※「竜と人間の恋の歌」を読まれてからの方が分かりやすいかもしれません。 恋の歌の残響 「ククールさんに、ちょっと一緒に来てもらいたいところがあります!」 竜神族と呼ばれる、人間とは種族のことなる存在が住まう里。生まれ育った場所を故郷と呼ぶなら、こここそがまさにエイトの故郷となる。 そんな里でのパーティの拠点は、エイトの祖父グルーノの家。「探検に行ってくる」とゼシカとヤンガスが里へ出かけ、寝室として割り当てられた二階の部屋にはエイトとククールしか残っていなかった。 正気を失いかけていた王を倒し、様々な話を聞いたのが昨日のこと。さすがのエイトもあまりに突然に聞かされた己の秘密に混乱していたようだが、今日には既にいつもの調子を取り戻しており、突然そう言ったかと思えばククールの腕を引いて立ち上がった。 どこへ何をしに、と尋ねても、「いいから、いいから」という答えしか返ってこない。エイトのことだ、また何か妙なことでも思いついたのではないだろうか、ととりあえず抵抗してみたが、彼の馬鹿力にかなうはずもなく、結局はずるずると部屋の外へ連れ出され、さらに階下へと連れて行かれてしまった。 「…………ていうか、ちゃんと話してくれればついてきてやったぞ?」 そうして導かれた先は、家屋の一階奥にあるグルーノの自室の前。そう言うククールへエイトは「うん、分かってる」と小さく頷く。分かっていても言葉にできなかったのだろう。 口べたというにはあまりにも不器用なリーダの頭を軽く撫でて、ククールは躊躇いなくグルーノの部屋の扉を叩いた。 「どうぞ、どちらさんかの」 グルーノの声に少しだけ強張ったエイトの肩を押し、室内へと入る。 「おお、お前さんたちか。どうかしたのかの、ま、座りなさい」 室内は本棚と机、少しの物置棚があるだけで少しもの寂しい感じがした。小さな丸い机が部屋の真ん中に据えられており、その周りの床に座布団を並べられる。こうして自室で人をもてなすこともあるのか、グルーノはごく自然な動作でお茶と茶菓子を用意した。 「で、エイト。お前、グルーノさんに話があったんじゃねぇの?」 香ばしい香りのする暖かなお茶へ口をつけて、ククールがそう言う。水を向けてやらないことには、このリーダは勧められるまま饅頭を食べることに集中してしまいそうだったのだ。 いつもならうるさいと怒られるくらいに口数の多いエイトが静かなのは、自分にはいないはずであった血縁者とどのように接していいのか分からないから、であろう。家族などエイトには自分とは関係のない概念であった。それが突然現れたのだ、何を言っていいのか、どんな態度を取ればいいのか分からなくなるのも無理はない。 それでもおそらく彼は何か話したいことがあった、だからククールを伴ってここを訪れたのだ。 ククールの言葉に小さく頷いたエイトは、饅頭をお茶で流し込んだ後、「あの、さ」と口を開いた。 「俺、言っとかなきゃ、いけないんじゃないかな、って思って。だから」 あの、その、と言葉を探しながら何度も口ごもる。 グルーノは姿を変えていたとはいえ、ククール以上にエイトの側にいたのだ。自分の孫の成長をその目で見てきている。彼がどのような性格なのか、熟知しているのも当然のこと。 そんなエイトを、二人は決して焦らそうとはせず、ただじっと彼の口から言葉が零れるのを待った。 「えー、っと、さ、えと、謝ら、なきゃって思って」 両手で持った湯呑へ視線を落したまま、エイトはようやく意味を持つ言葉を口にする。 「謝る? はて、何をじゃ?」 孫の言葉にグルーノは顎に手を当てて首を傾げた。 思い当たる事柄はあまりない。たとえば竜神族をどうしても好きなれないだとか、ここを故郷だとは思えないだとか、グルーノを家族としては思えないだとか、そういったことに関する謝罪だろうか、と考える。 しかし、次に彼の口から飛び出たものは良くも悪くも彼らしい言葉だった。 「玉乗りさせてごめんなさいっ!」 がば、と頭を下げての謝罪に、グルーノは思わず目を丸くする。そんな祖父の様子に気づいているのかいないのか、エイトは「だ、だってさ」と早口でまくしたて始めた。 「グルーノ、さんが、トーポだって知らなかったし! トーポ、ネズミじゃん! まさかネズミが人間って普通思わないって! だからさ、」 「ああ、そういえばお前、トーポに玉乗りさそうと頑張ってたなぁ」 そんなエイトの様子にククールはどこか遠くを見やりながらそう言う。馬車の中にあるエイト用おもちゃ箱の中には、トーポのための小さなボールまであるのだ。 「なかなかうまかったじゃろ?」 相変わらず妙な思考をする孫だ、と思いながらグルーノはそう返す。それにエイトは嬉しそうに「すっげー可愛かった」と口にした。 「あんまりに可愛いから、次は一輪車でも乗せようかと思ってた」 「お前は一体トーポをどうしたいんだ」 一人サーカスにでも仕立てるつもりか、とククールが問うと、「だって火、吹くし」と返ってくる。 「一輪車の前に空中ブランコ? 俺、兵士やめたらこれで食ってこうかと思ってたもん」 どこまで本気なのか、エイトはそう嘯いた。そんな彼にククールは「期待したオレが馬鹿だった」と大きくため息を吐く。 「期待? 何の?」 「折角お前がグルーノさんに話があるっつーから。『お祖父ちゃん』って呼んでもいいですか、とかもっとこう、感動的な話になるんだと思ってた」 そこまでは行かずとももっと真面目な内容だと思ってはいた。少なくとも玉乗りの話題だとは考えていなかった。そう言ったククールにエイトは大きな目を更に大きくさせて、「おじいちゃん?」と首を傾げる。 その表情を見てククールはもう一度ため息をついた。 「エイト、グルーノさんはお前の母親の親父だぞ。つまりはお前の祖父だろ。グルーノ祖父さんだ」 そう説明するも、相変わらずエイトはきょとんとしたままで。 この顔は駄目だ、祖父という存在そのものを上手く理解できていない顔だ。ちらりとグルーノを見やると、彼は苦笑を浮かべたままだった。 「分かった、エイト、お前今日からグルーノさんを『祖父ちゃん』と呼べ。それ以外は許さねぇ」 そう告げると、「ククールも呼ぶ?」と返ってきた。 「呼ばない。お前はゼシカの母親に向かって『お母さん』って言うのか? グルーノさんはお前の祖父さんであってオレのじゃない。だから呼ばない」 「じゃあ俺も」 「お前はダメ。孫は祖父を『祖父ちゃん』って呼ぶ決まりがあるんだよ。だから呼べ」 あまりにも強く言い切られ、エイトは「……本当?」とグルーノの方へと視線を向けた。 もちろんそのような決まりがあるわけもなく、返答に困ったグルーノはついそう仕向けた若者の方へと視線を向けてしまう。彼は綺麗な眉を少し顰めたまま、こくこくと頷いてそう答えるように促していた。 「あ、ああ、そうじゃの」 そんな決まりがあったような、なかったような、気もしなくもないかの、とかなり曖昧にぼかして言う。するとエイトは少しだけ黙り込んだ後、「じゃあ、呼ぶ」と答えた。そしてグルーノへ視線を向けると、 「祖父ちゃん、玉乗りさせてごめんなさい」 と、もう一度謝った。 その言葉に、思わず涙がこぼれる。 「ッ!? や、やっぱり嫌だった? 辛かった? 祖父ちゃん年なのに無理させてた? ご、ごめん! もう二度としないから! スパルタ教官ごっことかもやらないから!」 突然顔を覆ってしまったグルーノに慌てたエイトがそう言葉を続ける。 そう呼んでもらえることはないと思っていた。 娘の幸せを奪い命を奪い、幼い子供から両親だけでなく全てを奪ってしまった。 そんな自分が祖父と名乗れるはずがなく、そう呼びかけてもらえるなどないだろう、と。 「いやいや、気にせんでおくれ、エイト。わしはまだまだ現役じゃ。あの程度の扱きに耐えられんほど年は取ってないわい」 皺の多い手でぐ、と顔を拭うと、グルーノは笑ってそう言った。 そして年若い彼らの前で思わず涙を零してしまったことを誤魔化すかのように、「そうそう」と言って立ち上がる。 「エイトに見せておきたいものがあるんじゃよ」 雑多に本の詰め込まれた棚の隅にあった小さな箱。グルーノはそれを大事そうに抱え、机の上へと置いた。その蓋をそっと取る。 「うわ、がらくたばっかり」 「お前のおもちゃ箱といい勝負だろ」 中に詰め込まれたものに思わずエイトが呟き、それにククールが返す。 「ウィニアが、お前の母が大事にしてたものじゃ」 古ぼけた双眼鏡に綺麗に折りたたまれたバンダナ、可愛らしい装飾の施された手鏡に折りたたんであるボロボロの地図、白い貝殻、まるで子供が作ったかのような木のペンダント。 「ウィニアは人一倍臆病な割に人一倍好奇心が強くての。自分で見て体験しないと気が済まない性格じゃった」 「臆病で好奇心旺盛って」 どんな性格だよ、とククールが思わず呟くと、「我が子ながら変な娘じゃった」とグルーノが愛しそうに頬を緩める。 「お前の父もおそらく相当の変わりものじゃったと思うがの」 もっともわしがあの男を見たのは一度だけじゃったが、とグルーノは続けた。 「ウィニアを連れ戻しに人間の世界へ行ったときの一度だけ。あの男、必ず迎えに行くからとウィニアを説得したまではいいんじゃが、ウィニアが戻ってわしと二人だけになったときに突然メラゾーマを放ってきおった」 『悔しいんだからこのくらいさせろ、バーカッ!』 その捨てゼリフとともに。 あの時は既にウィニアは二十歳くらいであったし、彼も同じくらいの年齢であったはず。一国の王子がその捨てゼリフはないだろう。さすがに呆れて戻り娘にその話をすると、何故か彼女はベッドの上で笑っていた。 「なんつーか、エイトの親父って感じだな」 「あのセリフだけは忘れようにも忘れられんの」 ククールの言葉にグルーノはそう呟く。そんな二人の言葉が途切れたのを見計らい、エイトが「あのさ、もう一個、いい?」と口を開いた。 母が大事にしていたという宝物。そのうちの一つ、木のペンダントを手に取って眺めながらエイトは言う。 「俺のほんとの名前って、何?」 彼の質問の意味が分からず首を傾げたククールへ、「『エイト』ってのは陛下から頂いた名前だから」とエイトは言った。 トロデーンに拾われたとき、エイトはまさに生まれたばかりの赤子の状態だった。当然己の名を言えるはずもなく、呼びかけるのに不便だから、と有り難くも名を頂くこととなった。 「なんかね、反応したんだって、『エイト』って言葉に。だからその名前にしたんだって、以前姫殿下が仰ってた」 言葉というものが理解できず、ただの音として耳が捉えていた時期に、その言葉にだけエイトが他とは違う反応を示したのだ、と優しい笑みを浮かべてミーティア姫が教えてくれた。 人間の血が半分混ざっていることを考えると、この里でのエイトの扱いはあまり良くなかっただろう。それを考えるとそもそも名前すら与えられなかった、ということもあり得る。 「なかったらないでいいんだけどさ」と言ったエイトへ、グルーノは緩く首を横に振った。 「ウィニアは、お前に名を付ける前に逝ってしまっての。ウィニアの中にはいくつか候補があったらしいんじゃが、顔を見て決めるとわしにすら教えようとせんかった」 強情な娘じゃったからの、とグルーノは苦笑を浮かべる。 「名前というのは、両親が子供に一番はじめに贈るものじゃ。その大切なものを、わしなんぞが決めてよいのかと、そう思っての。結局わしはお前に、名前を与えてやることもできんかったよ」 苦しげに、まるで懺悔のようにそう告げられ、エイトは「そっか」と小さく頷いた。 「でもエイトがここを出るまで数年あっただろう? その間あんたはなんて呼んでたんだ?」 確か昨日の話では記憶を奪われたのは七つか八つの頃だという。その数年の間、他人ならいざ知らず、共に暮らしていたはずのグルーノがエイトを呼ばないということはまずあり得ない。名前がないと不便で仕方がなかっただろう。疑問のままククールが尋ねると、グルーノは悲しげな笑みを浮かべた。 まさか本当に呼びかけもしなかったというのだろうか、そう思ったが、「父親の名を」と彼は小さく口にする。 「ウィニアが、最期の最後まで呼んでおっての。あの男は自分に子供がいたことさえ知らなかったかもしれんのじゃと、そう思うと」 思わず娘が繰り返し呼んでいた男の名で呼びかけていた、とグルーノはそう言った。 「『エルトリオ』?」 確か父であるサザンビーク元第一皇子はそんな名前であった。そう尋ねると、グルーノは緩く首を振る。 「ウィニアが、呼んでおったんじゃよ、あやつを、」 『エルト』と。 何度も何度もその名を呟く、弱々しげな娘の声が今でもはっきりと思い出せる。 娘を奪った憎いはずの男の名で呼んでいたのは、自分への罰という意味もあったのかもしれない。娘と同じように、あの男のことも忘れまいと、そう己へ戒めるためでもあったのかもしれない。 「似てるな」 ククールがそう呟く。 「エルト」と「エイト」と。 響きが、とても。 小さく頷いたエイトは、「だから反応したのかもな」と笑った。 「せっかく別の名前があったのに、全然違う名前をあとから付けられてたりしたらあれかなってちょっと心配してたけど」 ここまで似てるならいいや、と。 エイトは少しすっきりしたような顔で、そう笑った。 その笑みを見て安心したのか、グルーノの方も笑みを浮かべる。 「そうして笑った顔はウィニアにも似ておるの」 双方の肩の力が抜けたらしく、その後しばらく雑談らしい雑談を交わしていたところで不意にククールが口を開く。 「そういえば、あんたはこれからどうするんだ?」 尋ねられたグルーノは「どうする、とは?」と首を傾げる。 「竜神王も正気に戻ったし、エイトだってもうこの里のことを知っている。あんたがついてくる必要はなくなるんじゃないのか?」 何も知らぬまま追い出された孫を心配するあまり、姿を変えてまでついてきた祖父。今まではその事実を知らなかったが故に、エイトたちと同じように暗黒神を追う過酷な旅に付き合わせてきたが、これからはそうもいかないだろう。「あ、それ、俺も思ってた」とエイトが言う。 「旅もあとちょっとで終わると思うし、祖父ちゃん、もうここでゆっくりしてていいよ?」 少しで終わるとはいえ、最終的に戦わなければならない相手が残っている。その戦闘に勝利できるかどうかはまだ分からず、そのようなところへついてきてもらうわけにはいかないだろう。 そう思ったのだが、逆にグルーノは「何を馬鹿なことを」と怒りだしてしまった。 「あと少しなら、逆について行くわい。わしだっての、竜神族の長老のうちの一人ぞ。姿はネズミとはいえ、見くびられては困る。わしが役に立ったことだってあったじゃろう?」 その言葉には頷かざるを得ない。 「今まで散々お主らに付き合ってきたのじゃ。なんと言われてもついて行くぞ」 と、そう言われてはエイトたちには止められない。 「じゃあ、もうちょっとよろしく」と言ったところで、不意にエイトが首を傾げた。 「あれ? あ、そっか、祖父ちゃん、トーポ、だったんだよね」 今更なことを彼は確認するかのように呟く。 「トーポ、ってことは、ずっと、一緒だったって?」 そういうことだよね、と尋ねられ、グルーノはそうじゃの、と頷きを返した。 「トロデーンにいたときもずっと」 「そうじゃの、兵士長の兜に悪戯書きをして怒られておるのも見ておった」 「旅に出てからもずっと」 「ほぼずっと、じゃの」 その言葉を聞いたエイトは、少しだけ言葉を区切り、「宿でも部屋、一緒、だった、もんね」と口にする。 そこでようやくグルーノとククールは、エイトが何を気にしているかに気が付いた。というかそもそも彼は気づくのが遅い。ククールなど、トーポの正体を聞いたときに真っ先にその事実に行き当たり、気まずく思ったというのに。 「そうじゃの、夜もしっかり同じ部屋におったからの」 「さすがのオレも、ネズミを追い出すまで気は回らなかったしなぁ」 二人が暗に何のことを言っているのか。 同じことを考えていただけにすぐにエイトも気が付いた。耳まで赤くして絶句し、交互にグルーノとククールを見やったあと、泣きそうなほど顔を歪めてがたん、と立ち上がる。 「――ッ、三時間後には戻ってくるからぁッ!」 そう言ってグルーノの部屋を飛び出した。 「三時間後……夕飯か」 衝動的な割に計画的な飛び出し方だった。 そんな彼を自分が追い駆けてはまずいだろう、とグルーノは、腰を下ろしたままお茶を飲んでいる男へと目をやる。「追いかけんのか」と問うと「後でな」と返ってきた。どうやらこの男、個人的な話があるらしい。 乾いた音を立てて湯呑を机に戻すと、ククールは少しだけ居ずまいを正し、グルーノを視界の中心へと据える。 「悪かったな、オレまでついてきて」 青い瞳をまっすぐに向けたまま、彼はそう謝った。 本来なら祖父と孫と、二人きりで話をさせてやるべきだったのだろう。ただでさえ家族である時間が少なかった二人なのだ、その間に第三者が入るべきではなかった。 この若者は軽薄そうな態度とは裏腹に、根が真面目であることを共に旅をしてきたグルーノも理解している。そうして自分の孫がこの男とどのような関係にあるのか、も。 「いや、よい。むしろお前さんがいなければ、エイトはここに来ることも、わしと話をすることもできなかったじゃろうて」 逆に感謝しておるよ。 そう告げると、ククールは多少安心したのか、「そう言ってもらえると助かる」とほっとしたような顔をした。 「しかし爺さん、あんた、何も言わないな。オレとエイトのこと。あんたならもう少し何か言うかと思ってたけど」 エイトの前ではなく、ククール個人に対して何らかのアクションがあるとそう思っていた。唯一の血縁者である彼を普通から外れた道に引き込んだのは、ほかならぬククールだ。多少の罪悪感がないでもない。エイトとの関係を絶てと言われれば「それは無理だ」と答えるだろうが、それでもお小言を聞くくらいならしてもいい。 そう言うククールへ、グルーノは「言ってやりたいのは山々じゃがの」と苦笑を浮かべる。 「エイトにお前さんが必要だというのは、わしでなくとも分かることじゃ」 あの孫は性格自体は真っ直ぐに育っているが、どうも根本が歪んでいる。当たり前を当たり前としてとらえることができないようだ。その原因が記憶の封印にあることは明確で、そのあたりの事情も、そしてエイトの心も理解している彼が側にいることが、エイトには一番いいのだろうと思う。 「わしはの。あの子から全てを奪ってしまった。両親も、家も、本来なら注がれる愛情も、全てを、な」 だから、とグルーノは言う。 だからもう、エイトからは何も奪いたくない。 エイトのものを、もう二度と奪わない。 「エイトが必要だとそう言うのなら、たとえ相手が魔物であってもわしは許すじゃろうの」 静かに、そう決意を口にするグルーノへ「そうか」と言った後、ククールは机へ手をついて立ち上がった。 肩にかかった髪の毛をばさりと払い、部屋の出口の方へと足を向ける。 おそらくエイトを迎えにでも行くのだろう、そう思っていると、立ち止まった彼が不意に振り返って言った。 「悪いけど、誰かにやるつもりはないから」 魔物にやるくらいなら、オレが貰う。 「俺もう恥ずかしくて生きていけない」 「オレはお前の中に人並みに羞恥心があったことに今驚いてるよ」 ざ、と背後でした足音に、エイトはククールが追いかけてきたことに気づく。振り返ることなくそう言うと、思った通りの人物がそう返してきた。 「モリー服でも平気で往来を歩く奴が」 「それとこれとはだいぶ違う!」 「そう? オレはモリー服着てるの見られるより、やってるとこ見られた方がマシ」 それはそれでどうよ、と思うようなことを平気で口にするククールへ、「お前は頭の中が桃色仕様だから平気なんだよ……」とエイトは墓石に縋りついてよよよ、と泣き真似をした。 彼らが今いる場所は里から少し離れた崖の上。 エイトの両親が眠る地だった。 正直なところ、未だに祖父という存在に違和感を覚える。ましてや既に亡くなっているらしい両親など、きちんとした存在として捕えられないのも仕方がない。 座り込むエイトを無理やり立たせ、その服の土ぼこりを払ってやってから、ククールは墓石へ向かって祈りを捧げる。自然な動作で、ごく当り前のことのようにやってのけたその仕草に見とれながらも、エイトも同じように手を組んで目を閉じた。 「夢、をね、見るんだよ」 目を閉じたままエイトは言う。 「どうか幸せに、って」 男の人と女の人が願う夢。 その男女が一体誰なのか、幸せを願われている相手が誰なのか。 「幸せって、どんな事だと思う?」 エイトにはそもそも、幸せが何かが分からない。 尋ねると、小さな声で「笑ってりゃいいんじゃね?」と返ってきた。 「……それだけでいいの?」 「得意だろ?」 ぽん、と頭を撫でられる。 得意かどうかは分からなかったが、もしそれだけでいいのならエイトには自信があった。 どんなに苦しくても笑っていられる自信。 仲間が、彼が共にいてくれるのなら、きっと自分は、笑っていられる。 ブラウザバックでお戻りください。 2008.12.19
ゲームの設定からは多々ずれてると思いますが。 |