※クク主ではないです。 ノーマルカプの話です。 オリキャラ出てきます。 それでも構わないという方はどうぞお楽しみください。 たぶん、もっと綺麗な結末もあったのだと思う。きっちりと決められた筋通りの、誰が見ても納得のできるような最後があったのだと思う。 どうしてその歯車がずれてしまったのか。 いや、原因は分かっている。 出会ってしまったこと、だ。 彼と出会ってしまった、ただそれだけのことで今まで上手くかみ合っていた歯車が音を立ててずれた。 がたん、と。 その音を、もしかしたら耳の奥のそのまた奥で聞いていた、のかもしれない。 竜と人間の恋の歌・1〈Side-W〉 一族の皆が嫌いだったわけではない。竜神族であることに誇りも持っていた。ただ疑問だったのだ、人間とはそんなにも蔑まれなければならない種族なのか、と。両親には「臆病な割に好奇心旺盛だ」とよく呆れられたものだ。自分で見なければ納得できない性格。そうであると教えられたことを教えられたまま信ずるほど、盲目的にはなれなかった。 初めて里を出たのは十五の頃だったか。人間の住む世界へ繋がる歪みを偶然見つけた。見つけたからには外へ行かざるをえまい、という妙な使命感に突き動かされて、初めて人の世界を飛んだ。 変わらない。 そう思った。 人も竜神族も変わらない。 皆、生きている。ただそれだけだ。 より強い力を持っているだとか、より長く生きるだとか、それがいったい何の価値を生むのか。もしそれらの価値や意味があるとするのなら、人や竜神族よりも魔物や亀のほうが偉いということになる。亀の魔物がいたらそいつが最強だ。 「……ちょっと、会って、みたいかも」 自分の想像に思わずそう呟き、くすくすと笑う。 里の生活は変化がなくてつまらない。息苦しくなったら外の大空を思い切り飛んだ。初めて外に出た時から五年経っているが、まだ抜け道は塞がれておらず、きっと自分以外誰も知らないのだろう。 人の側へ近寄れるだけの勇気は持てないままで、結局外に出たところで遠くから町を眺めるだけだったが、それでも満足だった。母から貰った遠眼鏡で街の様子や、周囲の景色を見ているだけで気がついたら時間が経っている。もともと人と話すことが得意ではないほうだから、こういった娯楽が自分には一番あっているのだ。 その日もこっそりと里を抜け出し、お気に入りの場所で町の人々を眺めていた。このあたりで一番綺麗な城がある町。名前を知りたかったが人に話しかけることはできず、この世界の地図などどうやって手に入れたらいいのかも分からない。 「名前、知りたい、な……」 山の中ほどにある大木の枝に腰かけて、くるり、と指先で赤い紐を弄りながら呟く。紐は小さな木片の穴に通されており、今いる枝よりも少し下のあたりに引っ掛かっていたものだ。誰かが意図的に枝に掛けたように見えたが、五年の間この場所で人間に出会ったことは一度もない。おそらく風で飛ばされてきたのだろう。 くるり、紐を回すと木片も弧を描く。菱形の描かれたそれはペンダントのようにも見えた。子供が拵えたかのような素朴なもの。持ち主はもしかしたら探しているのかもしれないが、こんなところにあるようでは見つけることはできないだろうし、返してあげることもできない。とりあえずこれは貰ってもいいだろう、と彼女はもう一度くるり、と木片を回した。 こうして人間の世界の何かを持ち帰ることは実は少なくない。すべて拾いものであったが、彼女の宝物だ。 「あ、そうか。地図、拾えない、かな?」 人と話さなくても、地図さえあれば町の名前が分かる。世界の地理が分かる。旅人が落としていたりしないだろうか。街道沿いを探してみたらひょっとしたらあるかもしれない。 今夜にでも探してみよう、そう思ったところで、ふわり、と空気が動いた。 魔法の匂いがする。 そう言うと大抵皆から笑われた。魔法に匂いなどない、と。確かに匂いではないのかもしれない。こちらに敵意があるのかないのか、どんな魔法を使うつもりなのか、どのくらいの規模なのか。そういったことが彼女には事細かに分かるのだ。ただなんとなく分かる、それを匂う、と言っているにすぎない。 くん、と鼻を動かした。やっぱり実際に匂いがするわけではない、もうその仕草は癖のようなものだ。 (ルーラ、五キロ先、目的地……) 「……こ、こ……!?」 移動魔法の発動を感じとった瞬間、目の前に光りが溢れた。同時に現れる若い男の姿。 オレンジ色のバンダナに茶色い髪の毛と少し幼い顔立ち、服装はシャツにパンツという人間がよく着ている質素なものだったが、どこか上品な雰囲気を持っている。 「……あれ?」 目を開いた彼は己の置かれている状況が理解できなかったらしく、声を上げて首を傾げた。しかしすぐにその目が大きく見開かれる。 「っ、うわぁああっ!」 彼女がその漆黒の瞳に見惚れている間に、悲鳴が下へと落ちていった。それもそのはず、男が現れた場所は彼女の目の前、つまりは枝も何もない空中だったのだ。 「それは、落ちる。うん、落ちる」 一人納得している彼女の下で、背中を強打した男が声にならぬ悲鳴を上げてのたうち回っていた。さすがにこれは助けた方がいいのだろうか。せめて声をかけるくらいはした方がいいかもしれない。けれど彼は人間で、この五年間できなかったことがそう簡単にできるわけもない。 とりあえず、と治癒魔法を発動させておいた。出血はしていないようだし、打撲程度ならばこれで大丈夫だろう。すぅ、と緑色の光が男の体に吸い込まれるのを確認する。するとぴたり、と男の動きが止まった。痛みが治まったのだろうか。そう思うが、そのまま動かなくなってしまったので逆に心配になってきた。魔法は種族問わず共通だと思っていたのだが、もしかしたら人間には効かなかったのだろうか。 むくりと起き上がった彼は軽く衣服の土を払ったあと、「ベホマ?」とこちらを見上げて尋ねてきた。 咄嗟に言葉が返せずこくこくと頷く。 「ありがとう」 ふわり、笑ったその顔があまりにも無邪気で。 気がついたら、軽い身のこなしで木を登ってきた彼が目の前にいた。 「ッ!?」 「ねぇ、君、これくらいの四角い木のペンダント知らない? あれ目当てに飛んできたつもりだったんだけど」 こんな至近距離で話しかけられ、答えられるはずがない。言葉を理解するだけで精いっぱいだ。木のペンダントというのは、枝に引っ掛かっていたあれのことだろうか。 思わず握ったままだったそれに視線を落とすと、彼もそちらへ目を向ける。 「ああ、やっぱり、君が持ってたんだ。目的地のないルーラって難しいから目印代わりだったんだ、それ。もしかして気に入ったの? だったらあげるけど」 そこでふと口を噤んだ後、彼は「あれ?」と小さく首を傾げた。 「君、もしかして、人間じゃあない?」 彼の視線の先にあるものはぴんと尖った耳。姿かたちはよく似ているが、どうあっても人型のときには耳が尖ってしまう。それが竜神族という種族だ。 バレた、そう思った瞬間、彼女は枝から飛び降りた。同時に移動魔法を発動させ、その場から逃げ出す。 「あ、ねぇ、ちょっと……ッ!」 慌てたような男の声が聞こえたが、耳に届いたそれに構うだけの余裕は彼女にはなかった。 2へ→ ↑トップへ 2008.12.17
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