小さな綻び・後


 半ば閉じ込められるような形になったメンバたちは、メディの好意に甘え暖かい部屋でそれぞれ好きなように過ごしていた。
 トロデとヤンガスはテーブルゲームをしているし、ゼシカは暖炉の前でバフという犬と戯れている。ククールは何やらメディと薬草について話しているようだった。
 エイトはそんな彼らの様子を、机に伏せたまま眺めていた。彼のすぐ側ではやはりどこか、いつもより元気のないトーポがゆっくりと尻尾を揺らしている。

 することねぇなぁ……俺って無趣味だったんだなぁ……

 ぼんやりとそう考えていたところで、「エイト」と後ろから名前を呼ばれた。体を起こすのが面倒くさくて、「んー?」と言葉だけ返す。

「お前、眠たそうだなぁ」

 呆れたようなククールの声に、「んー」とやはり生返事。さすがに様子がいつもと違うと思ったのか、がたりと音をさせて彼が隣に腰掛けてきた。

「どした? どっか具合でも悪い?」

 言いながら額へ手を伸ばしてきた。そしてすぐに机の上に投げ出されたエイトの手を取ると、「お前、ちゃんと薬湯、飲んだ?」と尋ねてくる。

「んー、飲んだよ。ってか見てたじゃん」

 答えると「だよなぁ」とククールは首を傾げた。そして何やらぶつぶつ呟いたあと、「なぁ、メディさん」と鍋をかき回していた薬師を呼ぶ。

「ヌーク草って効き目に個人差、ある?」
「それは薬じゃからの、個人差くらいはある。ただ、わたしは今までにヌーク草が効かなかった人間にはおうたことがありませんがの」

 答えながらとことことこちらへやってきたメディへ、ククールは「こいつの手、触ってみて」とエイトの手を差し出した。

「……ふむ、確かに。あんたにはあまり効いてないようですの」

 そう言われてもエイトにはどういうことなのかよく分からなかった。ただ、とにかく今は頭がぼうっとして働かないのだ。気を抜くと、すぐにでも眠ってしまいそうだ。
 「ちょっとこっちを向いてごらん」と言われ、エイトはゆっくりと身を起こしてメディの方を向く。額やら首筋やら、口を開けて喉や舌やらを見て、「悪いところがあるわけではなさそうじゃが……」と呟いて、ふむと考え込んでしまった。

「ええと……俺、また何か悪いこと、した?」

 状況がつかめずに背後のククールに尋ねると、「そういうわけじゃない」と否定される。
 しかし、目の前のメディもククールもどこか困ったような顔をしているのだ。その原因となっているのはおそらく自分であり。

「あんた、エイトさんや」

 どうしたらいいのだろうか、と首を傾げていたところへ呼びかけられ、「はい?」と返事をする。

「胃は弱い方ですかの?」

 「い」と聞いてとっさに内臓を思いつかず、答えあぐねているところに、「そんなに腹壊す方じゃねぇだろ、お前」とククールが助け舟を出してくれた。「ああ、胃、胃ね」と頷いて、

「うん、弱くはない。ってか、基本的に体は丈夫」

 今まで病気らしい病気をしたことがないのだ。そう言うとメディは「じゃあ、」と言って立ち上がった。

「少し多めにヌーク草を入れてみましょう。あまり取りすぎると胃に良くないのじゃがのぉ」

 あれだけ辛さのある薬草なのだ、確かにあまり体には良くなさそうだ。「すみません」と頭を下げると、「これも薬師の仕事じゃて」と優しい笑みを浮かべた。

「んー、つまりは俺が悪いんじゃなくて、薬の効きが悪いってこと?」
「そういうこと。お前、寒さに弱かったの?」

 回らない頭で何とか理解したことを尋ねると、あっさりと肯定されたはいいがそう尋ね返された。「んー」と声を漏らしながら過去を思い起こす。

「そーでもないよー? たぶんー」
「その気が抜けたような話し方は……なんともならんだろうな」
「んー」

 ククールの言葉を聞き流して、エイトは「あー、でも」と言葉を続ける。

「外で見張りしてるとき、いっつも居眠りして起こられてたー」
 夏はそうでもないんだけどなぁ。

 そう言ったエイトに「お前が居眠り?」とククールは声を上げた。

「そりゃ、ずいぶんと珍しいな」

 そもそもエイトは睡眠欲に非常に乏しい。少なくとも乏しいように見える。夜になるときちんと眠りはするが、エイトがうたた寝や居眠りをしている姿など見たことがない。これほどまで眠たそうにしている彼を見ることも初めてだった。

「寒いのはなー、ほんとにどーでもいーんだけどー」
「どうでもいいのか」
「うん……どー、でもいー……」

 どうでもいい、と割り切ってしまえることなのだろうか。そう思うがわざわざ彼へ疑問をぶつける気もなかった。おそらく彼にとってはそうなのだ、どうでもいい、と切り捨てられることなのだ。そう納得しておくしかない。

「うー……あー……」
「も、いいよ、お前。喋んな」

 なんとか言葉の続きを搾り出そうと努力をするものの、意味のない音しか出てこない。それに呆れたらしいククールはそう言うと、エイトの後頭部を机に向けて押した。起き上がるのも面倒で、エイトは机に伏せたまま目を閉じる。
 カタリ、と隣で立ち上がる気配がし、すぐに戻ってきた彼は湯気の立つカップをエイトの前に置いた。

「寝る前にせめてこれ飲んどけ」

 言われるも本当に上体を起こすのが辛かった。努力はするが体は思い通りに動かずに「あー」と声が出るだけで。

「……飲ませてやろうか、直接口移しで」

 それは嫌だ。
 気力だけで何とか体を起こしてカップを両手で包み込むと、隣で「ちっ」とわざとらしく舌打ちをする音がした。

「辛……」
「そりゃそうだろ。我慢して飲め」

 普通の薬湯よりも多めにヌーク草が入っているのだろう。辛さも増しているはずだ。しかし飲めないわけではない。暖かい液体が食道を通って胃へ流れ込むのを感じながらとりあえず全部飲むと、「よく飲めました」と頭を撫でられた。子供扱いするな、と文句を言いたいところだがそれすらも今日は面倒くさい。そんなエイトの態度にククールは苦笑を零して、口を開いた。

「どうせ今日はもう動けないんだ。下行ってゆっくり寝てろ」

 ねぎらうようなその言葉に頷きはするものの、動くのが億劫だ。どうして今日はこんなにも体がいうことをきかないのだろうか。自分でも不思議に思いながら何とか立ち上がる。
 ここは暖かいし、みんなの顔も見えるし、一人だけ下の部屋で眠るのはあまり気は進まなかったが、それでもここにいたところで余計な心配をかけるだけだろう。そう思ってトロデ王に断り、下の部屋へ行くために階段を下りようとした瞬間。

「――――ッ」

 ぐらり、と襲う眩暈。頭の中が真っ白になる。体中の血が足元へ下りていってしまったかのような。
 眩暈というよりもむしろ、これはおそらく強烈な眠気。

「……お前、頭から落ちてこれ以上馬鹿になったらどうすんの」

 呆れたような声がすぐ後から聞こえてきた。ようやく治まった眩暈に自分の状態を改めて見ると、落ちかけた体を彼が支えてくれたらしい。前にもこんなことがあった気がするな、とエイトはぼんやりと考えた。
 反応のないエイトに、ククールはため息を一つ零す。その彼らの後ろから「ククール、そのままエイト下に連れて行ってあげて」とゼシカが言った。

「その子、もう駄目だわ。眠くて仕方ないみたい」

 しょうがない子ね、とでも言いたげなその口調。ほぼ同じ年くらいだとは思うが、ゼシカはどうもエイトを弟か何かだと思っているのではないだろうか。彼女のそんな口調を聞くたびに、ククールはそう思っていた。
 その彼女へ「分かった」と言葉を返し、エイトの体を引き寄せると「よっ」と肩の上に抱えあげた。少しだけエイトが暴れた気もするが、やはり眠気には勝てないようだ。ぐったりとしている彼にククールは眉をひそめる。

 本当に今日の彼はどこかおかしい。ククールだけではなく他のメンバもそう思っているようで、皆エイトを心配そうに見ていた。ヤンガスが「何ならアッシが」と近づいてきたが、それを手で制してククールは「何かあるといけないから、オレ、しばらく下で付き添ってるわ」と言い残して階段を下りていった。



 ベッドの並ぶ部屋へ入り、一番奥の寝台へ肩の上の荷物を転がした。エイトのポケットの中からククールの肩へ避難していたトーポが、走り下りてエイトの隣で丸くなる。どうやらこのネズミも眠くて仕方ないらしい。飼い主の体調がペットに影響しているのか、それともその逆か。
 思わずそう考えてしまい、ありえないだろうと苦笑して首を振る。

「でもほんと、珍しいな、お前がここまで眠そうにしてるなんて」

 エイトを布団の中に押し込めて、冷えないようにと肩まで布団を引き上げてやる。ぎしりとベッドをきしませて横たわる彼の隣へ腰かけ、柔らかくくせのある髪の毛をすきながらククールはぽつりと零した。
 返事を期待していたわけではない、ただの独り言。しかしどうやらまだ一欠けらほど意識を現実へ残していたらしいエイトが「んー」と喉の奥から声を上げる。
 億劫そうに目蓋を持ち上げて、焦点の定まらない視線をククールに投げて寄越した。

「なぁ……俺、さぁ……」

 途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼の額を押さえ、「いいからもう寝とけ。話ならあとで聞くから」と言うもののエイトは構わず口を開く。

「どっ、か、おかしい……のかなぁ」
 眠くて、仕方ないんだ……

 寝息と重なりそうなほどの小さな言葉。額に置いた手を頬、首筋に滑らせ、ついでに布団の中にしまいこまれていたエイトの右手に触れる。大丈夫、先ほどのヌーク草は徐々に効き目が現れている。
 少しだけではあるが体温の戻ってきているエイトにほっとしながら、ククールは答えた。

「どこも異常はないって、さっきメディ婆さんが言ってただろ」

 薬師とはいえ、病気を見抜く能力は高いはずだ。ククールがそう言うと、エイトは「そっか」と呟いて、小さく笑みを浮かべた。

「ん、でも、じゃあ、俺なんでこんな、眠いんだろ……」

 誰かに尋ねているというより、自問に近いその呟きに、ククールは「寝が足りないだけじゃねぇの」と返す。彼に限っては珍しいことであるが、寝不足で頭が働かないことなど普通はよくあることだ。そしてふと何かを思いついたのか、ククールはにやりと口元を歪めた。

「それか、お前、冬眠でもする種族だったとか」

 彼の体は人とは思えぬほど冷えている。ヌーク草さえあまり効いていない。体温が下がっているから、体が眠りを要求しているのではないか。人間ならばありえない状態だと分かっているから、からかい半分でそう言うと、エイトは「そりゃ……初耳だ……」と苦笑を浮かべて言葉を零した。

「でもそれなら、仕方、ねぇよなぁ……」

 呟かれたその言葉が本心なのか、それともククールの軽口に付き合っただけなのか。小さな声だったためその判断はできなかったが、それでも「そう、仕方ねぇの。だからもう寝ろ」と言葉を返す。そのままエイトの目へ手をかざしてやった。
 エイトからの返事はなく、代わりに耳を澄まさねば聞こえないほどの小さな寝息が聞こえてくる。ようやく眠りに付いたらしい。
 ククールはエイトの目の上から手のひらを外すと、閉じられたその瞳を見下ろしてほっと安堵の息をついた。

 本当に彼がここまで眠たそうなのは単なる寝不足が原因だろうか。
 本当に彼にヌーク草が効かないのは単なる個人差だろうか。
 おそらくはそうだ。そうでなければ理由が付かない。普通に考えればそれ以外解答がない。
 そのことは十分に分かっているのだが、それでも何故か心の中には疑問が残り続けていて。

 消しても消しても沸いて出てくるその考えを打ち消すかのように、ククールはエイトへ顔を近づけて、額と目尻、鼻先に一つずつ小さなキスを落とした。
 あどけない寝顔、安らかで規則正しい寝息。どう見てもただ眠っているだけのようで。

 もう一度ため息をついて、ククールは小さくエイトの唇へもキスを落とした。


「おやすみ」




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2005.02.22








雪崩イベントでエイトだけ起きてくるのが遅かったのは、きっと竜神族が寒さに弱いからに違いない、という妄想。
竜って冬眠するのか?