彼の思惑・後 ククールは仲間に町の入り口で待つように伝えて、ゆっくりと宿屋へと向かった。 パルミドのどこと指定はなかったが、おそらくそこにいるのだろう、なんとなくそう思ったのである。パルミドという町はどんな人間も受け入れる、だからこそ逆に彼のような人間は訪れないと思っていたのだが。 どういう経緯で彼がこの町にいることになったのか、気にならないわけではないが、とりあえずは。 「うちのリーダを取り返さないとなぁ」 呟いて、薄汚れた宿屋の扉をくぐった。 カウンタで名前を出すと、驚いたことにすんなりと部屋を教えてくれる。彼は名を偽らずに泊まっているらしい。大胆なのか、考えなしなのか。どちらにしろ探す手間が省けた、と告げられた番号の部屋を探す。 あの彼のことだ、どうせまずは自分が一人で来ることぐらい見抜いているだろう。 久しぶりに顔を合わせるというのに、以前からは考えられないくらいに心が静まっている。 やはり自分もあの旅の中で、何らかの成長を遂げたということだろう。そうでなければ、こんなにも落ち着いていることに説明が出来ない。 軽く息を吸い込んで、部屋番号を確認。拳を握り締めると、二度、ノックをした。 すぐに内側から「開いている」という彼の声。 本当に、久しぶりに声を聞いた。修道院にいた頃は嫌というほど聞いていたような気もするのに。 どこか穏やかな声になっていると思うのは、考えすぎだろうか。 自分の思考に苦笑を浮かべて、ククールはゆっくりと扉を開けた。 既に外は夜の闇に覆われ、室内は灯されたランプで明るい光に満ちている。柔らかな空気の中、中央に置かれた丸いテーブルの近くに座った彼がいた。 「……久しぶりだな」 彼の方から声をかけられたことに驚きつつも、「ああ」と頷く。ざっと室内を見回して、壁際のベッドに横たわっているエイトを見つける。一瞬どきりとしたが、その雰囲気からしてただ眠っているだけのようだ。 異常がないことを確認して、ククールはほう、と安堵の息をついた。そして兄の方へ視線を向けて、口を開く。 「あんた、ああいうのが好みだったの」 ああいうの、と言いながら横たわっているエイトを顎でさす。マルチェロは膝の上に広げた本から視線を逸らさずに「どういう意味だ」と尋ねてきた。彼に背を向けぬように室内に入り込み、エイトが眠るベッドへと歩み寄る。 小さく肩を上下させて横になっているエイトは、ただ熟睡しているだけにしか見えない。 「いや、何かするために連れてきたんじゃねぇの」 エイトを起こさぬよう静かにベッドに腰掛けて、額にかかる前髪を払いのける。熱はない、寝息も正常。本当にどこにも異常はないようだ。 ククールの言葉に、マルチェロは本を閉じて机の上に置くと、「勘違いをしないで貰いたい」と大きくため息をついた。 「私が連れてきたのではない。勝手について来たのだ」 「おーまーえーはっ! 他人について行っちゃ駄目ってあれほど言っただろうが!」 マルチェロの言葉を聞いた次の瞬間のククールの動きは、パーティ内でもっとも素早さのあるゼシカをもこえた早さだっただろう。 エイトを叩き起こして、胸倉を掴み揺さぶりをかける。 「起ーきーろー! 起きろくそガキ! まんまここで犯すぞ、こら!」 何度か揺さぶってようやく目覚めたらしいエイトが、「おはよう、ククール」とずれた挨拶をしてくる。それに「はいおはようさん」と返してから(挨拶の重要性はゼシカに散々叩き込まれているため、返さないという選択肢がククールにはないのである)、再びゆさゆさと肩を掴んで揺さぶった。 「そうじゃなくて! 何でお前は人の言うこと聞かずにほいほい他人について行くの!?」 「だって知らない人じゃないし」 「そういう問題じゃねぇだろうが!」 「アメくれたし」 「アメッ!?」 誰が、と尋ねかけて、愚問であることに気付く。思わずものすごい勢いでテーブルにつく己の兄の方へ視線を向けると、彼はすっと目をそらせて「ちょうど持っていたんだ」と答えた。 だからどうしてそれをわざわざエイトに、と文句を言いかけて、それよりもバカに説教するほうが先だと思い直す。 「お菓子くれてもついてっちゃ駄目って言ったよな、オレ、お前に言ったよな!? ってか何で? 何で飴玉一個につられるわけ?」 「たくさんくれたよ?」 なぁ? とテーブルにいるマルチェロへ相づちを求める。マルチェロは「一袋買っておいたからな」と低い声で言った。 頭痛がしてきた。 軽く頭を振って脱力感その他諸々を払い飛ばし、ククールはエイトの顎を掴んだ。そのままぐっと指に力を入れる。 「量が問題なんじゃねぇよ。お前、ほんとに全部忘れたってか? オレの忠告、全部左から右?」 「いや、どっちかっていうと右から左」 「どっちでもいいわ、そんなこと! 言い返す前に謝るのが先だろうが!」 ククールは怒鳴りながら、すぺぺぺぺんとエイトの両頬に往復ビンタを食らわす。軽く、ほとんど戯れのようなものではあったが、赤くした両頬を押さえてエイトは涙を浮かべた。 「酷い……親父にもぶたれたことなかったのにぃっ!!」 「そういう小ネタはいらねぇ! ってか当たり前だ、お前の親父、お前が生まれる前に死んでんじゃねぇか!」 「あ、酷ぇ、ぐっさりきたよ、今の言葉。過去の傷を抉られたよ、ブラコンホモ僧侶に身も心も汚されたよ」 「お前の方が酷えよその言い草は! ああもう、何でこんな子に育っちゃったの、こんな子に育てた覚えありません、お兄さん悲しいよ!」 言いながらぎゅむとエイトの両頬を抓る。何やら(おそらく「痛い」だの「離せ」だというような意味の)文句を言っているが、それを無視して両側に引っ張った。 「もう二度としないって約束するなら離してやる」 「ひにゃにゃにゃー」 「猫か、お前は。あん? そういうプレイがお好み?」 「しぇくひゃらひゃ」 「何言ってっか全然分かんね」 更に頬を抓る両手に力を込める。 「エイトくんはいい子ですよねー?」 かなり痛いのだろう、エイトがばしばしとククールの両手を殴ってくるが、そのあたりは無視して問いかける。 「いい子だからお兄さんの言うことちゃんと聞けますよね?」 にっこり笑ってやれば、エイトはこくこくと素直に頷いた。 「じゃあもう二度とお菓子くれても人について行かないこと。オッケ?」 その言葉にもこくこくと頷いてくるのを見とどけて、ようやくククールはエイトの頬から手を離した。赤くなってしまった頬をさすりながら、エイトは恨めしげな視線をククールに投げて寄越す。 「頬袋、外れるかと思った」 「お前、いつからハムスターになったの」 スコン、と彼の頭を殴っておいて、ククールはほとんど取り残される形になっていた、己の兄の方へと顔を向けた。 「うちの子が迷惑かけました。ほら、お前も謝れ」 そう言って、無理やり頭を下げさせる。エイトも「ごめんなさい」と素直に謝罪を口にした。 「アメご馳走様でした」 「……あー情けなくて涙出てきそ」 頭を抱えてしまったククールの側で、エイトは何故か笑ったままである。何がそんなに楽しいのか。困っているククールを見るのが楽しいのか、貰った飴がおいしかったのか。そんな彼の様子にカチンときたククールは、腰掛けていたベッドから立ち上がると窓を開けて、ポケットに忍ばせていたものを上空に向けて放り上げた。 それは小さな爆弾岩の欠片で、ポン、と小さな音を立てて夜空で弾ける。 「ククール、今の……」 側に近寄ってきたエイトは窓から頭を出して空を見上げている。その問いへ「ゼシカたちへの合図」と簡単に答えて、彼の襟首を捕まえた。 「すぐに来るから。ゼシカねえさんにたっぷり叱ってもらおうな」 ようやくククールの意図が理解できたらしい。笑みを浮かべる彼とは対照的に、エイトの顔はさっと青ざめる。じたばたと暴れて逃げようとするが、先にククールによって首元を捕まれていたためそれも叶わない。「駄目だって、俺、殺される!」と騒ぐエイトへ、「一回地獄見ておいても損はないぞ」と冷たく返したところで、予告なくバタンと部屋の扉が開いた。 「兄貴っ!」 ヤンガスがものすごい勢いでエイトに突進してくる。「だ、大丈夫でがすか!? アッシはもう心配で心配で心配で!」とエイトの小さな体に怪我がないか確かめ始めた。 そんな彼の後ろからゆっくりと姿を現したゼシカが、マルチェロへ軽く礼をしてからククールへ視線を向ける。ククールがエイトの方を見ると、ヤンガスに捕まって身動きの取れない彼が、縋るような目で見上げてきた。言葉にされずとも彼が何を言いたいのかがよく分かる。 よく分かるが。 ククールはにやりと笑みを浮かべた。 「飴につられたんだってさ。兄貴は迷子を保護してくれてただけみたい」 エイトの望みを無視して彼の失踪の理由を告げると、ゼシカは腰に手を当てて「あら、そうなの」と呟いた。 「じゃあ、あのメモはエイトを引き取りに来いってことだったのね」 ご迷惑おかけしました、と彼女はマルチェロに深く頭を下げた。 確かに読みようによってはそう取れるが、どう考えてもあのメモは誘拐犯が書くような文章だ。あとで少し文法について話し合ったほうがいいかもしれないな、とククールがどうでもいいことを考えていると、頭をあげたゼシカがこちらを向いてにっこりと笑みを浮かべた。 それを見て、エイトが「ひぃ」と小さく悲鳴を上げる。 怖い。怒りの矛先がこちらに向かっていないと分かってはいても、彼女のその笑みは今すぐにここから逃げたくなるほどの恐怖を感じさせる。ほんの少しだけエイトに同情してしまったが、自業自得なのだ。 「じゃあ帰りましょうか、エイトくん」 その笑顔と声色に怯えをなしたのか諦めたのか。エイトはヤンガスに捕まえられたまま「はい」と素直に返事をする。 「ヤンガス、そのバカ、逃がしちゃ駄目だからね」 いつもならエイト第一に行動するヤンガスさえもゼシカの怒りに押されたらしく、小さく頷いてエイトを連れてその部屋から出て行った。ゼシカは部屋を出て行く際、「あんたも、すぐ帰ってきなさいね」と何故かこちらへも刺々しい言葉を投げかけてくる。それに頷いてから、彼女たちが出て行くのを待ってククールは大きく長いため息をついた。 勿論、安堵のため息である。自分で彼女を呼びその怒りを導いたとはいえ、どっと疲れが押し寄せてくる。壁に背を預けて自分の左手を眺め「ザオリクするだけのMP残しておかねぇとな」と呟いた。 そしてもう一度軽く息を吐くと、ようやくククールは顔を上げて真っ直ぐに部屋の中央を見る。 中央にはテーブルと、その側に座った彼の兄。 マルチェロの方も真っ直ぐにこちらへ視線を向けていた。 長い間同じ場所で生活をしていたというのに、こうして目を合わせたのは何度あっただろうか。 そんなことを考える自分に苦笑して、ククールは口を開いた。 「あー、その、なんだ、悪かったな、うちのバカが迷惑かけて」 鼻の頭を掻きながら殊更軽く聞こえるように言うと、マルチェロはふん、と鼻を鳴らして「そうでもない」と答えた。 「買ったばかりの飴玉を消費したのと、ベッドを占領されたくらいだ」 「すみません、帰ってよく叱り付けときます」 いくら知らないわけではない相手とはいえ、それは図々しすぎるだろう。本当に申し訳なくなってきて思わず頭を下げた。そんな弟の様子を見て、マルチェロは「どうしてお前が謝るんだ」と疑問を口にする。 「先ほどの女もそうだ。別にお前たちが迷惑をかけたわけではあるまい」 確かにそのとおりであることに、兄に言われ初めてククールは気が付いた。 「それもそうだよな、何でオレら、こんなに一生懸命アイツのフォローをしてんだ?」 首を傾げるも、無意識のうちにそういう行動をしてしまうのだ。理由が分かるはずがない。「何かオレら、すっげぇ損してねぇか」と悩み始めたククールに、マルチェロはため息をついた。 「大変そうだな」 思わず、といった様子で吐き出された言葉に、ククールはがばりと顔を上げて「そーなんだよ!」と叫ぶ。 「もーね、ここんとこオレの時間の大半が子守り! 一体自分が何をやってんのか、分からなくなってくる」 「その割には楽しそうだが?」 あっさりと兄にそう言われ、ククールは口をつぐんだ。 否定する材料が自分の手元にないことが、彼自身にもよく分かっていたからだ。 そう、本当に嫌ならさっさと別行動をとっている。今の旅は使命があるものではないため尚更。 それなのに一緒にいる、一緒にいたいと思うのは、やはりあのパーティが好きだからだ。彼らと旅をするのが、エイトに振り回され、ゼシカに怒られ、ヤンガスに呆れられる、そんな日々が好きだからなのだろう。 「あんたは? 今はどうよ」 言外に自分のほうは現状に満足しているということを含めて、彼にそう尋ねる。 やはり、どこか昔より穏やかな顔をしている彼は、軽く目を伏せて「別にこれといって不満はないな」と答えた。 「そっか、まぁ、どうせまた妙なことやり始めるんだろうけど、ほどほどにな」 そう言って壁から背を離して入り口の方へと向かう。きっちりマルチェロに背を向けて。その赤い背中に、「お前に言われたくないな」という兄の言葉が投げつけられた。 ドアノブに手をかけて部屋を出て行く前に、ククールは「あ、そうだ」と呟いて振り返った。机の上に置いていた本を取り上げて、中断された読書を再開しようとしていた兄へと声をかける。 「あんたさ、しばらくここにいるつもり?」 その問いに、マルチェロは無言のままこちらを睨んできた。おそらく問いの真意が読み取れなかったのだろう。それもそうだ、ククールが彼の居場所を気にするという状況などククール自身にも想像できない。「あ、いやさ」と彼は説明を口にした。 「今度あのバカがいなくなったときに、捜索場所としてここもリストに入れておいた方がいいのかもなって」 エイトがどこでどうしてマルチェロを見つけ、後をついてきたのかはまったく想像できなかったが、一度あることは二度ある、という。エイトのことだ、飴玉に味をしめて何度も繰り返すことだって考えられた。 そう言うと納得したのか彼は頷いて、「もうしばらくはここにいる予定だ」とあっさりと答えてくれた。 「そっか。じゃ、また迷惑かけるかもしれんが、そんときはよろしく」 何をよろしく、といっているのか自分でも分からなかったがそう言って部屋を出ると、扉が閉まる瞬間後ろで「ああ」と返事があった。 律儀に返答をした彼に小さく笑いながらも、ククールはゼシカの怒りがさめていることを祈りながら、ゆっくりと仲間の元へと戻って行った。 まさか、こんなことで彼と再会することになるとは思ってもいなかった。 そしてそれがこんなにも穏やかなものになるとは。 かつての自分たちからは考えられない。 だが悪くない、決して悪くはない。 もしかしたらエイトは自分と彼を再会させるためにわざわざこんなことをしたのではないだろうか、と。 ふと、そう思い、ククールはすぐに頭を振ってその考えを追い出した。 「あのバカに限って、そこまで考えてるわけねぇって」 真相はそのバカの頭の中のみに存在する。 ←前編へ ↑トップへ 2005.03.08
メルフォから「エイト姫がマルチェロ大魔王にさらわれ、クク王子、救出の旅へ」というリクを頂いたので頑張ってみたのですが…… すみません、盛大にずれている自覚はあります。リクエスト、ありがとうございました。 マルチェロ氏、初書き。性格と口調がつかめません。 兄弟のいがみ合いは苦手なので、ED後は結構仲良し、の方向で。 わざわざED後の話にしたのは、いくらバカでも、王と姫がいるときに飴玉につられたりしないから。 |