あ」と声を上げた。 「ええと、ククールさん、って呼べばいい?」 首を傾げてそう尋ねてくるその表情はかなり幼く見えた。多く見積もっても十五、六。それ以上には決して見えない。 そんな彼がどうしてこんな旅をしているのか(しかも魔物を連れて)は分からなかったが、「呼び捨てでいい」と答えながら白馬を撫でようと手を伸ばす。近くで見れば見るほど綺麗な馬だ、とククールは思ったが、すぐに「姫に汚い手で触るでない」と御者席の緑色に怒られた。 その言葉にエイトは、ククールと白馬の間にうまく入り込んで彼を遠ざける。そして振り返ってヤンガスを呼び、彼に白馬を引かせて街道へ向かわせた。馬車が離れたところで、ようやくエイトはククールの方を見る。距離が近いため、彼はククールを見るために見上げる必要があるらしい。ずいぶんと小さいな、と頭の片隅で思う。 「そう、じゃあ、ククールって呼ばせてもらうね。ククールは僧侶なんだよね?」 そうである、と胸をはって頷けないが、一応そう育てられてはきている。彼の返答に、エイトはほっとしたように息をついて笑みを浮かべた。 「良かった。僕たちのパーティって回復が得意な人がいなくて。僕が少しできるけど、どちらかっていうと攻撃が主だし、ゼシカも攻撃魔法が得意だからね」 ククールが仲間になってくれて、すごく助かる。 男はどうでもいい、というのがククールの基本姿勢ではあるが、それでもここまで邪気のない笑みを浮かべ感謝されて、悪い気はしない。 「期待に沿えるかどうかは知らねえけどな」 しかし、素直に「頑張る」と言うこともできず肩を竦めてそう述べると、エイトは首を大きく振って「ううん、ククールならできるよ。大丈夫」と太鼓判を押された。 一体何を以ってして大丈夫と言っているのか。 二人の会話を近くで聞いていたらしいゼシカが、なぜか苦笑を浮かべているのが目に付いた。 しかし彼女へその表情の真意を問う前に、エイトが再び口を開く。 「それでね、ククール。一応僕らと一緒に旅をすることになったんだから、ちょっと気をつけてもらいたいことがあるんだ」 ごそごそと肩から下げた自分のカバンを漁って、彼は一枚の紙を取り出した。 「女遊びはするなって?」 それはちょっと無理かもしれない。 笑いながら尋ねるとエイトは言葉に詰まって、「そうじゃなくて」と苦笑を浮かべる。 「ええと、起床は午前六時、それからすぐに朝食の準備をして、手の空いてる人間が馬車の手入れ、行き先を決めるのはこのときで、出発は午前七時半、移動中は適時適当に予定を決めて、昼食時の休憩は危険の少ない場所で一時間。できれば日が暮れる前に近くの町なり村なりへ入りたいけど、無理なら午後七時までに場所を見つけてテントを張る。夕食は午後八時、午後九時就寝。野宿の場合は交代制で火番。後はこれの繰り返し」 すらすらと述べられたその内容にククールは一瞬言葉を失った。何を言っていいのか分からない、どこから突っ込めばいいのか分からない、唖然としたククールを無視して、エイトは言葉を続ける。 「……っていうのは嘘だけど、とりあえず町で騒動を起こさず、次の日にちゃんと出発できるようにしておいてくれれば、何をやってもいいよ」 じゃ、これからよろしく、と言って差し出された手を反射的に握り返す。ちっさい手だなぁ、とどうでもいいことを思った。 ……オレはからかわれたのか? あっさりと彼から手を離したエイトはすぐに背を向けてヤンガスたちのもとへと行ってしまった。そしてぼうと突っ立ったままだったククールへ、「出発するよ」と声をかけてエイトは手綱をヤンガスから受け取る。 「ああ」と返事をしてから、後方を歩くゼシカの隣に並んだ。 っていうか、じゃあ、さっき取り出したあの紙には一体何が書いてあったんだろう。 ふと疑問に思ったが、ククールがそれを確かめることはなかった。 戦闘それ自体は特に大きな問題はなかった。 少々彼らと力の差があるくらいで、追いつけないレベルではない。前面に出て戦おうとせず、自分と仲間の体力にさえ気をつけていればまったくの足手まといというわけでも、役立たずというわけでもなさそうだ。その事実に多少安堵しつつ、ククールは腰に下げた鞘へレイピアを収めた。 川沿いの教会で一泊してそのまま道なりにアスカンタへ向かう。いまだ仲間たちの性格をつかみきれず、手探りではあったがそう長い付き合いになるわけでもないだろう。短い期間ならばおそらく上手く(かどうかは分からないが)やっていけそうだ、そんな手ごたえをククールが感じ始めた頃に、ようやくアスカンタ城へ到着した。 どこもかしこも黒で埋め尽くされた城下町を歩き、城を訪れ小間使いのキラに頼みごとをされる。まさか受ける気じゃないだろうな、とククールが思う隙さえ与えずに、エイトは「じゃあ王にお伺いを立ててみよう」と外で待っている馬車の元へと行った。 「ミーティア姫と同じくらいの年齢だからっていう理由がよく分からん」 結局引き受けることになってしまい、ククールはエイトたちの後ろで軽く頭を抱えた。トロデ王が力になれと命じたら、エイトがそれに逆らうはずがない。それはこの数日の同行でよく分かっていた。ヤンガスも同じようにエイトに逆らうことはなく、ゼシカも基本的にはお人よしだから困っている子を見捨てたりはしないだろう。 ……ドルマゲスと一体どんな関係があるんだ。 くそ、と小さく口の中で漏らすと、それを聞きとがめたらしいエイトが「ごめん」と謝った。ククールがいらついていること、その理由に気付いているのだろう。 「でも、キラってあの女の子、結構可愛かったよね」 もう夜も遅いため、キラの祖母の家へ向かうのは明朝ということになった。それまで休もうと宿屋へ向かう途中、先を歩くエイトが振り返ってそう首を傾げる。 「可愛い子の頼みを無視するなんて、できることじゃないよね」 にっこりと笑って紡がれた台詞に、軽く目を見張ってククールは苦笑した。 ぼやぼやした鈍い男に見えたが、なかなかどうして人の性質を見抜くのが上手いらしい。確かに、そう言われてはククールも協力しないわけにはいかない。 「分かった、分かったよ。確かに、困っているレディの頼みを断るような奴は男じゃねえな」 大げさに両手を広げて降伏の意を示し、そう言って肩を竦めた。それを聞いてエイトは更に嬉しそうに笑みを深める。 「さすがククール。僕、ククールのそういうとこ、好きだよ」 「そういうとこ」とはどういうところのことだろうか。疑問に思ったが尋ねることはせず、「そらどうも」と答えておくにとどめた。そんな彼らのやり取りを、ゼシカとヤンガスが苦笑を浮かべて見守っている。 城のすぐ近くにある宿屋へ辿り着いたものの、空いている部屋は二つしかなかった。ゼシカが断固としてククールと同室は嫌だと言い張り、結局彼女とヤンガス、ククールとエイトという部屋割りに決る。あとは寝てしまうだけだから相手が誰であろうと特に問題はないだろう。 あてがわれた部屋へ入り込んで、さっさと寝る準備に取り掛かったククールとは対照的に、エイトは武器を置きはするものの、なにやら出かける準備をしている。 「どこか行くのか?」 どれだけ長時間結っていてもあとのつかない髪の毛を手で解して、寝るには邪魔なリングピアスを外しながらそう問いかけると、エイトは「うん、ちょっと夜の町を歩いてくる」と返してきた。 情報収集に行ってくる、ということだろう。どの町にも夜の住人というのが存在する。昼間には決して聞けない話を聞けることもそう少なくない。 「何も一人で行くこたねえだろ」 少なくともヤンガスあたりに言えば、喜んでついていくに違いない。そう言うがエイトは「うんでももう遅いし」と苦笑した。 なんだか気に入らないな、とククールは眉をひそめる。 それは仲間を信用していない、ということだろうか。いや、彼の場合はただ単に余計な仕事をさせたくないだけだろう。しかし、こうしてともに旅をしているのだから何も一人でやることはないだろうに。 そう思うが、だからといって自分が手伝おうという気にはなれなかった。正直、あまり旅慣れていない身。ベッドで休めるときは休んでおきたい。どうせ酒場へ行ったところで明日のことを考えると女性と遊ぶこともできないだろう。そんな生殺しのような状況に、自ら進んで入り込む気にはなれなかった。 「ほどほどにしとけよ」 彼を見送りながらそう言うと、エイトは「うん、ありがとう」と見当違いな謝辞を残して部屋を後にした。 しばらく閉じられた扉を見ていたが、このままこうしていても仕方がない、と鍵をかけてベッドに入り込む。そういえば、彼は鍵を持っていっただろうか。ふと心配になったが、どうして自分がそこまで彼を気にかけてやらなければならないのか分からなくなって、すぐにその思考を振り払った。 鍵がなければ外で一夜を明かすなり、宿屋の主人を叩き起こして借りるなりするだろう。彼だってそこまで子供ではないはず。 ふと、エイトのあの華奢な体格と小さな手、そして無邪気な表情を思い出した。 見た目はどこからみても、頼りない少年でしかないのだけれど。 多分、そこまで子供じゃないはず。 そう言い聞かせながら、ククールはゆっくりと眠りに落ちていった。 次へ→ ブラウザバックでお戻りください。 |