憂鬱の原因・前


 ドン・モグーラの芸術スペシャル!
 ククールは混乱した!


「ちょ、バカ! お前何混乱してんのぉ!?」

 月影のハープを奪った盗賊を追いかけるうちに、モグラの巣へたどり着いてしまった。どうやら彼らが犯人らしいが、そのハープが原因でモグラの子分たちがいたく迷惑しているという。
 親分からハープを取り上げてくれと頼まれ、こちらもそれが目的であるため戦うことになったはいいのだが、いきなり芸術的な歌声を聞かされた。それになんとか耐え切って仲間を振り返ると、ヤンガスの向こう側にいる赤いカリスマが見事に混乱している。

「回復役が真っ先に混乱してどうすんの、お母さんに言いつけちゃうぞ!?」

 ぴぃよぴぃよと頭上に黄色いボール(?)が飛んでふらふらしているククールへ罵声を投げかけるも、一切聞いている様子がない。そんなエイトへゼシカが「馬鹿なこと言ってないで戦いなさい!」と怒声を上げた。

「ほら見ろ、お前のせいでお母さんに怒られちゃったじゃないか!」

 「誰がお母さんよっ!」と言いながらもゼシカがエイトにバイキルトをかけた。それを確認してから、ドン・モグーラへ攻撃を繰り出す。
 図体が大きいだけやはり体力もかなりあるらしく、そう簡単に倒せる相手ではなさそうだ。かといってちまちまと攻撃していてはいつまたあの芸術スペシャルがくるか分からない。体力の低いゼシカだけ気にするとして、こちらは限界まで回復をせずに攻撃に専念した方がいいかもしれない。
 考えながらエイトが武器を握る手に力を込めたそのとき。

「兄貴、危ないっ!」

 側でヤンガスの声がしたが、そちらを見やる前に左肩に鋭い痛みを覚えた。すぐに斬りつけられたのだ、と気付き、反撃しようとヤリを構えてふと疑問に思う。このモグラたちの中で、斬りつけるような攻撃を繰り出す相手がいただろうか、と。
 ヤリを繰り出す手を瞬間的に抑え込んだのは自分でもよくやったと思う。もし何も考えずに普通に反撃をしていたら、ヤリの先端は確実に攻撃を仕掛けてきた人間、混乱したククールを捕らえていただろう。

「あー、もう! まごまごするだけならまだしも、俺を狙うか、そうか、俺を狙うか!」

 言葉を口に出しながらククールの攻撃を払いのける。同時に「エイト、平気!?」とゼシカがモグラへヒャドを打ちながら尋ねてきた。

「ヘタレカリスマに俺さまがやられますか!」

 そうは言うものの、先ほどまで受けていたダメージの回復はまったくしていなかったのだ。あと二、三撃食らえば少々ヤバイ。そろそろ回復しておいた方がいいかもしれない。
 そう考え混乱したククールから距離を取ろうとするも、何故か彼の意識は完全にエイトを敵として捕らえているようだった。

 殴れば元に戻る、かも知れない……けど。

 エイトは常日頃からククールに馬鹿力馬鹿力と連呼されている。エイト自身はそうであるとは思っていないし、むしろ兵士としては非力な方であったのだが、それでも彼から見てそう見えるのならその馬鹿力で殴るのは気が引ける。そもそもたとえ正気に戻すためとはいえ、仲間を殴るには戸惑いがあった。

 何でやねん、って突っ込みチョップ入れたら戻らないかな。

 自分が一番彼を殴りやすい状況ならばと、そう考えて真正面にいるククールを見る。

 混乱してても青い目ってのは変わらないんだなぁ。

 当たり前のことを考えてその目を見るも、それは明らかにエイトを捕らえてはおらず、どこか遠くを見ているようだった。混乱しているのだからそれも仕方がないけれど。

 なんとなくムカッときたその理由をエイトが考える前に、突然地面の下からの衝撃を受けた。どうやらドン・モグーラは大地を揺らして攻撃ができるらしい。

「ッ!?」

 これは少しきついかもしれない。
 そもそも先ほどまで攻撃ばかりに専念していたのだ。それに加えククールからの斬撃。そろそろ回復しておかないと本気でヤバイ。
 その攻撃に歯を食いしばって耐えながらエイト魔力を集めようとしたところで、ふと癒しの波動が体を取り巻いたことに気がついた。

「ククール」
「感謝の言葉なら後にしてくれ、さっさと倒すぞ」

 エイトが名前を呼ぶと、赤いカリスマはそれだけ言ってドン・モグーラの方へと向かっていってしまった。どうやら先ほどの地震攻撃で正気を取り戻したらしい。彼はたった今まで混乱していたことなど微塵も感じさせず、無駄のない動きで攻撃を繰り出して始めた。
 確かに危ないところを助けてくれたのは彼ではあるが、どこか釈然としないものをエイトが抱え込んでしまうのも無理はない。ヤリを構えて体勢を整えながら「覚えてろよ、バカリスマ」とエイトが小さく呟いたのを、一番近くにいたヤンガスだけが聞いていた。


***



 ククールは困惑していた。混乱ではなく困惑。それも非常に酷い度合いで。

 ドン・モグーラを倒し月影のハープを手に入れてアスカンタ城へ戻り、いまだ会議中だった王へ報告してから快くそれを譲り受けた。そのままトロデーン城へ向かっても良かったのだが、如何せんあのモグラとの戦いで酷く皆疲労しているため、とりあえずハープをイシュマウリへ手渡すのは明日ということにして、今日はゆっくりと休むことになった。
 宿の部屋を取ってその部屋割りを決め、明日の予定と出発時刻を決めたらいつものようにあとは各々好きなように過ごす。アスカンタ城下町はそれほど広くはないが、それでも酒場もあれば食事が取れる場所もある。

 ククールはいつものように相手を求めて酒場へ行くつもりだったのだが、何故か宿屋を出てからべったりと左腕にくっついている物体があるのだ。
 その物体は彼よりも頭一つ分小さく、猫や犬といった小動物に懐かれている感じでそれほど嫌だとは思わなかった。しかし、これから行く場所を考えれば明らかに邪魔な存在でもあり。

「なあ、エイト。お前何がしたいの」

 尋ねてみるも「べっつにぃ」と言うだけで、ククールの腕から離れようとしない。それどころか余計にぎゅうとしがみついてくる。まるで恋人に寄り添うようなその態度に、ククールは首を傾げた。
 彼の突飛な行動はいつものことだけれど、それが無意味であることはない。何らかの目的が必ずあるのだ。

 この場合はオレへの嫌がらせ、か。

 それ以外考えられない。
 しかしククールにはエイトに嫌がらせされる覚えはまったくなかった。

「オレ、お前に何かした?」

 尋ねてみるも答えはなく、「今日一日お前が困ればそれで満足だからほっといて」だそうな。
 そもそもそれを言葉にしては意味がないだろう、と思うが、わざわざ口にするところがエイトがエイトである所以かもしれない。

 今日はナンパは諦めた方がいいかもしれない。
 そう思いククールは行き先を変更した。酒場ではなく、宿屋近くにあった食堂へ。大人しく夕飯を取って宿屋へ戻ろう、そう思ったのだ。
 ククールのその思惑を読み取ったのか、エイトは軽く肩を竦めて「まあいっか」と呟いた。

 その食堂はさほど広いところでもなかったが宿屋の泊り客が来ているのだろう、なかなか賑わっていた。中で、四人がけの席に座っているゼシカとヤンガスを発見する。
 左腕にエイトをぶら下げたままのククールを見て、二人が苦笑を浮かべた。
 自然とそちらへ向かい、あいている席へ座る。どうやら二人とも既に食事は済ませたらしく、もう店を出るところだったと言う。

 さすがに引っ付いたままでは座れないのでここは大人しく腕から離れたエイトだったが、それでも手を握ることは諦めないらしく、仕方ないので己の右側に座らせ利き手ではない右手を与えてやった。
 そんな彼らの様子に、ヤンガスが見かねて助け舟を出す。

「ククール、さっきの戦闘で混乱して兄貴に攻撃したんでがすよ。たぶんそれ、その仕返しじゃないでがすか」

 こっそりと囁いてから彼は宿屋へと戻っていく。

 理由を聞いて、ククールははあとため息をついた。そういうことならばククールに覚えがないのも当たり前だ。正気ではなかったときのことなど覚えているはずがない。
 彼の右手を握ったまま興味なさそうにメニューを覗き込むエイト。どうせ彼は食べ物だったら何でもいい口だ、彼の分も一緒に注文を済ませてしまう。手を繋いだままの二人を訝しげに見ている給仕を追い払ってから、ククールは口を開いた。

「お前ね。確かにお前に攻撃したことは悪かったけど、オレ、混乱してたんだろ? どうしようもできないじゃん」

 混乱をする、ということは自分に隙があったのだろう。その非は認めるし、彼を傷つけたことも悪いとは思う。しかしこうして子供じみた仕返しをされなければならないことだろうか。
 いや、エイトならする。確実に、喜んでする。それは分かってはいるが、それでも言っておかなければならないことはあるのだ。

「分かってる。だから今日一日だけって言ってんじゃん」

 エイトだって戦闘中に混乱することはあるし、眠ることもある。だから彼だけを責めるわけにはいかないということは、充分に理解していた。
 その答えに、やはり彼のこの行動が攻撃されたことに対する嫌がらせであることを知る。

「分かってねぇよ。分かってたらこんな嫌がらせしねぇだろ」

 呆れたように言うが、エイトは「だってさ」と唇を尖らせた。

「ムカついたんだよ。こっちはお前攻撃するわけにもいかねぇし、かといってこのままにしておくわけにもいかねぇし、どうしようって悩んでたら敵の全体攻撃受けて、お前さっさと正気に戻りやがるし」

 しかもその直後にエイトへ回復魔法をかけているのだ。今まで混乱していたことを一切匂わせないその行動に、カチンときた。

「いや、だから、迷惑かけたことは謝る。悪かった。今日も飯食ったら大人しく宿屋戻るからさ、とりあえずこの手、離さねえ?」

 妥協案を出してみるも、エイトは首を振った。

「ダメ」
「あのな、ご飯食べにくいでしょー?」
「頑張れ」
「いや応援されても。ってか、お前も食いにくいだろうが」
「頑張る」
「お前の意気込みはどうでもいい。いいから離せ、な?」

 しかしエイトは首を振ってぎゅうとククールの手を握り締めてくる。馬鹿力で握られてはこちらもたまったものではない。

 どうしてこんな嫌がらせを受けなければならないのか。
 こちらは謝ったのに。
 彼だって戦闘中に混乱することもあるのに。
 釈然としない思いがククールの中で渦を巻く。

「大体さぁ、オレの攻撃を受けたところでお前、全然平気だろうが」

 ヤンガスがゼシカを攻撃したらかなり危険だとは思うが、あまり攻撃力のないククールがエイトを攻撃したところでそう大きなダメージになるとは思えない。
 しかしエイトから返ってきた答えは、彼の予想とはかけ離れたものだった。

「冗談! あんとき俺、回復を後回しにして攻撃優先してたから正直やばかったんだよ! それなのにいきなり思いもよらないとこから斬撃だぜ?」
 ちょっとくらい嫌がらせもしたくなるだろ。


 そういえば、とククールは思い出す。
 戦闘中彼に回復魔法をかけたけれど、あのときエイトは相当体力を削られてはいなかったか、と。
 一歩間違えば蘇生魔法が必要だったかもしれないくらいではなかっただろうか、と。






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2005.02.07