桃色の甘い誘惑・後 エイトという少年の性格を一言で表すなら、おそらくどのメンバに聞いても「馬鹿」と答えが返ってくるだろう。そもそもそれは性格を示す言葉ではないのだが、それ以外言いようがない。 自らの性別が変わるという事態に混乱し、散々落ち込んだあと、その馬鹿の出した結論は、「とりあえず楽しんじゃえ」というものだった。 「うーん、顔はほとんど変わってないのに、似合う俺、すごい」 基本的に楽観的なメンバが集まっているだけある。また三日たてば必ず戻る、ということも背景にあり、早朝の騒ぎが治まった頃にはみな、エイトの性別転換にすっかり順応してしまっていた。 ゼシカが持っていたスカートやらブラウスやらを着せてもらい、鏡の前でくるっとターンを決める。映る自分の姿によく分からない感心の声を上げていたエイトの後ろで、「もうちょっと髪の毛が長かったらもっとかわいい格好させてあげられるんだけど」とゼシカが苦笑を浮かべた。 長い髪の毛、という言葉にエイトの視線が、ククールの方へ向けられる。 「よし、ククール、ちょっとお前、果物食って来い。お前ならきっと行ける」 「どこに行けってんだよ、馬鹿」 呆れたようにそう言ったククールの隣では、「ゼシカの姉ちゃんが食ったらどうなるでげしょうな」とヤンガスが言った。 「超絶な美少年になるに決まってるでしょ」 ふん、と胸を反らせて彼女はそう断言する。そして「この胸のない体っていうのも少しは体験してみたいわね」と肩を叩きながら続けた。豊満なバストは彼女の自慢の一つではあるが、あれはあれでいろいろと苦労も多いらしい。そこでふと、ゼシカは思い出したようにエイトへ視線を向けた。 「あんた、ちゃんと晒しは巻きなさいよ? さすがに三日のためだけに下着を買うのは馬鹿らしいし、かといってノーブラで外歩かれたらたまったものじゃないわ。私ほどじゃないにしろ胸、あるんだしね」 彼女の胸元へ視線を向け、そのまま自分の胸へと目を落としたエイトが「どうせ女になるなら、ゼシカくらいおっぱい欲しかった」とぼそりと呟いた。 「いや、ゼシカのバストは国宝級のものだ、そう簡単に再現されてたまるか。お前だって一般的な程度にはあるんだからそれで我慢しろ」 良く分からないことを力説するククールに、エイトは「一般的?」と首を傾げる。が、答えを求めた相手がヤンガスであったため、彼は顔を赤くして「さぁ?」と同じように首を傾けた。 「そうね、普通かしら。全然ないわけじゃないし。んー、Bってところかな」 「ああ、それくらいだな」 「なんでククールが同意すんだよ」 さも当たり前であるかのようにさらりと頷いたククールへ、エイトがじっとりとした視線を向けてそう突っ込んだ。 「そりゃ俺くらい場数を踏めば」 「俺、外に遊びに行ってくる」 「人の話、聞けよ」 ククールの言葉を遮って声を上げた彼へそう文句を言うも、「お前の話は聞く価値がない」とひどい言葉を返される。そんなエイトの隣で、「兄貴、外へってその格好でげすか?」とヤンガスが困ったような顔をして聞いていた。 「もちろん。せっかく女になったんだし、今しかできないことしておかないともったいないし!」 彼独自の理論を振りかざして、エイトはそのまま部屋を飛び出した。 「…………」 「………………」 「……………………」 「……何してんの、追いかけなさいよ」 「……オレが?」 「……アッシじゃあ兄貴を止められないでげす」 どうあっても貧乏くじを引く役からは逃れられそうもなかった。 ** ** 山に沿うようにひっそりとその麓に佇むこの村は、名前に村がついているものの町といっていい規模のもので、それなりに商業施設も発展している。宿屋を出た正面の通りが商店街となっており、両脇に様々な店が軒を連ねていた。宿屋で騒いでいる間に世間はすっかり昼の様相へと姿を変えており、通りにも人のにぎわいがある。かといってサザンビークのバザーほど人どおりがあるわけでもなく、この中で目的の人物を見つけることは容易かった。 果物屋の店主とにこやかに会話し、リンゴを一つただでわけてもらっていた彼の背後に立ち、いつものように殴ろうとして思いとどまる。元がエイトとはいえ、今は格好も体も女性であることに違いはない。ここで殴っては周囲から非難の眼で見られるのはククールだ。 「おや、今度はずいぶんと色男が来たね。お譲ちゃんの知り合いかい? ほれ、お前さんにもあげるよ」 にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべる店主は、ククールに目を止めるとそう言ってリンゴをもう一つこちらへ差し出してきた。色男、という言葉で誰が後ろにいるのか気づいたらしいエイトが、振り返って嬉しそうに「俺ももらった」とリンゴを見せる。 「エイト、お前、今しかできないことをするって、何するつもりだったんだよ」 リンゴを齧りながら歩こうとするエイトを止め、とりあえず彼の分のリンゴはククールが預かっておく。なんとなく未練がましげな視線を無視してそう尋ねると、「特に考えてない」とある意味予想通りの答えが返ってきた。 「この姿で歩くだけでも十分じゃん?」 確かに、性別が違えば見える世界もまた違うのかもしれない。しかし、朝起きて突然変化した体をそのままに、服まで着替えて堂々と外出できるのは、世の中広しといえどエイトくらいではないだろうか。 「おいこらエイト、普段どおりに行動するな。自分が今スカートはいてることを考えろ」 ひらひらと裾を翻しながら店先を次から次に覗いていくエイトの腕を掴み、もう少し落ち着くように言って聞かせる。 「えー、でもだって、俺の普段着だってこんな感じじゃね?」 「まあ確かにそうだけど、普段は下にズボン、はいてるだろうが」 「そうなんだよな、すごいすーすーするもん。女の子はよくこれで我慢できるよな」 スカートの布地を掴んでぱたぱたと揺らす彼の手を、「だからそういうのをやめなさいって言ってるの」と軽く殴る。ぷぅ、と頬を膨らませてククールを睨んだエイトは、少し先に駄菓子屋があることを発見して、文句を言う前にそちらへ走って行ってしまった。 本当に落ち着きがないな、あいつは。 軽くため息をつきながら、その面倒をみることが大して苦痛だと思っていない自分にも呆れる。何だかんだ言いながらも、結局は楽しいのだろう、彼の側にいることが。 楽しいっていうか、飽きはこないな。普通、いきなり性別が変わったりとかしないだろ。 常に予測の斜め上の事態を引き起こされ続ければ、飽きることなどあるはずがない。 うまくできたパーティだと、つくづくそう思う。今のこのメンバが、この性格だからこそ命の危険のある旅を、さして苦労と思う事なく続けていられる。たとえばそれがリーダの類まれぬ努力の結果であるならば、彼に対して申し訳なく思ったりもするだろうが、誰ひとり無理することなく今の状況が作られているのだから。誰に感謝をすることも、遠慮をすることもない。自然体のままでいられる仲間がどれほどありがたいか。 「…………いやでも、エイトはもう少しメンバに感謝するべきだよな」 ていうか、主にオレに。 小さく呟いて駄菓子屋の方へ視線を向けると、いつの間にかエイトが消えていた。きょろきょろとあたりを見回すも、それらしき人影はない。逃げだした、というわけではなく、単にククールのことを忘れて興味のままにどこぞへ走っていったのだろう。 何で、あの馬鹿はこう……。 たまには振り返って見てみろ、と言いたい。側から自分がいなくなっていることを気付け、と。 もう一度小さくため息をついてから、ククールは今は少女であるリーダを探すべく、商店の並ぶ道を進んだ。 エイトの興味を引くものといえば、駄菓子に玩具。子供が好きそうな場所を探せば七割の確率で彼にヒットする。一応ざっと駄菓子屋の中も見てみたが、彼の姿はそこにはなかった。店主に聞いたところ、南の方へ走って行ったとのことで。 走るなよ、だから。転んで泣いても知らねぇぞ。 ここにはいないリーダへ心の中でそう文句を言いながら、言われた通りその道を南へと下る。ゼシカが見たら喜びそうな可愛らしい雑貨屋や、アクセサリーを取り扱った店、見なれた武器や防具を取り扱う店、パン屋、調味料専門店、並び立つ店を順番に見て回ったが、エイトのいる気配はない。 道を外れたか? や、でも商店街はここだけって話だし。 そろそろ商店街の外れに辿りつこうかというのに、エイトの姿を発見できないままだ。いくら彼といえど、普通の民家に興味を持ったりはしないだろう。それこそ猫か子供かに誘われない限りは。 「放って帰ろうかな」 できもしないことだ、と自分でも思いながら呟いたところで、ようやく見覚えのある姿を視界の端に捉える。ふわり、と柔らかな裾を翻して、少女は商店同士の間にある路地の方へ向かって行ったようだった。 本当に猫でもいたのかもしれない。そう思いながら見失わないように追いかけ、その路地を覗き込む。気配と足音でこちらに視線を向けたエイトが、ククールに気がつくと同時に嬉しそうに声を上げた。 「なあ、これって、この姿じゃないと味わえないことじゃねぇ?」 「この状況下で、何でお前はそんなに楽しそうなんだよ」 それより先にもっと言うべきことがあるだろう、とククールががっくりと肩を落とす。 エイトとククールの間には、男が二人、立っていた。片方がエイトの細い腕を掴んでいるため、彼がこの路地へ来たのは二人に引きずり込まれたせいだと分かる。 「何だ、お前。連れか?」 「悪いな、にいさんよ。彼女はこれから俺たちと良いことするんだよ」 性質の悪いナンパどころではない、下手したらこのまま襲われかねないような発言にククールは眉を顰める。しかしエイトの方はその言葉を聞いて「彼女、だって!」と笑い始める始末。どこまでも呑気なリーダに、軽く頭痛を覚えた。 「つかエイト、お前その格好じゃなくてもナンパされたこと、あっただろ、確か」 口さえ開かなければ彼の性格は分からない。先ほど自身で言っていたように、普段着も裾の長いチュニックなのでボーイッシュな女の子に見えなくもない格好なのだ。武器を置いた状態で街中を歩き、同性にナンパされたことが少なくとも二度程度はあったはず。 ククールの指摘に、エイトは嫌そうに顔をしかめた。 「あれは、してくるほうがおかしいんだよ。どこをどう見たら俺が女に見えるんだっての」 唇を尖らせながら言った言葉に、エイトの手首をつかんでいない方の男が首を傾げて手を伸ばしてきた。 「……お前、男か?」 伸ばされた腕は、エイトが逃げる間もなくぺたり、と胸に触れる。 「!?」 腕や肩、腰ぐらいならまだ我慢が出来るが、さすがにそこに触られるのは抵抗があるらしい。エイトが声にならない悲鳴を上げて体を捩るのと、ククールが怒りのままその男を蹴り飛ばしたのはほぼ同時だった。 「何で素直に触らせてんだ、お前は!」 そう怒鳴って、不意に気付く。そもそもエイトがここまで大人しく引きずられてきたこと自体おかしいのだ。普段の彼ならばここに来る前に男の手など振り払って、逆に二、三発拳を叩きこんでいるだろうに。今だって逃げようと足掻いているが、掴まれた手首を取り戻すことさえできていない。 そういえば、今朝ベッドの上で抑えこんだときエイトの抵抗がいつもよりかなり少なかった気がする。あの時はエイトも混乱していたからだろう、と思っていたが。 「エイト、もしかして力も落ちてる?」 ククールが指摘すると、エイトは「そうみたい」と困ったように笑った。だから男の手も振り払えず、ここまで引きずられてきたのだろう。 「馬鹿、お前そういうことは早く言えよ」 「ククール、助けて」 その言葉に任せておけ、と返す代わりに、男の腕へ手を伸ばした。エイトやヤンガスに比べると非力ではあるが、それでも魔物相手に剣を振るっている身、一般人相手に負けるわけもなく、容易く男の手をひねりあげるとそのまま鳩尾へ拳を叩きこんで路地奥の方へ突き飛ばした。 どさり、と男が倒れる音を聞きながら、エイトを連れてさっさと商店街へと戻る。掴んだその細い手首では、確かに彼らから逃げることは叶わなかっただろう、と思った。 「ありがとう、ククール。どうしようかと思ってた」 エイトは笑って素直にそう礼を述べてくる。 おそらく魔法は使えるのだろう。だからたとえ力では敵わずとも、最悪魔法を使って逃げるということもできた。それでも、普段できることができなかったが故の恐怖は多少なりともあったはずで、エイトの笑みはまだ少しだけ強張っている。その顔に小さく痛む胸を無視して、ククールは口を開く。 「お前、もうオレから離れるな」 手首をつかむのではなく、指を絡めるようにして手を繋ぐ。普段のエイトならば嫌がりそうだったが、今はそんな素振りを見せることもなく繋がった手へ視線を落とした。 「こうやって手を繋いで歩くのも、この格好じゃなきゃできないよな」 顔を上げてそう言ったエイトの笑顔は心底嬉しそうなもので、「そうだな」と返すククールも、自然と笑みを浮かべていた。 手を繋いだまま宿へ戻る途中、不意にククールが口を開く。 「でもエイト、何でお前、山の中の果物なんか食ったりしたの」 得体の知れないものを食べるなど、旅慣れた人間のすることではない。町中ならいざ知らず、まだ魔物の出る場所だったのだ。下手をしたら自分だけではなくメンバ皆に迷惑がかかりかねないことを、エイトがするとは思えなかった。 その問いかけに表情を曇らせたエイトは、「美味しそうな匂いがしたんだよ」と気まずそうに呟いた。そして少しの沈黙を経て、「あとは」と続ける。 「みんなが一緒だったから、大丈夫かなって」 俺が何か失敗しても、絶対みんなが助けてくれるから。 だから心配していなかったのだ、と。 ぼそぼそとそう続けるエイトを見やり、ずるいな、とククールは思った。 エイトはずるい。 そんなことをそんな顔で言われたら、怒るに怒れないではないか。 ←前編へ ↑トップへ 2008.08.13
女体化に挑戦。 なんか、ラブっぽい。 |