8.君の真実 「君の素顔」後





 どれくらい眠っていただろう。
 もともとあまり深く眠り込むたちではない。ふと夜中に目を覚ますこともよくあった。窓から見える月の位置で、まだまだ起きるほどの時間ではないことを知る。
 やはり慣れない旅のせいで、体が緊張しているのかもしれない。こういうときだからこそしっかり眠っておきたいのだけれど、そうするにはベッドの中にもう一人、柔らかい体を持つ存在が必要だろう。
 小さく溜め息をついて、寝返りを打つ。自分の銀髪は嫌いではないが、こういうときに絡み付いてきて少々鬱陶しい。
 いっそのこと切ってしまおうか、そう思いながら暗闇に目をこらす。
 そして、向かいのベッドに人がいる様子がないことに気付き、ククールは慌てて体を起こした。
 もう一度窓から夜空を覗き時刻を確認。まだ夜明けには遠いが、それでも彼がこの部屋を出て行ってからずいぶんと時間が経っている。
 やはり鍵を持って行かなかったのだろうか。
 あたりを探すが、鍵らしいものは見つからない。そもそも宿屋の女将から鍵を受け取ったのは彼だ。そのまま持っていたとしてもおかしくない。
 だとしたら締め出されたわけではなく、ただ単にまだ帰ってきていないだけ、ということだろうか。

 ざわり、と胸のうちで何かが揺れる。
 しかしそれを打ち消すように「あいつも子供じゃないんだし」と呟いた。
 そう、子供じゃないのだ。そこまで心配することでもないだろう。
 心配する必要はない、はずだ。

 しかし。

 ふと脳裏に浮かぶのはあの邪気のない笑顔。

「くそっ」

 がしがしと頭を乱暴にかいてから、ククールは上着を羽織り、ブーツに足を突っ込んだ。
 音を立てぬようにそっと扉を開きあたりをうかがう。人の気配は、ない。

「何でオレが……」

 舌打ちをしながらも、彼の足は宿屋を出て町の南にある商店街の方へ向かっていた。



 喪に服している状態の城下町ではそう賑わっていないだろうが、それでも完全に人々を抑圧することなどできないはずだ。人々は発散する場をどこかに求める。きっとひっそりと開いている酒場があるだろう。
 ククールの予想通り、その酒場は静かながらも確かに窓の隙間から光を漏らし、営業中であることを示していた。適当に歩いてもそれなりに広い城下町、見つけることは難しいだろう。それよりも人が集まる場所、つまりは酒場へ顔を出し、彼がいたら儲けもの、いなければとりあえず一杯程度寝酒をひっかけてから戻ればいい。
 そんな軽い気持ちで明かりを零すその酒場へ足を踏み入れた。

 果たして、そこに目的の人物はいたわけではあるが。


 酒のせいだろうか、少々潤んだ目、上気した頬。いつも頭に巻いているバンダナはどこにいったのだろうか、不思議に思うと、彼の肩を抱くように顔を近づけていた男が握っているようだった。

「へぇ、で、ずっと旅をしてるってわけ?」

 必要以上に近づいて低い声で男が言うと、エイトは「うん」と両手でグラスを握って頷いた。その仕草がいつも以上に子供っぽい。やはり酔っているようだ。そんな彼の様子に、ククールは小さく舌打ちをする。

「だから、何か変わったことがあれば教えて欲しいんだ。ちょっとでも手がかりは多い方がいいし」

 どうやら既にエイトの手の中のグラスは空だったらしい。それを取り上げて、男はバーテンにカクテルを頼んだ。
 甘酸っぱい柑橘系の味をベースにした、飲みやすいけれどアルコールの強い酒。ククールも、女を酔わせるためによく飲ませるカクテル。

「でもさぁ、ずっとじゃ辛いだろう? 少しくらいさストレス発散した方がいいと思うぜ?」

 だからさぁ、と受け取ったカクテルをエイトへ渡しながら、耳元で囁く。その刺激に、エイトは小さくうめいて肩を竦めた。
 明らかに、あの男の行動はエイトをものにしようとしているものだ。
 男だらけの修道院で育ったククールにとっては珍しい光景でもない。確かに今のエイトはその手の男にとっては格好のターゲットとなりそうな姿をしていた。それはククールも認めるところだ。普段は健康的で決して色香を漂わせていないが、その無邪気な笑みが酒が入るだけでここまで色っぽくなるとは。

 ククールは口元に手を当てて軽く溜め息をついた。
 さて、彼を助けるべきなのかどうか。
 もし彼に元々そういう趣味があるのなら、ここで口を出すのは憚られる。人の楽しみを奪うほど野暮ではない。このまま何も見なかったことにして帰ってしまおうか。
 半ば本気でククールが思ったところで、エイトの声が届いた。

「やっ! ちょ、っと……」

 顔を上げて二人の様子をうかがうと、男が今まで以上にエイトに接近し、その耳や首筋に唇を落としているところだった。
 いつものことなのだろうか、それを見ているバーテンは何も言わずにグラスを磨いている。

 おいおい、ここでおっぱじめる気かよ……

 男の早急さにククールは呆れた表情を浮かべる。
 確かに体へ愛撫を加えその気にさせてしまえば早いが、ベッドまでは口先だけで誘うのがククールの信条だった。そちらの方がよりテクニックが必要なのだ。だからこそ、相手を落とすのが面白い。
 あの男、大した奴じゃないな。
 はじめ見たときから思っていたことを再確認して、もう少し様子をうかがうことにする。

「なあ、ストレス、溜まってんだろ? 発散させてやるって。いろいろ情報教えてやるからさぁ」

 そう言いながら、男は愛撫の手を止めない。
 エイトは震える手で男を押し返そうと必死だが、中々思うようにいかないらしい。「やめてってば」と抗議している。

「何、するんだよ……ちょっ、と、離してって……」

 男の唇が耳朶を掠めるたびにひくりと反応を返しながら、エイトは何とか言葉を口にしている。
 ククールがいる位置からは表情を詳しく見ることはできないが、もしかしたら本気で嫌がっているのかもしれない。

 とりあえず、彼の意思を確かめるくらいはしておいてもいいかな、と彼らへ近づこうとした瞬間。




「って、離せって言ってんだろうが、この下司下郎!!」




 どんがらがっしゃん、というなんとも古典的な音を立てて、エイトに迫っていた男が吹き飛ばされた。

「さっきからベタベタベタベタ人の体触りやがって。てめぇは盛りのついた猿か。猿以下の顔して冗談じゃねぇ。生憎と俺はお前に抱かれてやるほど安くねぇんだよ。鏡見て出直して来い!」

 あの可愛い顔のままエイトはそう吐き捨て、男が持ったままだったバンダナを取り上げた。その動作はどう見ても先ほどまで酔っていた人間のものではない。それを頭へ付け直してから、あっけにとられている男へ背を向けて。

 そこでようやくククールの存在に気が付いた。


「………………あ、あら? ククールってば何でこんなところにいるの?」


 えへ、っと可愛らしく小首を傾げたエイトの言葉に、「白々しいんだよ!」というククールの台詞が重なった。




 連れだって宿屋へ戻る途中。二人の間に会話はない。じっと睨みつけるククールと視線を合わさぬよう、エイトはずっと明後日の方向を向いていた。

「…………初めからああいう態度でいれば、絡まれることもなかったんじゃねぇの?」

 ククールがそう言うと、エイトは地面を見詰めたまま、

「かわい子ぶってた方がいろいろ聞けるんだよ。頼りないやつ見ると助けたくなるお人よしっていっぱいいるし」

 と、悪びれもせずに言った。
 おそらく、彼は自分の体格や容姿を人以上に理解している。それを利用してああいう態度を取っていたのだろうが。

「オレに対して猫をかぶってたのは何で?」

 尋ねながらククールは、どうして彼と会話をするたびに、ゼシカたちが呆れたような笑みを浮かべていたのか、ようやく納得がいった。
 つまり、彼女たちは知っていたのだ。
 彼の今までのククールへの対応が、普段の彼とはかけ離れたものであることを。

 自分がかつがれていた、という事実はこの際置いておこう。もう、どこに突っ込みを入れていいのか分からない。分からない場合は手を付けないのが最良だ。
 しかし、せめて理由くらいははっきりさせておきたいと思うのが人というものだろう。
 ククールの問い掛けに、エイトは「えー? なんか面白そうだったから?」となぜか疑問系で言葉を口にする。

 それに再び脱力感がこみ上げてきて、ククールははあ、と大きく溜め息をついた。
 本当に、完璧にこの男には騙されていたらしい。もしククールがあの場へ現れていなければ、おそらくもう数日彼のこの猫かぶりは続いていただろう。
 それを想像し、ククールはもう一度溜め息をついた。それを聞きとがめ、エイトが隣から「ごめんって。もうしないよ」と謝ってくる。

「ばれたときにオレが怒るとか、そういうこと想像しなかったわけ?」

 最悪の場合、腹を立てて彼らのパーティから外れると、そう言っていたかもしれない。いや、普通に考えれば、普段の彼ならばここまで騙されて黙って許すはずがない。

「騙してたわけじゃないもん。余所行きの服を着てただけだし。結局ククール怒ってないじゃん」

 それとも怒ってるの? 少しだけ心配そうな表情で尋ねられ、ククールは「いや別に」と答えざるをえなかった。
 事実、それほど腹を立てていたわけでもない。単純に呆れが怒りを凌駕しているだけかもしれないが。

「お前酔っ払ってたっぽいしさ、本気で嫌なら助けなきゃって。心配して損した」

 肩を落としてそう言うと、エイトは「あれくらいの酒で俺が酔うわけねぇじゃん」とからからと笑う。

「お前、ザル?」
「たぶん。城で仲間の兵士と飲んだときにつぶれたことはまだないね」

 どうやら先ほどのあの赤い顔や潤んだ目も酔っ払った演技だったらしい。芸達者だこと、と半ば感心して隣の赤いバンダナを見下ろすと、彼はこちらを見上げて口を開いた。

「でもククール、心配してくれたんだ? サンキュ」
 俺、ククールのそういうとこ、すげー好き。

 そう、宿屋へ向かう前に同じことを言ったときと、同じような無邪気な笑みを浮かべて言った。


 もしかしたら、あの部分だけは演技ではなく、本気でその笑みを浮かべ、そう言っていたのかもしれない。


 なんとなくそう思いながら、ククールは「そらどうも」と前と同じ言葉を返しておいた。





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2005.01.19








ククールさん、初めっから諦めの境地へ。
ゲーム内ではアスカンタは狭いですが、本来はちゃんとした町であると想像。
実は始め、エイトさんが男を罵るのに「このふにゃ○ん野郎!」と言っていたのは、ここだけの秘密。

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