それでも人は大凡見た目通り・前


 暗黒神を追うパーティが所持する世界地図はそれほど正確なものではない。この世界には地図を作る組織があるわけではなく、しいていうならばどんな場所にもある教会が地図を管理している、といえるかもしれない。
 しかしそのための人員を教会が割いているわけではなく、世界を回る旅人が新たな町を書き加え、滅んだ村を消していく。いわばボランティアの善意から成り立つ地図が完全に世界の姿を映しているわけもなく、ときどき記されていない村が突然現れたりする。小さな農村や漁村程度ならば良いが、かなり商業の発展した町や、時には城にさえたどり着いてしまう。
 徒歩、馬車、船、果ては空を飛ぶ翼を手に入れ、おそらく人の行けるすべての場所への手段を手に入れていたとしても、知らぬ町や国へたどり着けるのだから飽きることがない。
 そのときも一行は、暗黒神の手がかりを求めて街道を歩くうち、ある賑やかな町にたどりついた。地図のどこにも記されてはいなかったが、昨日の宿を求めた村である程度情報を得ていたので驚きはしない。村人の言葉が真実であった、というだけのこと。「思った以上に賑やかだなぁ」と笑うエイトのとなりで、ゼシカが冷静に地図に町の印とその名を書き込んでいた。

「でもほんと、こんなにたくさん人がいる場所は久しぶりね」
「サザンビークのバザーといい勝負じゃねぇでげすか?」

 しっかりと整備された道は幅広く、馬車を引いても咎める人間はいない。両脇に並ぶ店も賑わっており活気がある。サザンビークも大きな町で人が多く、バザー時期となると人で溢れ返るが、もしこの町が常にこの状態ならサザンビークよりも賑わっているのかもしれない。

「ここは一応サザンビーク領だけど、この大陸は一国が治めるには広すぎる。下手するとそのうち城でも作りかねんな」

 人で賑わう店先へ目をやりながらククールが小さくぼやいた。この近辺に来るまでここに町があることなど一切知らなかった。つまりは本当に最近出来上がった町なのだろう。小さな村や町ならばいいだろうが、ここまで発展してしまうと同じ大陸にあるサザンビークが何か言ってくるはずだ。いや既に何らかの話をしている可能性もある。サザンビークほどの大国相手に喧嘩を売る馬鹿はいないだろうが、急激なる発展はときに慢心を呼び起こす。国に属することを拒み、独立の道を選んだ町も過去には数多くあった。

「え? じゃあ新しい国ができるの?」

 ククールの独り言にエイトが目を輝かせて振り返った。

「馬鹿、そういう可能性もあるな、って話」

 その声に続いて「そう簡単に国ができるわけあるまい」と馬車の中から聞こえてきた。彼らの会話をトロデ王が聞いていたのだろう。トロデーンはサザンビークに比べれば小さいがそれでも歴史ある国。そこを治める王からしてみれば、ここ十数年でできた町が国になるなどおこがましいにも程があるのだろう。
 二方向からの答えにエイトはそんなもんなのか、と一人で納得して頷く。
 その間にも優雅な白馬の引く馬車を傍らに、一行は宿屋を目指していた。ここのところ自然の多い場所を歩いていたため、町に来ること自体久しぶりだ。武器や防具も見ておきたいし、薬草などの生活用品も買い足しておきたい。ここまで大きな町だと馬車のメンテナンスもできるかもしれない。
 それぞれの思惑を胸に、大きな宿屋へたどり着いたメンバはとりあえずダブルを二部屋確保する。白馬と彼女の引く馬車、中にいるトロデ王は宿屋に隣接していた小屋へと預け、それぞれに水や食料を差し入れたあと、四人揃って町へと繰り出した。

「すっげー、人いっぱい!」
「エイト、きょろきょろするな。お前、サザンビークのバザーでもはぐれただろ」

 彼らが宿に至るまでに通った道もある意味メインストリートではあったが、その一本隣にはより大きな店が連なる商店街があった。そこに集まる人は先ほどの道の比ではない。

「あーもう! ちょっとククール! エイトの首に首輪、かけといて!」
「ゼシカのねえちゃん、ククールの野郎の首にも首輪、かけたほうがいいでげすよ」
 奴ぁアッシら置いて女を引っ掛けてるでがす。

 ヤンガスの言葉にゼシカが切れた。素早くエイトの首根っこを引っつかみ頭を殴ると、ククールへ向けてはヒャドを放つ。メラでなかったのはククールの身を案じてではなく、周りに燃え移ると危険だからというだけで。
 ずるずるとエイトを引きずり、辛うじてヒャドを避けて表情をこわばらせているククールを引きつれ、ヤンガスをお供にゼシカは人ごみから外れたカフェの側の道へと入る。

「いい? 遊ぶのはやることやってから! エイトと私は道具屋へ買出し、ククールとヤンガスは装備品のメンテナンス! 全員の武器と防具はメモってるわよね?」
「大丈夫。とりあえずはゼシカの防具とヤンガスの武器が最優先だろ。オレとエイトはこの間買い揃えたばっかりだし」
「そうね、予算はあまりないけど」
「良さそうなのがあったら値段だけ控えとく」

 真面目に取り組めば頭も要領も良いので的確な行動をしてくれるのだが、如何せんククールという男は気まぐれすぎる。いつ何時気分がそれるかが分からないのだ。いつもこうでいてくれたらどれだけ楽かしら、とゼシカは大きくため息をついた。

「じゃあ終わったらこのカフェの前に集合ってことで、解散!」

 エイトの言葉でそれぞれの組が目的の場所へ向かおうとした瞬間、カフェの角から男が一人飛び込んできた。突然現れた人物に驚いていたヤンガスへとん、と軽くぶつかった彼は、そのままわき目も振らずに更に奥のほうへと走り去っていく。

「い、今! こっちに男が走ってこなかったか!?」

 そしてすぐ後に何やら叫びながら数人の男たちがやってきた。どうやら先ほどの男は追われていたらしい。

「来たけどあっちに逃げて」

 行ったよ、とエイトが答える前に、更に遅れてやってきた男が「あー!」と声を上げた。

「俺の財布!」

 彼がそう叫び声を上げて指をさしたの先にはヤンガスの姿。「え? ア、アッシ?」とうろたえている間に男はヤンガスの腰帯に挟まっていたものを素早く奪い返した。

「あれ? ヤンガス、そんなの持ってたの?」

 ゼシカの問いにヤンガスはぶるぶると首を横に振る。

「中身抜き取ってやがる! お前、さっきのスリの仲間かっ!?」

 財布を確かめていた男がそう声を上げて、ようやくエイトたちは状況が理解できた。
 一番初めに現れた男はスリだったのだろう。今財布を握って震えている彼から掏ったはいいものの、追っ手が迫っていたため走りながら金だけを抜いた。姿をくらまそうと逃げ込んだ先にいたエイトたちを見て丁度いい、とでも思ったのだろうか。

「さっきぶつかったときだな」

 罪をなすりつけるためだろう、金を抜き取った財布を男はこちらに押し付けた。相手に気付かれずに財布を抜き取ることができるのだ、気付かれずに腰帯に財布をはさむことも出来ただろう。
 それができたのは軽くぶつかったあの一瞬しかない。

「畜生、アッシとしたことが」
 元山賊の名折れでがす。

 ククールの言葉にヤンガスは悔しそうにそう呻いた。

「あ、馬鹿、お前」

 それに慌てたようにククールが口を開くも、残念ながら大きな独り言は町の男たちにも聞こえていたようで。

「さ、山賊!?」
「やっぱりさっきのスリの仲間なんじゃねぇかっ!」
「おい、こいつを捕まえろっ!!」

 その掛け声とともに、集まっていた男たちが総出でヤンガスの両腕の自由を奪う。

「ちょっと、あんたたち! ヤンガスの言葉を聞いてなかったの? 『元』山賊で今はただの旅人よ! 確かに悪人顔だけど!」
「ヤンガスはスリの仲間じゃなくて俺らの仲間だぞ。それにそもそも山賊やってた奴がスリなんてちっせぇことするわけねーじゃん!」
「二人とも、一言ずつ多い」

 無理矢理にヤンガスを連れて行こうとする男たちへ、ゼシカとエイトが怒りの声を上げた。それにあきれたように突っ込みを入れた後、ククールも静かに「本人はやってないって言ってるだろ」と言った。

「オレたちはついさっきこの町に来たばかりで、その間ヤンガスが一人になった時間はない。スリの仲間と話をする暇はなかったことはオレたちが証言するけど?」

 それでもまだ連れて行こうと言うのか、と目を細めるククールに、ヤンガスを捉えていた男たちが言葉に詰まる。しかし先頭を行こうとする男が足を止めて振り返り、口を開いた。おそらく彼がこの集団(格好からして兵士というわけではなさそうだが、町の自警団のような存在だろう)のリーダらしい。

「だが、こいつは元山賊なのだろう?」
「だからなんだよ。あくまで元、だろ。今じゃねぇし!」

 人を見下すような態度の男に、エイトがそう噛み付く。いいからヤンガスを離せよ、と続けられた言葉を、男は「ふん」と鼻で笑った。

「一度犯罪に手を染めた奴がそう簡単に手を引くはずがない」

 そう告げると、「行くぞ」と他のメンバへ声を掛ける。

「待てってば!」

 そのままヤンガスを連れていこうとする男の腕へエイトが手を伸ばした。それをまるで虫でも追い払うかのように振り払った後、男は「クズはどこまでいってもクズなんだよ」と吐き捨てる。
 瞬間、膨れ上がった怒気はおそらく四人全員のものだっただろう。
 確かにヤンガスの過去は誇れるものではない。それでいったらククールだってそうだし、そもそもある時点より前の記憶を持たないエイトにしてみれば過去などあってないようなものだ。より重要なのは今現在。それをどう生きるか、だ。
 どん、とエイトの拳が側に立つ建物の壁に打ち下ろされる。ヤンガスには及ばないにしても、元兵士だけありエイトも力はあるほうだ。それが怒りのままに拳を壁に繰り出したものだから、迫力はすさまじい。
 正直な話、この程度の人間ならば四人ともそれぞれ一人でも相手が出来る。魔物たちの間で戦い、生死を賭けている彼らからすればまともな戦いをしたこともないような人間など相手にもならない。多少なりとも腕が立つならば、それぞれの立ち振る舞いで四人の力量を察することができるはず。
 だがしかし幸か不幸か、四人とも皆が悟っていた。ここで彼らを敵に回しては後々面倒なことになる、と。ククールとゼシカはその頭脳の回転の良さで、捉えられているヤンガスは今まで生きてきた中での知恵、そして普段馬鹿だと罵られているエイトはリーダとしての合理的な判断故に、魔物相手ならばまだしも、人間相手に犯罪者として追われるのは得策ではない、と。だからこそエイトは魔法を使わず武器も構えず、拳を壁に打ち下ろした。怒りを発散させるために。

「ヤンガスは、クズじゃねぇ。人の言葉を理解しねぇお前の方がよっぽどのクズだ」

 その言葉に、ヤンガスは「兄貴……」と感動したように目を潤ませていた。

「さっきのスリ、捕まえててめぇらの前に突き出してやる。それで満足だろ」
「そのときはヤンガスを返しなさい。彼は私達の大事な仲間よ」
「ヤンガス、悪いけどそれまでは大人しくしててくれ」

 仲間たちの言葉にヤンガスは申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「すまねぇでがす、アッシのせいで」

 がっしりと両腕を男たちに拘束されたまま、ヤンガスは頭を下げた。彼が悪いわけではない。そう声を掛けようとするが、その前に男たちはヤンガスを連れ去ってしまった。
 エイトの言葉を守ってか、暴れようともせずにヤンガスは大人しく連れられていく。その背中を残された三人は眉を潜めて見やるしかなかった。

「何よ……何よっ、ヤンガスがちょっと怖い顔だからって! 全然こっちの話聞いてくれないなんてっ!」

 彼らの姿が人ごみにまぎれて見えなくなったころ、ようやくゼシカがそう声を上げた。

「ヤンガスのこと、なんも知らねぇくせに……あいつがどんだけ優しいか知らねぇくせに……っ!」

 それなのに一方的に決め付けられた。それが悔しくて許せない。

「分かった。分かったから、泣くな。二人一度に泣かれたらどっちから慰めていいのか分かんなくなる」

 声を震わせて言葉を紡ぐゼシカとエイトの頭を、ククールがぽんぽんと優しくなでた。同時に「「泣いてない!」」とステレオで返ってくる。
 それに「じゃあ」と苦笑して口を開く。

「さっさとうちのマスコットを返して貰いに行こうぜ」

 その言葉に今の今まで眉を潜めていた二人が顔を見合わせ、吹き出した。

「マ、マスコット……っ!」
「ちょっと、ククール、いくらなんでもそれは……」

 言いながらゼシカは肩を震わせて笑っている。おそらく一般的にいうマスコットキャラとヤンガスを頭の中で比べているのだろう。しかしそんな二人へククールはさも当然、という顔で「マスコットだろ、ありゃ」ともう一度言った。

「あいつ、癒し系だし。オレは、ヤンガスを『うちのパーティのマスコットです』って人に胸張って紹介できるね」

 その言葉にエイトとゼシカは二人して「できるできる」と首を立てに振る。声がまだ軽く震えているのはご愛嬌だ。
 マスコット、という言葉とヤンガスが上手く結びつかなかっただけで、彼をそう位置づけすることに異論はない。確かに顔は怖いが、ククールの言うとおり癒し系なのだ。話をしていなくても、側にいるだけで妙に安心する。今ここに残っている三人より年齢が上だという単なる人生経験の差もあるだろうが、ヤンガスはそういう性格なのだ。スキル「人情」は伊達ではない。

「さて、と。じゃあさくさく犯人探しに向かうとしますか」

 ククールの言葉が沈んだ二人の気分を上昇させるためのものだったかどうかは定かではないが、確実にエイトたちは先ほどよりも前向きになっている。腰に手を当ててリーダらしく宣言したエイトへ、二人は静かに、しかし力強く頷いた。





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2008.03.19