それでも人は大凡見た目通り・後


 どんなものにでも表と裏がある。物理的存在だけでなく、人の心や歴史的事実、事象、国や町といったものにもそれは当てはまり、必ずしも光のあたる部分だけではない。
 スリなどという犯罪は、大抵その町をねぐらにしている人間が行うものだ。盗賊などのように町から町へ移動してしまう可能性は低い。
 そう踏んだエイトはとりあえず商店街から裏路地のほうへ進むことを提案する。その前に、と、彼らは一度宿へ戻っており着替えを済ませていた。

「パルミド行ったことあるんだから分かるだろ。ああいう奴らはきちんとした格好の奴を無意識に敵とみなす。ゼシカに着替えてもらったのは俺がやだから。こそ泥たちにゼシカのおっぱいは見せなくてよし!」

 きっぱりと言い切ったエイトにククールはなるほどな、と頷き、ゼシカは苦笑している。彼女はその豊満なバストが目立たないように大き目のTシャツを着ており、ククールは騎士団服ではなく、シンプルなシャツとボトムだった。エイトまで着替えているのは「二人がいつもと違う格好なのに、俺だけ同じなのは寂しいから」というどうでもいい理由だ。
 準備が済んだところで、とりあえず一度カフェの側へ戻り、スリが逃げ去った方へと向かってみる。進めば進むほど道幅は狭くなり、両脇に立つ建物も商店街や宿へ続く道にあったものより小さく、みすぼらしいものへとなっていった。

「手分けして探した方が早くない?」

 ゼシカの提案を「却下」とククールが拒否する。

「どうして?」
「オレがゼシカもエイトも一人にしたくないから」

 ゼシカが心配だからと一緒に組めばエイトが一人で野放しになるし、かといってゼシカを一人にするわけにもいかない。三人ばらばらなど言語道断だ。

「俺とゼシカが組めばいいじゃん」
「そうしたらオレが寂しいじゃん」

 エイトの言葉にククールがさらりとそう返す。冗談めかしていたが、おそらくそれは本心だ。飄々として人と深く付き合いそうもない男だが、ククールは意外に寂しがりやで仲間はずれにされるのを嫌がるところがある。

「お前ほんとにガキだなぁ」

 あきれたように笑いながら言うエイトへ、「いつまでも子供心を忘れない男ってのもいいだろ」とククールは嘯いた。
 そんな彼らに前後を守られるように進んでいたゼシカが不意に「あ」と声を上げる。

「前、誰かいるわ」

 少しだけ声量を落とした彼女の言葉に、無駄口を叩いていた二人が同時にそちらへ視線を向けた。

「適当に歩いてたけど、結構ヒットなんじゃね?」
「いや、適当なのはお前だけでオレとゼシカはちゃんと周り見ながら歩いてるから」

 どう見ても普通の町人には見えない風貌の男が二人、行く手を阻むように狭い路地の真ん中に立ってにやにやと笑っている。一人はこれ見よがしにナイフを取り出して、左手でそれをもてあそんでいた。その手つきからしてもただの小悪党でしかないことが分かる。

「あれならスキル上げてなくても私の方が上だわ」

 ぽそり、と呟いたゼシカへ「確かに」とエイトが頷いた。

「でも、ゼシカはちょっと下がっててね」

 そう言って、ゼシカを守るようにエイトが前へ出た。その後ろへククールも続く。
 以前は女だからといって守られることに少なからず悔しさを覚えていたが、今のゼシカにそんな気持ちは欠片もない。守られることを当然、と思っているわけでもない。力や体力において男に敵わないのは、女である以上仕方のないことだ。そういった仕方なさを受け入れる強さは、おそらくこの旅に出てようやく手に入れたものだ、とゼシカは思う。
 そもそもエイトとククールは女性だから、といってゼシカを軽視しているわけではないことを理解している。「女性だから守る」ということもあるがそれよりも、「ゼシカだから守る」のだ。
 せめてククールのように回復魔法でも使えれば、後方支援として大人しくしていられるのだろうが、残念ながらゼシカが覚える魔法は攻撃的なものばかりで。

「……私の性格かしらね」

 一人呟いて肩を竦める。
 泉の水を飲んで時折姿を現すミーティア姫のように、お淑やかな女性に憧れる気持ちもないことはない。そういった女の子のほうが兄も喜ぶかもしれない、と思う。だからといって生まれて十数年付き合ってきた自分をそう簡単に変えられるはずもない。
 それならそれで仕方がない、と割り切っているゼシカは知らない。パーティメンバの男たちは、彼女のそういうところが可愛いと思っていることを。

 黙々と思考に耽っているようで、ゼシカの目はしっかりと目の前の様子を捉えている。ナイフを手にした男たちは、おそらくスリよりも性質が悪い。力に物を言わせて金銭を強奪するつもりなのだ。つまりは強盗。ここへたどり着くまでに町の人間らしき人影は一切見なかった。皆、このあたりの治安が悪いことを知っているのだろう。ここへ来るのは何も知らない旅人だけ。
 あるものすべてを置いていけ、とナイフを持った男がそれをちらつかせながら脅している。もう一人は両手を組んでパキパキと指を鳴らしていた。

「綺麗な顔に傷、付けたくねぇだろ?」

 下卑た笑いを浮かべながら男はそうククールへ言う。

 あんた程度があの男に傷を付けられるわけないでしょうが。でも本当につけたらただじゃおかないんだから。

 何だかんだ言いながらも、ゼシカはククールの顔がいいことは認めている。その点に関してはエイトとも同意見で、彼と二人して「悔しいしムカつくけどククールの顔は好きだ」ということで落ち着いている。二人の話を聞いていたヤンガスは「男の顔なんざどうでもいいでげしょう」と苦笑を浮かべながらも、「そりゃ仲間に怪我させたらどんな相手だろうが許せねぇでがすがね」と続けていた。魔物との戦闘で怪我をしたりするのは仕方がないが、こんな小悪党に傷を付けられるなど、ククール自身が許してもエイトとゼシカが(おそらくヤンガスも)許さない。

「小っせぇ姿して、お前、男か?」

 くるり、とナイフを手の中で回してもう一人の男がエイトへ言った。

 あーあ。それ禁句。馬鹿ね、あんな姿でもうちで一番男らしいの、あの子なのに。

 普段の言動がどれほど突拍子もなくても、どれほどぶっ飛んでいてもパーティのリーダはエイト以外にはいない、とククールと話したことがある。彼の思考回路はどれだけ深く付き合おうとも理解できないままだが、戦闘や旅の行程における判断は合理的でまた的確だ。一度エイトに助けられたことのあるヤンガスなどは「アッシは兄貴の男気に惚れたんでげす」と言って憚らない。男気というよりも自由奔放さ、あるいは子供っぽさという言葉の方がエイトには合っている気がするが、ヤンガスは一歩も譲らなかった。

 ヤンガス、大丈夫かしら。一人で泣いてないわよね。早く迎えに行ってあげないと。

 頬に手を当てて眉を寄せるゼシカの前では、繰り出された拳を綺麗に避けたククールの蹴りが男のみぞおちに入り、ナイフをはたき落としたエイトがある程度加減した右ストレートを男の頬に炸裂させたところだった。

 相手にもならないわね。

 やっぱりうちの子たちは凄いわ、とまるで母親のようなことを考えていたゼシカへ、戦闘を終えた二人が同時に振り返る。勝利の笑みでも浮かべているかと思ったが、エイトは大きな目を更に見開いて何事かを叫ぼうと口を大きく開いた。
 しかし、彼が何を言いたかったのか、ゼシカは瞬時に悟る。二人がこちらへ来る前に、ゼシカの背後からがっしりとした男の腕が伸びてきたからだ。
 首と腰に腕を回され自由を奪われる。倒れて地面に転がっている二人の仲間なのだろうか。

「動くなよ、この女が怪我するぜ」

 お決まりの文句にゼシカはため息が零れそうになるのを懸命に堪えた。
 力の込められた男の腕はそう簡単に振り払えそうもない。先ほどの二人に比べれば幾分喧嘩慣れしていそうだが、やはり素人の域を出ていないだろう。
 さてどうしようかしら、と冷静な頭でゼシカは考える。しかし、彼女の意思はすぐに決まった。何故なら、彼女たちの前に立つエイトとククールが、まったくゼシカの心配をしていないことに気が付いたからだ。それはゼシカが嫌いだから、ではもちろんない。二人はすぐに判断したのだ、あの程度の男ならば心配する必要すらない、と。それはきちんとゼシカの力量を把握し、また彼女を信頼しているからこその考え。
 おそらく無意識でやっていることなのだろうが、彼らのそういった態度にこそゼシカは救われる。
 ふ、と笑みを浮かべた彼女は、少しだけ魔力を高めるとそれを右手へと集中させた。自分を戒める男の腕へその小さな手をそっと添える。瞬間、鋭い痛みが男の腕を襲う。それは痛みではなく実際には冷たさなのだが、突然の刺激であることに変わりはない。腕の力が緩んだ隙に男の腹へ肘鉄を食らわせ、振り向き際に蹴りを入れる。ゼシカの力では大きなダメージを与えられないが、男から距離を取ることが目的だったのでそれでも構わない。飛びのきながら魔力を高めるという器用なことをやってのけた彼女は、着地と同時にヒャドを放った。鋭く尖った氷の刃が男の頬を掠めて背後へと飛んでいく。頬を伝う己の血を拭うこともできずに、ゆっくりと振り返った男は石の壁に突き刺さっている氷刃を目にしすぅ、と青ざめた。下手をすればあれが自分に刺さっていたかもしれない、と思えばそれも当然の反応だろう。

「つか、ぶっちゃけこういう戦闘で一番怖いのってゼシカだよな」
「オレやエイトはまだ手加減が出来るけど、ゼシカは魔法使うからな」

 魔法はその加減が難しいのだ。初歩的な魔法であるメラやヒャドだからといって、相手に致命傷を負わせられないわけではない。とくにゼシカの場合は類まれない才能がある。普通の魔法使いが使う術よりも威力は高い。しかしその才能があるからこそ、こうしてある程度威力を抑えた攻撃もできる。

「あんまりに突然だったら思わず殺しちゃいそうなのよね」

 魔物との戦闘では一瞬の判断が命取りとなる。相手の急所を狙うのが癖になっているため、不意打ちをされると命の保障ができないのだ。そう言うゼシカへ「それは俺らも一緒だな」とエイトは苦笑を浮かべた。きっとここにヤンガスがいれば「人は殺しちゃ駄目でげすよ、人は」と言ってくれるに違いない。

「じゃ、とりあえずオレらの質問に答えてもらおうか」

 逃げる気力さえないらしい男三人を前に、ククールがそう静かに口を開く。その後ろではエイトがにたりと笑って両手を鳴らし、ゼシカが右手に炎を生み出して無言のまま圧力をかけていた。





「兄貴っ! みんな!」

 スリを捕らえることは思った以上に簡単だった。容姿をククールとゼシカがかなり詳細に覚えていたこと、始めに出会った三人がスリを知っていたことが良かったのだろう。案内された場所は小汚い酒場で、おそらくそこにいる全員が何らかの軽犯罪を犯しているだろうと思われる場所だった。出来れば全員捕まえて自警団の前に連れて行ってやりたかったが、目的はスリの男だ。
 酒場を見回して探す前に、向こうもエイトたちを覚えていたらしく「あ!」と声を上げる。同時にゼシカのヒャドが男の足元に炸裂し、氷付けにしてしまった。瞬時に魔法を放てたところを見ると、酒場に入る前から臨戦態勢だったらしい。下手をしたらこの酒場自体彼女の魔法によって崩壊していたかもしれなかった。
 そんな恐ろしい考えにぞっとしながらも、エイトは男を手際よく縛り、側ではククールが自警団には本当のことを言え、と綺麗な顔に笑みを浮かべて脅していた。なまじ顔が整っているだけにその表情はゼシカのヒャド並みに冷たく、酷薄で怖い。
 歩いて戻るのが面倒くさい、と小屋の外に出た途端ルーラで町の入り口へと戻る。適当に町の人間を捕まえて自警団がいるという場所へ案内してもらい、スリを引き渡し、彼の口からヤンガスは無関係であると証言させる。
 その一連の出来事をさくさくと進ませて、ようやく彼らは仲間の一人を取り戻すことに成功した。地下の牢に捕らえられていたヤンガスは、エイトたちの姿を見た途端ぱぁ、と表情を明るくして笑みを浮かべる。その顔にを見たエイトは「やっぱりマスコットだな」と神妙に頷いた。

「申しわけねぇでがす、アッシのせいで迷惑を……」

 ようやく解放され、晴れて自由の身になった途端、ヤンガスは深々とそう頭を下げた。そんな彼へゼシカはふわりと優しい笑みを浮かべる。

「気にしないでよ、ヤンガス。これくらいエイトがいつもしでかすことに比べたらなんでもないわ」
「そうそう、お前はいつも振り回されてるんだから、たまには振り回してもバチは当たらない」
「わー……俺も同意見なんだけど、どうして素直に二人の言葉に頷けないんだろう」

 直接的に引き合いに出されたエイトは、不満げに唇を尖らせてそう口にする。

「ていうか、ヤンガスの場合は故意じゃないしね」
「エイトは自分から揉め事起すからなぁ」
「別に揉め事起してるつもりはないんだけど」
「尚更悪いわよ」
「頭が悪いんだろ。それを何とかしろって言ってんだ」
「無茶言うな。俺の頭とヤンガスの顔は一緒なんだよ」
「エイト、それどういう意味よ」
「頑張っても良くならない」

 エイトの言葉にヤンガスが「酷ぇでがす!」と叫び、ゼシカとククールが笑う。いつものその雰囲気に、ゼシカは笑いながらやっぱり四人がいいな、と思った。




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2008.03.19
















相変わらずひさしぶりに書くとクク主じゃなくなる。
今回の目的。
・エイトとゼシカが同時に泣いてあたふたするククール。
・ヤンガスのためにマジギレする仲間。
どっちも微妙に達成。