限定欲望・後 「付きまとうってね。俺、そんなことした覚え、ないけど?」 「嘘おっしゃい! いつもいつも一緒にいるじゃない!」 「嘘おっしゃい」という台詞がこうも似合う女はいねぇよな、などとどうでもいいことを考えながらエイトは、「そりゃ仲間だからな」と肩を竦める。 「そうよ、そもそも仲間って何よ。どうして彼が魔物退治とかそんな危険なことしなくちゃいけないの!? そういうのに巻き込むのも止めてよ!」 「いや、それはククールに言えよ。俺に言っても仕方ねぇじゃん」 「何言ってるの、彼は優しいからあんたたちに付き合ってあげてるんでしょ!?」 話が通じない、とククールは嘆いていた。それが今、ようやくエイトにも理解できた。 どうも彼女の中で既にある種のククール像が出来上がっているらしい。それに沿わない彼の言動は全て周りの状況(環境、友人、仲間等々)が悪いということになるようだ。 「大体ね、彼が男しか愛せないなんて嘘に決まってるのよ! あんたが彼を騙してるんでしょ!」 「いやあの男を騙せる人間がいたら俺がお目にかかりたい」 それでその技を是非とも伝授してもらいたい、そう思いながら言うと、「ふざけないで!」と怒られた。 「ってか、俺ら別にそういう関係じゃないんだけど」 「嘘つかないでよ! 私、見たんだから! 今朝、彼があんたの部屋から一緒に出てくるところ!」 ああそれでか、とようやくエイトは納得がいった。どうして今になって彼女がエイトへターゲットを絞ってきたのか、それが不思議だったのだ。今まではククールの仲間である自分たちへは一切コンタクトを取ろうとしていなかったのに、今になって急に行動を起こし始めた。何か原因があるだろうとは思っていたが、まさか今朝の様子を見られていたとは。 「あのなぁ。確かにククールは俺のとこで寝てたけど、それはあんたがあいつの部屋の前に陣取ってたから逃げてきただけだって」 「何を言ってるのよ、彼が私を避けるはずがないじゃない」 「あー、だからさぁ……」 もう駄目だ、何を言っても無駄だ。 分かってはいたがやはり無駄なものは無駄だった。 今やエイトの思考はどうやって彼女を説得するかではなく、どうやってこの場から迅速に立ち去るか、に全精力を注いでいた。ちらり、と背後の壁へと目をやる。位置的に考えてそこはちょうどエイトがとっている部屋であり、今後ろの壁にある窓はおそらくベッドの上にあったものだろう。どうせなら朝出かけるときに鍵を開けておけばよかったとエイトは後悔した。 はあ、と疲れきったようにエイトがため息を付くと、まるでその瞬間を狙っていたかのように彼女が言葉を発する。 「彼があんたみたいなのを本気で好きになるはずがないでしょう? 彼は優しいから、かわいそうなあんたに同情して付き合ってあげてるのよ。いい加減彼を解放してあげて!」 「…………」 「大体ね、男のくせに抱かれたりして男のプライドってもんはないの? 情けないとは思わないの?」 「………………」 「あんたが男咥えて腰振るような男狂いであったとしても構わないんだけどね、あんたの趣味に彼を巻き込まないで頂戴!」 矢継ぎ早にそこまで言われ、エイトはただ「あー……」と声を漏らす。そして「久しぶりにちょっとキレちゃった」とにっこりと笑みを浮かべた。 その笑みを仲間たちが目にしたら確実のその場でルーラを唱えるか、キメラの翼を放り投げるだろう。できるだけ遠くへ、エイトの目の届かぬところへ逃げるために。 しかし目の前の彼女はエイトのことを知らない人間だった。彼の笑みに「何よ、何かいいたいことがあるの!?」と食って掛かる。そんな彼女へ「少しね」と浮かべた笑みをそのままに口を開いた。 「あんたがあいつをどういう風に見ているのかは知らないけどさ、その様子じゃ粉かけても振られ続けてるんだろ?」 エイトの言葉とその口調に、彼女の顔がかっと赤くなる。図星だったのだろう。「男に欲情してもらえねぇんじゃ、女としてのプライド、がた落ちだもんなぁ?」と、くつくつと喉の奥で笑いながらエイトはさらに続けた。 「でも残念だったな。あんたの好きなあいつは、あんたの女らしい胸や腰や太腿じゃなくて、肉も付いてない抱き心地も良くない俺の体に欲情するんだよ」 それが事実であるかどうかなど、今はどうでも良かった。ただ腹が立ったので言い返しているだけだ。俺もまだまだだよなぁ、とエイトは他人事のように思うが、それでも一度喋りだした口は止まらない。 「あんた、あいつがどんな風に人を抱くか知らねぇだろ。いや、どんなキスをするかさえ知らねぇよなぁ? あいつがキスしたくなるのはあんたのその唇じゃなくて」 一度言葉を切り、にやりと歪ませた唇を見せ付けるかのように指で辿る。 「俺のこの口だ、ってんだから」 怒りのためか、彼女はふるふるときつく握った手を震わせて唇を噛んでいる。言い返す言葉を探しているのだろうか。 しかし既にエイトは彼女に話す機会を与える気は一切なかった。コンコン、と背後の窓を軽く拳で叩くと、「そうだよなあ、ククール?」と呼びかける。 その言葉に、彼女がはっと顔を上げてエイトの後ろの窓へ視線を向ける。 しばらくしてカタン、と窓が開く音が聞こえてきた。 ククールがエイトの部屋で、彼らの会話を聞いていたことは途中から気が付いていた。どうやって部屋の中に逃げ込むかを考えたときに、覚えのある気配を室内に感じたからだ。だからエイトは途中で彼が顔を出すものだとばかり思っていたのだが、彼女と顔を合わせたくないのかククールは一切口を挟む様子を見せない。エイトはまるで見捨てるかのようなそのククールの態度にも腹を立てていたのである。 だから敢えてククールの趣味が疑われるような発言をしたのだ。 エイトに呼びかけられもう隠れていられない、と観念したらしいククールが窓を開け、「お前ね……」と恨みがまし気な声で言う。しかし恨みたいのはこちらの方だ、たとえククールが悪いわけでないにしろ、完全にとばっちりを食っているのはエイトの方なのだから。 呆れた表情をしているククールを無視して、彼の首へ腕を回す。その意図を読み取ったのか、ククールはそのまま窓の外へ手を伸ばしてエイトの腰を抱くと、とん、と彼が地面を蹴ると同時に引き上げた。窓枠に腰掛けた状態でようやくククールの顔を正面から見る。エイトは薄情な彼へ怒りの視線を向けて睨みつけているのだが、表面的には微笑んでいるため外の彼女には見詰め合っているかのように見えるだろう。もちろんそれも計算済みである。 エイトはその状態で首に回した手に力を込めてククールを引き寄せると、「そうだよな?」ともう一度尋ねた。いつもとは違いこちらを煽るかのような笑みを浮かべたエイトは酷く蠱惑的で。 触れ合うかというほどに近づけられたその唇に、ククールは衝動的に口付けていた。自分からうっすらと口を開き舌を招き入れたエイトに、乗せられてるよなぁ、と思いはするものの、積極的な彼などそうはお目にかかれない。どうせなら楽しんでしまおう、とククールは彼女の存在も忘れてエイトの口腔内を激しく犯す。 「ふっ……は、ぁ……っ」 鼻で息をするだけでは間に合わなかったのだろう、解放されて大きく酸素を取り込むエイトの唇へ舌を這わす。零れた唾液を舐め取り、そのまま顎、首筋へと唇を寄せた。 そんなククールの、さらりとした銀髪へ指を差し込みながら、エイトは立ったまま声を発することさえできない彼女へ視線を向ける。 細められた目に、赤く染まった唇。おそらく今のエイトを見ればたとえその気のない男でさえ喉を鳴らすだろう。それほどまで今の彼の様子は扇情的で、男だからとか女だからとか、既にそういった性別の枠を超えた色香だった。 エイトは壮絶なまでに艶を含んだ笑みを浮かべたまま、口を開く。 「なんだったら、最後まで見てく?」 その言葉を耳にし、彼女は弾かれたようにその場を後にした。 走り去っていく足音が遠ざかった頃、エイトの肩へ顔を埋めていたククールがぴたりとその動きを止める。そして顔を上げることなく「行った?」と尋ねた。 「行った行った。物凄い勢いで逃げていった」 それにエイトが答えると、ようやくククールはエイトから離れると大きくため息をつく。そして「もう勘弁してくれよ」と乗り上げていたベッドへ力なく倒れ込んだ。 そんな彼を見ながらエイトは靴を脱いで部屋の中へ投げ込むと、そのままベッドの上へと足を下ろす。一応彼女が戻ってきていないかを確認してから、きっちりと窓を閉めて鍵を落とした。 そして横を向いて転がっていたククールを仰向けにすると、エイトはその上に跨って馬乗りになる。その状態のままバンダナを取り去り、黄色い上着も脱ぎ去って、青いチュニックの胸元の紐を緩めた。 「え、エイト?」 突然の彼の行動に戸惑っているククールの両手をベッドへ押さえ付けて、エイトはにっこりと笑みを浮かべる。 そこでククールはようやく、彼がどうしようもないほど怒っていることに気が付いたが、既に後の祭り、噛み付くようなキスをされ、言い訳も弁解も一切できなかった。 「ちょ、エイト、待てって……!」 散々口の中で暴れた舌はそのまま顎を伝って首筋、鎖骨まで降りていく。軽く骨に歯を立てられたあとゆっくりと舌を這わされ、たどり着いた肩口を強めに吸い上げられて、ククールは思わず息をつめた。 「――ッ! エイト、悪かった、オレが悪かったから!」 このままでは彼に犯られてしまうのではないだろうか。 そんな危機感を抱き、慌てて彼を引き剥がそうとするもののエイトはびくともしない。それもそうだ、力はエイトの方が強いのだ。単純な力比べなら確実にエイトの方に軍配が上がる。 しかしだからといってこのまま犯されるのは避けたい。 「ごめん、謝る。巻き込んだのも見捨てようとしたのも謝るから」 必死の思いでそう言うと、上着のボタンを外していたエイトが手を止めてククールを見た。漆黒の瞳に真正面から見つめられ、次に言おうと思っていたことが一瞬のうちにククールの頭の中から吹き飛んでしまう。 そんなククールへエイトは低い声で「やっぱ見捨てようと思ってたのか」と呟いた。その声音、表情から彼がどれほど怒っているのかをうかがい知り、ククールは、ひ、と口元を引きつらせる。しかしエイトは明らかに怯えているククールを無視して、口を開いた。 「お前が出てこなかったせいでな、俺は男としてのプライドがないのか、情けないって詰られたんだぞ」 言いながらも手を止めることはなく、エイトは上着の前をはだけると、インナーをたくし上げて現れたククールの肌へと手を滑らせる。 エイトの怒りはもっともだ。もともと彼は進んで男に抱かれる人間ではなかった。きっかけは何だったのかよく覚えていないが、ククールのほうから無理やり体を開かせたのは確かである。いわば被害者なのにあのように言われ、怒りを覚えないはずがなく、そうした張本人が無視を決め込もうとしたものだからなおさら彼の怒りは膨れ上がったのだろう。 「お前のせいで俺は男咥え込んで腰振ってる男狂いにされたんだ」 エイトの言葉とその声音に、これはもう、覚悟を決めた方がいいかもしれない、とククールは思う。 別に男に抱かれた経験がないわけではないため、今更怖気づくこともない。相手がエイトならばむしろ望むところだ、とそう考えた方がいいのではないだろうか。 ククールがそんな思考の転換を図っているなど知らないエイトは、日に焼けないため白い肌へ唇を寄せる。臍の窪みへ舌を突きいれ、そのまま腹筋に沿って舐めあげた。 「あそこまで言われたらこっちも黙ってられねぇよなぁ?」 にやりと口元を歪めたまま体をずらすと、エイトはククールの足の間へと膝を進める。そしてやんわりとククールの欲望を刺激しながら言った。 「どうせならあの子の言葉、事実にしてやろうかと思ってさ」 胸の突起へ唇を寄せ、押しつぶすように舐めてから軽く吸い上げる。ひくり、と震えたククールに、エイトは喉の奥から笑いを零した。くつくつと笑いながら、「だからさ」と、彼の耳元へ囁きかける。 「お前も、俺の言葉を事実にしろよ」 耳朶を舐め上げて息を吹きかける。 笑みを形取る唾液で濡れた唇に、誘うように覗く柔らかな舌。うっすらと赤く染まった目元に、どこか遠くを見ているかのような潤んだ目。煽るように這い回る手と、絡み付いた細い足。その中心の欲は既に熱を持っており、あまりに淫らなエイトの言動に、燻っていたククールの欲望に一気に火が灯った。 「なあ、ククール?」と甘ったるい声で呼びながら、腕を引いてその上体を起こす。ククールの体を跨いで膝の上に座り込み、正面から抱きつく形で首の後ろへ手を回す。 そのまま深く舌を絡ませるキスを交わして、体温の上がった体を摺り寄せながらエイトは尋ねる。 「あの女の柔らかい体と、俺の肉も付いてない体と」 どっちに欲情する? 直接吹き込まれるかのように囁かれ、ククールは、もう駄目だ、と思った。先ほどまでは理性が残っている自信があったのだが、全てエイトに持っていかれた。商売女でさえここまでうまく男を煽れないだろう。 いいように操られている感は拭えなかったが、もうそれさえもどうでも良くなっていた。今ククールの頭にあるのは、目の前の体を欲望のまま蹂躙することだけだ。 ぐぅ、と獣のような唸り声を押し殺し、ククールは勢いのままエイトの唇へ噛み付いた。 舌も呼吸も、熱さえも奪い取るかのような荒々しい口付けをしたまま、抱き寄せた体をベッドへ組み敷く。エイトは、苦しいのか眉を寄せながらも自ら舌を動かしてその乱暴なキスに答えていた。シーツを蹴る衣擦れの音と、ちゅくちゅくと卑猥な水音、そして互いの呼吸音だけが室内を満たす。 ゆっくりと離された唇の間につぅ、と伸びた銀糸を舐め取ったエイトは「なぁ、ククール、どっち?」と同じ質問を繰り返す。 そんなエイトを暗い欲を滲ませた目で見やり、「そんなの」とククールがようやく口を開いた。 「お前に決まってるだろ」 昂ぶった下肢を押し付けられ、誰が聞いても分かるほど劣情を滲ませた掠れた声での答えに、エイトはうっすらと満足そうな笑みを浮かべた。 ←前へ ↑トップへ 2006.05.22
ずいぶん前リクエストを受けた誘い受けネタ。 笑いを挟まない誘い受けだとエイトが怖いという事実が判明。 |