漆黒の海に沈む黄金の星・2 瞳の色が変わっただけで戦闘や日常生活に支障は来たさない。そうだったのはその日一日だけで、エイトの変化はそれだけで終わらなかった。 翌朝、やはり異変にいち早く気づいたのは同室のククールである。隣のベッドで眠る彼より先に目が覚めたククールは、ふとエイトの方へ目を向けて言葉を失った。 しかし仲間の動揺などどこ吹く風で、ククールにたたき起こされたエイトは鏡を覗き込んで、「さすがに気持ち悪いなぁ」と感想を漏らすだけ。 一晩眠ったら昨日のお祓いの効果が出ているわけでもなく、目の色はそのままで、その上今度は肌の色まで変化していた。色どころではない、その質まで変わっているようで、エイトの左腕から顔の左半分にかけて黒く硬い肌へと変化していたのである。 「とりあえず人間じゃ、ないな、これ」 まだ人の色と質を保っている右手で自分の左腕の感触を確かめながら、エイトがそう言う。彼の言うとおりその肌の硬さは魔物か何かのそれとよく似ていた。 「こんな病気、聞いたことないわ。やっぱり呪いかしら」 「でも、エイトの兄貴は今まで呪いを全部弾いていたでげすよ」 「その逆に、オレたちには掛からないけど、エイトには掛かる呪いがあるかもしれないってことだろ」 何やら深刻そうに話し合っている仲間たちを眺めながら、エイトはどこか他人事のような顔をしていた。 立ち上がって左腕を振り回す。手のひらを握ったり開いたりして感触を確かめ、首を傾げた。壁に立てかけていた武器を手に取り、そのまま出かけようとするのを慌ててヤンガスが止める。 「いや、ちょっと感触が鈍ってるから、もしかしたら今までのように戦えないかもしれないと思って」 それを確かめるために外へ出かける、と言うのである。 大きな問題が起こっているようには見えないエイトの態度に、ククールは軽く溜息をついて「ヤンガス、ついてってやってくれ」と言った。それに「もちろんでがす!」とヤンガスが答え、二人はそのまま部屋を後にする。とりあえずここに残っているのは頭脳労働組の二人だけだ。 「ひとまずトロデ王に相談ね」 昨日の時点でトロデ王へ話したとき、今までそういうことが起こったことはなかった、とそう言っていた。ただしそれも、エイトがトロデーン城へ引き取られてからの話でそれ以前は分からない、と言う。 「持病、ってことはないじゃろうしのぅ」 むむむ、と腕を組んで唸りながらトロデ王はそう呟き、その彼の側ではミーティア姫が心配そうに首を揺らしている。 「そのような状態で先に進むのは得策ではあるまい。何、ドルマゲスの居場所は分かっておるのだ、焦ることもないじゃろうて」 そう、確かに追うべき相手ドルマゲスについては今のところ焦る必要はないみたいだ。一応ククールがルーラで闇の遺跡がある島へ飛び、異変がないかだけを確かめたが、ドルマゲスが遺跡から出てきた様子は見られなかった。 しかしもう一つの問題、エイトについてはかなり焦らなければならない状態に彼らは追い込まれていた。 エイトの変化は瞳と左半身だけでは治まらなかったのだ。ククールなどはそれも予測していたようで、やっぱりな、と呟く始末。左腕と顔の左半分が変色したその次の日、今度は左手が変形した。変色ではなく、変形。 エイトの左手はきちんと五本の指があるもののそれは長く太くなっており、その先にはそのまま人でも殺せそうなほど尖った白い爪。 「このまま俺は魔物か何かになるのかな」 自分の左手を見て呟いたエイトの声は平坦なままで、やはりどこか他人事のように考えているらしかった。そんなエイトの態度にゼシカは腹立ちを隠せないようで、尖った声で「少し真剣になりなさいよ!」と怒っていたが、エイトは苦笑してそれを交わしている。 人目に付かぬようにフードを目深に被り、およそ人のものとは思えぬ左手はマントの中へ隠す。これ以上変化が進むことを考えて、一行はとりあえず町の宿屋を後にした。 「自分のせいでパーティを乱してしまい、何とお詫びを申し上げれば良いのか……」 フードで顔を隠したままそう主君へ詫びるエイトへ、「そのことはもう良い、それより顔と手を見せてみぃ」とトロデ王は顔を上げるよう促す。 さすがに正面からその変化を見て驚いてはいたようだが、自身が魔物へと姿を変えられているためそれほど抵抗はないようだった。 「もしかしたらドルマゲスの呪いが、今効いておるのかも知れぬのぅ」 何故かエイトは呪いに掛かりにくい体質をしているようで、大抵の魔物の呪いは弾き飛ばしてしまえた。ドルマゲスの茨の呪いも例外ではなく、トロデーンの中で唯一無事だったのも彼だ。しかしあの強大な魔力にはさすがに逆らえず、今になってこうして効果が現れているのかもしれない。 「でも、もしそれが本当ならドルマゲスを倒さないとエイトのこれも治らないってことじゃない」 「安心してくだせぇ、兄貴! アッシが必ずドルマゲスを倒して兄貴を戻してさしあげやすっ!」 ヤンガスなどはそう意気込んでいるが、ククールはその考えには賛成できなかった。 「いくらなんでも時間が空きすぎてる。たとえそれが原因だとしても、絶対何か切っ掛けがあったはずだ。その切っ掛けが分かればエイトだって元に戻れるかもしれない」 実際のところ、エイトを除いた三人でドルマゲスへ挑むのはかなり無謀だと誰もが思っていた。四人合わせてようやく勝てるかどうかというくらいだったのだ。もしこのままエイトが戻らないのだとしたら、なおさら時間をかけてレベルを上げないとならないだろう。 何にしろ、ここで足止めされるのは確実だった。 サザンビークを出て王家の山の方へ続く道を行くと、山肌のすぐ側に小屋がある。王家の山へ向かう途中にククールが見つけていたものだ。人が住んでいる様子もなく、炭焼き小屋か何かだったのだろう。薪を収める場所と、人が休憩する部屋とが備わったそこをしばらくの拠点地と定める。 「ごめんね、エイト。こんなところに閉じ込める形になっちゃって」 「食い物と暇つぶしは適度に運んでやるから、少し大人しくしてろよ」 「すまねぇでがす。でも兄貴、トラペッタの奴らのおっさんへの態度、覚えてるでげしょう? アッシは兄貴にもおっさんたちにも、あんな思いはさせたくねぇでげすよ」 申し訳なさそうにそう告げてくる仲間たちへエイトは苦笑を浮かべた。謝らなければならないのはこちらの方なのに、と。 あと少しだったのだ。あと少しで呪いの元凶であり、親族の仇であり、恩人の仇であるドルマゲスとの戦闘に持ち込めた。それなのにこんなところで足止めを食っている。 歯がゆいだろう、悔しいだろう、焦る気持ちもあるだろう。 しかし彼らはそんなことを一切表には出さず、ただただエイトを心配してくれている。 謝罪も感謝も、どれだけ言っても伝えきれない。伝え足らない。だからエイトは何も言わず、笑みを浮かべて彼らを見送るしかなかった。 「とりあえずアッシはパルミドへ行って情報屋に話を聞いてくるでげす。その後おっさん連れてトロデーンへ」 「私は一旦リーザスへ戻るわ。一応魔法使いの家系だから、家に魔道書がたくさんあるの」 「オレもマイエラに行ってくる。オディロ院長の蔵書に何か役に立つものがあるかもしれない」 それぞれの縁の地へ飛び立ち、少しでも関係がありそうな情報をしらみつぶしに探す。魔物になってしまった人間の逸話や、そういった呪いを使った魔法使いの伝記等、いくつか見つけることは出来たが今この状況に直接役に立ちそうなものはなかなかない。 「夜は魔物も多いし、ここにエイトだけ残すわけにもいかないだろ。かといってオレら全員が眠る場所もないし、とりあえず一人残ってあとは町へ移動、これでいいか?」 結局その日は夜まで駆け回ったものの、有益な話を得ることはできなかった。薄暗くなった山小屋でククールが仲間にそう尋ね、「じゃあアッシが残るでげす」とヤンガスが名乗りを上げる。「や、別に俺一人でも」というエイトの意見は丁重に無視された。この状態の彼一人を残していけるはずがないのだ。 「悪いな、ヤンガス」 「そんな! これくらいのこと、お安い御用でげすよ」 そう言ってヤンガスは、いつだかゼシカから「キモイ」と評された笑い声を上げる。 持ち込んだ夕食を、「こんな風に二人だけでゆっくり話すのって初めてだよな」と笑いながら食べた。ヤンガスが山賊時代の話を聞いたり、ゲルダとの付き合いの深さを聞いたり、子供の頃の冒険の話を聞いたり、さすがエイトよりも長く生きているだけありヤンガスの話は尽きることがなく、エイトは子供のように笑い声をあげる。 「早く元に戻ると良いでげすね」 寝る間際、ヤンガスはそうエイトへ言ったが、残念ながらその言葉はなかなか現実のものへとなりそうもなかった。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2006.07.20
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