ことの起こりは突然だった。あまりに予想外のその出来事に冷静に対処していたのは本人だけで、周囲の人間の方が取り乱していたくらいだ。いや、むしろ彼の場合は冷静というよりも、ほとんど無関心だった。彼が気を遣っていたのは彼自身ではなく、彼を取り囲む仲間たちに対してだけである。その「冷静な対処」も全て仲間たちへの指示であり、自分自身をどうこうしよう、というものではなかった。 だからこそ仲間たちは皆、焦り、考えた。 どうにかして彼を元に戻せないだろうか、と。 漆黒の海に沈む黄金の星・1 その日まではいつも通りだった。その「いつも」が何と比べて「いつも」であったのか、はっきりと述べることは出来ないが、少なくともククールにとっては今までと何ら変わりのない日であった。 ようやくサザンビークで魔法の鏡なるアイテムを手に入れ、いけ好かない王子の顔を拝まなくて良くなったことに心底清々しながら、一行は西の森にいるという魔法使いを訪れていた。鏡の魔力が失われているらしい、ということだったので、一応足を伸ばしてその偉い魔法使いとやらに鏡を見てもらうことにしたのだ。 結果その判断は正解だったらしく、やはり鏡に魔力は欠片も残っていなかった。魔物が放つ強い魔法の光を鏡に当てれば良い、とはその魔法使いのアドバイス。 「…………エイト、いくら凝視してもオレの額から光はでないぞ。つか、魔物の魔法だっつってんだろうが」 鏡を持ったまま、期待するような視線を向けてくるエイトへ、ククールは溜息混じりにそう言った。ちぇ、と唇を尖らせてエイトは鏡を馬車の荷台へ戻す。 そしてついでだから、と一行は更に森を進み、不思議な泉までやってきた。その泉の水はどうやら聖なる力が宿っているらしく、呪いを一定時間払いのけてくれるようだ。 泉の水を口にして呪われる前の姿を取り戻したミーティア姫と戯れ、会話を交わす。別に呪われているわけではなかったが、澄んでいる泉を見たら人間誰しも口にしてみたいと思うもので、トロデ王以外の四人は全員泉の水を飲んでみた。 「あら、おいしー。やっぱりいいわね、こういうところの水って」 「……腹の贅肉……」 「ヤンガス、それは呪いじゃねえよ」 「これ飲んでヤンガスの腹の肉が落ちるなら、エイトの脳の皺も増えるな、きっと」 「……エイト、今すぐ浴びるように水を飲みなさい、ってか飲め」 「俺が馬鹿なのは仕様なの! 呪いじゃないの!」 泉の側でそんなくだらない会話を交わす。それもいつも通り。この面子で高尚な話題が上るはずもない。ひとしきり綺麗な水と澄んだ空気で鋭気を養い休憩したところで、早速鏡へ魔力を戻しに行くことになる。 「確かほら、大きな橋の下通ったじゃない? あのあたりにいたでしょ、なんか、やたら眩しい魔法使ってくる蛇みたいなの」 「ゼシカ、蛇はないだろ。あれ、ドラゴン系の魔物だよ」 ゼシカが思い出しながらそう言ったところで、横からククールが口を挟む。ゼシカは魔力の高い者の性質なのか、かなり頭がいい。記憶力もいいので、彼女に聞けば今まで行ったことのある地域なら大体どこにどんな魔物がいたのか答えてくれる。ただし、名前をきちんと覚える気はあまりないらしく、「目が六つあるムカつく青いやつ」とか「黄色いでっかい舌出してるの」とか、分かりやすいのか分かりにくいのか、判別できない答えが返ってくる。その点ククールは、出没地域を覚えていないものの、名前と弱点をほぼ口に出来るので、二人が揃えば敵なしといえた。 船で海を行き、鏡の魔力を取り戻す。無事に求める姿となった鏡を見て、満足そうに笑ったエイトは、ふと顔を上げてククールへ視線を向けた。 「潮風って、頭皮にあまり良くないらしいぞ」 にやり、と口元を歪めて発せられたその言葉に、いつもならば怒りを含んだ目で睨まれるのだが、このときククールは何かに驚いたように目を丸く見張っていた。「ククール?」と訝しんで呼びかけると、ようやく意識がこちらを向いたらしく彼は無言のままごん、とエイトの頭を殴る。一応言葉は届いていたらしい。 結局彼が何に驚いていたのか分からないままだったが、特に気にならなかったのでエイトは三歩歩いて忘れることにした。 「……見間違い、だよな」 頭をさすりながらこちらに背を向けて去っていくエイトを見やり、ククールはぼそり、と呟く。 次の瞬間には元に戻っていたから、たぶん光の反射具合とか、そういうことだったのだと思う。 ククールにはこちらを見たエイトの瞳が、一瞬、いつもとは別の輝きを放っているように見えたのだ。 普段の夜の闇を纏ったような漆黒ではなく、太陽の光を纏った金色に。 目的のものを手に入れた一行は、一旦サザンビークへ戻って装備を整えることにした。上手くいけば明日で全てを終わらせることが出来る。最後くらいはきちんとした宿に泊まりたい、というのもあった。できれば一人一部屋、といきたかったが生憎と空室は三つしかなく、結局相部屋という貧乏くじをエイトとククールが引くことになる。このあたりもいつも通りで特に大きな問題はなかったはずだ。 その変化、変形、変異、あるいは変様があからさまに現れたのは、翌朝のことだった。 「……カラコン?」 「カメラ小僧との合コン?」 「そんな合コンに参加する女、いねえよ。そうじゃなくて、エイト、その目、どうした?」 朝はいつも通りククールの方が起床は早かった。顔を洗ってさっぱりしたところで部屋へ戻ると、ようやくエイトも目覚めたらしい。ベッドの上で上体を起こし、ぼうっとしているところだった。「お早う」と声をかけると、それに答えるためにエイトはククールの方へ視線を向ける。彼のその瞳を見て、ククールは思わず息を呑んだ。 エイトの目は昨日一瞬だけククールが見たように、金色の光を湛えていたのである。 見てみろ、と手鏡を押し付け、渋々とそれを手に取ったエイトは映った姿に「誰これ」と小さく零した。 「俺の目、金だったっけ?」 「いや、黒かったよ。真っ黒」 首を傾げて尋ねてくるエイトへ、ククールは自信を持って答える。ククールはエイトの、その漆黒の瞳がかなり気に入っていたのだ。 鏡を見たまま目の下を指で押して眼球を確認、そのまま上下左右と目を動かし、しぱしぱと瞬きを繰り返す。そうしてしばらくした後、エイトは「ま、いっか」と鏡を放り投げた。 「って、おい、いいのかよ! よくねえよ、普通はありえないだろ、一晩で目の色が変わるなんて」 「え? そうなの?」 ククールの言葉にエイトはきょとんとした顔でそう返す。ふざけているのかとも思ったが、もしかしたら彼は本当に知らないのかもしれない。普通は目の色は一晩では変わらない。たとえば高熱に冒され視神経に異常を来たしたり、そういう原因がない限りは。 彼の常識がどこかおかしいことなど、今に始まったことではない。 「エイト、起立、気をつけ」 号令をかけてベッドの外へと引っ張り出す。そのまま直立させておいて、他に異常がないか確かめた。「痛いところは?」「どこか妙な感じがするとか?」「視界がおかしいとかは?」という問いへ、エイトはすべて首を横に振って答える。 「病気か、呪いか、どっちかだと思うけど」 「でもどこもおかしくないよ?」 「頭の中身以外はな」 エイトへそう返しておいて、ククールはそのまま部屋を移動する。すぐ右隣の扉を軽くノック、しばらくして顔を出したゼシカへことの次第を伝えた。さすがにこれは自分一人で抱えるには問題が大きすぎる。 「今までに目の色が突然変わったこととか、あった?」 部屋まで出向いたゼシカがエイトへそう質問する。当然のように首を横に振っているが、一応後でトロデ王に確認しておいた方がいいだろう。 「お医者さまには行っておいた方がいいわね。あと呪いだった場合も考えて教会も」 「だから、俺、どこもおかしくないって。大丈夫だって言ってんじゃん!」 エイトがそう声を上げたところで、ククールに説明を受けたヤンガスがイノシシのように部屋へと飛び込んできた。エイトはその勢いのまま、結局医者と教会へと連れて行かれる羽目になる。 「眼球自体に異常はないみたいですけれどね。視力も普通ですし、申し訳ないのですがこの状態だけで何らかの病気かどうかの判断は出来ません」 「呪いらしいものは感じませんでしたが、清めと祓いの儀を執り行なっておきます。大抵の呪いはこれで解けるはずですので。あなたに神の祝福がありますように」 突然変色したエイトの瞳のためにこの日の午前中は潰れてしまい、全てが終わったときには昼食というには遅い時間帯だった。食事を済ませこれからどうするか、という話になる。 「今から闇の遺跡へ行くには時間が中途半端だな」 「そうね、できれば朝から行っておきたいものね」 「それに兄貴の目のことも気になりやすし」 三者三様に言葉を口にし、それを聞いたエイトは少しだけ考えて言った。 「じゃあ、今日はこれからこの周辺でのレベル上げってことにしよう。俺が前と変わらず戦えるかどうかも確認しておきたいし」 もちろん、エイトの意見に反対するものはいなかった。 エイト自身、鏡を見ない限りは目の色を確認する術を持たず、自分としては今までと全く変わらないつもりでいる。しかし金の瞳を目の当たりにしている仲間たちはそうはいかないだろう。とりあえず今日一日レベル上げに費やし、彼らに、エイトが今までと変わりがないことを納得してもらおう、そういう心積もりであった。 しかし、エイトの目論みは翌日には全て徒労となってしまうことになる。 2へ→ ↑トップへ 2006.07.19
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