微妙に「小さな綻び」の続きっぽいです。


暖かな白銀の世界


 メディの家を出発してオークニスについた直後、ゼシカが風邪でダウンした。体力的にも雪に覆われた道のりは辛かったのだろう。途中からどうも様子がおかしいと気にしてはいたのだが、彼女自身が何も言わなかったため常に視野に入れる程度にとどめておいたのだ。しかしさすがに限界だったのか、オークニスにつくと同時にふらついた彼女を、側にいたククールがすかさず支えた。エイトが気がついていたくらいなのだ、ククールが気付いていないはずがない。

「ククール、そのまま部屋に連れて行ってやって。俺、医者探してくるから」
 ヤンガスは、陛下と姫のこと、頼む。

 仲間へ向かってそう言い捨てて、エイトは宿屋から素早く走り出ていった。「ごめんなさい」と小さく謝る彼女へ向かって「気にするな」と答えながら、ククールは宿屋地下にある個室へと向かう。
 エイトが連れてきた医者の診断が終わり、それまでずっと部屋の外で待っていた三人がそっと中を伺うと、ゼシカは布団に包まったまま荒い息をついていた。先ほど帰った医者が言っていた、これから少し熱が上がるだろう、と。
 エイトが静かにベッドの側に近寄ると、気配を感じたらしいゼシカがゆっくりと目を開けた。

「ご、めんなさい……みんな、に、迷惑、かけちゃって……」

 辛そうに眉をひそめたままゼシカはそう言う。床へ膝をついてエイトは首を横に振った。

「俺こそ、ゼシカが体調悪いの、気遣ってやれなかった。ごめん」

 そう言う彼へ「エイトが、謝ること、ないわよ」とゼシカも首を振る。

「私が、悪いの。自分の体調管理さえ、しっかり、できなかったん、だから……」
「うん、でも、やっぱり仲間の様子をちゃんと見るってのがリーダの役だし。だから、ゼシカが悪いなら、俺も悪い」

 もう一度「ごめんな」と謝ってくるエイトに、ゼシカは「あんたは悪くないわ」と首を振ろうとして気が付いた。いくらゼシカが否定したところで、エイトは自分を責めることを止めないだろう。そう、たとえ仲間にそうではないと言われたとしても、ゼシカが自分自身を責めることを止められないのと同じように。
 つまりは、エイトを悪くないと思うなら、同じように自分自身を悪いと思うのは止めろと。おそらく彼はこう言いたいのだ。
 彼女は小さく笑みを浮かべると、「ありがとう」と言葉にしてから目を閉じた。

 しばらくして寝息を立て始めたゼシカを見て、仲間たちは安堵の息を吐く。おそらく薬が効き始めているのだろう。男性陣に比べ体力のない彼女ではあるが、一般的な女性と比べれば過酷な旅を体験しているだけ体も丈夫なはず。薬を飲んでしっかり寝れば、すぐに元気になるだろう。
 とにかく今はゆっくりと休ませてやることが先決だ。そう思ったエイトは小さな丸イスをベッドの側に引き寄せると、そこに腰掛けてから二人を見て言った。

「二人は休んでていいよ。俺、診てるから」

 この部屋の他にもう一つ、ツインを取ってある。残り二人はそこでしっかり休息を取るといい。彼らとて風邪をひいていないだけで、雪道を歩いてきてそれ相応の疲労が溜まっているはずだ。
 そんな彼を後ろで見ていたククールは、軽くため息をつく。

「悪い、ヤンガス。ゼシカの看病、頼めるか?」

 ククールのその言葉に、エイトは驚いたように目を見張った。

「任せておくでげす」

 ククールの意図が分かっているのだろう、ヤンガスはしっかりと力強く頷いて胸を叩く。そんな彼へ「お前も風邪、貰わないようにな」と注意を促してから、エイトの腕を引いて彼を立たせた。

「ちょ、ちょっと、俺、ここに」

 何やら文句を言っているエイトを無視してそのまま部屋から出ると、隣の部屋へと連れ込んだ。彼をベッドの方へ押しやって、ククールは後ろ手に扉を閉める。「何なんだよ」と唇を尖らせて、エイトはククールを睨んだ。

「あのな。お前、メディ婆さんちでのこと、忘れたわけじゃねぇだろ?」

 そんな彼へ呆れたようにそう言うと、エイトは軽く首を傾げる。気にしていないのか、本当に忘れているのか。
 どさりとベッドの上に腰掛けてから、ククールはおいでとエイトを手招きした。素直にこちらに寄ってくる彼をベッドの上に引き上げて、向かい合うように座らせる。

「お前さ、ここ来るまでの戦闘で、自分の調子がおかしいことくらいは気付いてるよな?」

 いくら普段ふざけた行動が多いとはいえ、彼は(姫の後押しもあったのだろうが)一国の近衛兵だった男だ。自分の調子くらい自分で把握できているはず。ククールが真っ直ぐエイトを見つめると、彼は居心地が悪そうに視線をそらせて「でも別に風邪引いてるとか、そういうわけじゃ……」と口ごもった。

「分かってるよ、そうじゃなくてさ、お前今、単純に眠いんだろ」

 ここまできっぱりと言い当てられ、エイトは諦めて頷くしかなかった。

 薬師メディの家で、彼は一度あまりの眠気に倒れかけている。人の二倍ほどヌーク草の薬湯を飲み、ようやく体温が戻ってきた頃にその眠気はある程度押さえ込まれた。今もヌーク草が効いているのだろう、前ほど体温は下がっていないし、眠たいとも思わない。そもそもどうしてこんなにも眠たいと思うのか原因すら分かっていないが、それでも普段よりどこかぼうっとしているのは否定できなかった。
 そのせいだろう、戦闘中もほんの少しではあるが判断や攻撃の遅れがあったのだ。

「ヤンガスも気付いてた。多分これからもう少しオークニスで動かなきゃいけねぇんだから、今のうちにしっかり寝といた方が良いんじゃねぇの?」

 ククールの言いたいことも分かる。ヤンガスも同じ考えだろうことも。
 しかしそれでも簡単に「じゃあお休み」と言えるはずもなく。

「でもさ、今すぐ寝ないともたないって訳じゃないし、まだしばらく動けるし。いつ何があるか分からないから、動けるうちは動いておきたいじゃん」

 動けるうちはきっちりやるべきことを、やっておきたいことをこなしたい。エイトは頬を膨らませてそう言う。それはどこか「いつ自分が動けなくなるか分からないから」とそう言っているようにも聞こえて。
 思わずククールは、ベッドの上に座り込むエイトの体を引き寄せて、その腕の中に閉じ込めた。突然のことに反応が追いつかず、エイトは「え? ちょ、ククー、ル!」と慌てたように名を呼ぶ。そんな彼へ「うるせぇよ」と囁いて、そのまま口付けた。
 腕の中でじたばた暴れていたが、そのうち諦めたのか気持ち良くなってきたのか、エイトの抵抗が徐々に小さいものになっていく。しばらく柔らかい口内と舌を堪能してから唇を解放すると、エイトは少しだけ潤んだ目でククールを見上げて、はぁ、とため息をついた。いつもならばもう少し嫌がるはずなのに、とその反応にエイトがやはり本調子ではないことを思い知る。

 眉をひそめたことを彼に悟られぬよう抱きしめる腕の力を弱めると、右手を後頭部へ移動させゆっくりと大地色の髪の毛を梳いた。左手は小さな背をぽんぽんと軽く、あやすように叩く。素直にククールの背に両腕を回し、肩口に顎を乗せていたエイトは、しばらくして「なぁ」と声を出した。

「お前今、子供をあやす母親の気分じゃねぇ?」

 つまりはあやされているのは彼自身ということで、その自覚はあるらしい。エイトが体を起こして正面からククールを睨むと、彼は笑いをこぼしながら「何なら子守唄でも歌おうか」と提案した。それにむっとした表情をしながらも、気だるげな動作でククールの胸元に顔を埋めると、エイトはすぐに目を伏せる。


「要らねーよ。歌が無くても寝れる」
 お前の体温、暖かくて気持ちがいいから。


 小さくそう言って頬を摺り寄せてくる。そんな彼の様子に、誰にも懐かない猫を手懐けた気分になり、ククールは思わず口元を緩めた。


「だったら、ずっとこうしててやるから。ゆっくり寝ろ」


 そう言ったククールの声が聞こえたのか、聞こえていないのか。
 エイトは小さく唸り声を上げただけで、そのまま眠りの世界へと落ちていった。

 いまだ頭に巻かれたままだったバンダナを取り去り、眠りやすいように軽く衣服をくつろげてやる。彼を起こさないように最小限の動作で自分のマントも取り去り、片手だけで何とかブーツを脱ぎ捨てた。いつもより少しだけ体温の低いエイトを抱きしめたまま、真っ白いシーツの中へと潜り込む。
 その間エイトが起きる気配はない。口ではああいっていたが、やはり眠かったのだろう。
 乾いた前髪をかき上げて、露になった額に口付ける。眦、頬、鼻の頭、と一つずつキスを落として、最後に軽く唇へ口付けながら、しかし、とククールは思う。

「ずっとこうしててやるって言ったはいいものの……」
 結構辛いなぁ、この状況。

 腕の中には、無防備な顔をして眠るエイト。暖を求めてか、無意識にこちらに擦り寄ってくるその動作がいつもよりも彼を幼く見せていて。

 ククールは目を閉じて、体のうちから湧きあがってくる欲望に気付かなかった振りをした。





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2005.04.16








「オークニスにて、寒さに弱いエイトを抱っこするククール」というリクエストを頂いたので。
すみません、またずれてる気がします。
しかしどうした、小具之介。ここのところラヴっぽい話ばかりじゃないか。この勢いに乗って、次はエロを書くぞ。(ここで宣言しても意味がないだろう。)