一期一会・後


「まあ、こうなってるだろうな、とは思ってた」

 山賊の数はざっと二十人強。向かってくる男たちをエルトリオが剣で叩き伏せ、ククールがバギマでねじふせている。果敢にも武器を持って立ち向かっていた村の男たちが、意識を失った山賊を縛り上げるという見事な連係プレイ。
 スプーンを咥えたままそう呟いたエイトの横で、「二人とも、すごい」とウィニアが感心したように呟く。

「私も何か……」

 戦っているものがいるのに自分は何もしていないということが気になるのか、続けてそう口にしたウィニアが唱えた魔法は氷系で最大威力を誇るもの。

「いやいやいや! ちょっと大人しくしとこ? ここは男に花を持たせとこ? ね?」

 さすがに村の中でぶちかますには少々威力の大きすぎる魔法の気配を感じ、珍しくもエイトが慌てて彼女を止めに掛かった。せめて戦闘で怪我を負った村の人々の回復に回ってあげたらどう、と勧めれば、少しだけ考えた後、「そうする」と前線から離れた人々の元へと走っていく。

「すっげぇアクティブ……」

 あの彼女が自分の母親である、など今一つピンとこないが、決して嫌いなタイプではない。むしろ可愛いかもしれない、と思考を飛ばしながら、自分の父親かもしれない人物へと視線を向ける。
 純粋に強い、とそう思った。
 さすが、一人であの里の近くまで辿りついただけある。身のこなしも剣の扱いも、一国の王子とは思えぬほど素晴らしい。その戦う姿には、ククールとは違った美しさがある。ウィニアやククールは彼とエイトの姿がよく似ている、と言ってくれるが、きっと戦闘におけるあの姿は真似できないだろう、そう思っていたところで。

「ちょっと、エイトも手伝ってよっ!」

 そのエルトリオが声を上げた。数がいるだけで一人一人の腕はそこまで強いわけではないらしい山賊相手に、手数が欲しいというよりむしろ、一人で呑気にアイスクリームを食べているエイトが気に入らないのだろう。幾分剣呑な声音を耳にしながら、「俺も戦ってるよー」と返しておいた。

「今にも溶けそうなアイスと死闘を繰り広げてる」
「そのままやられて、腹でも壊してしまえ」
「それはそれで本望だ!」

 エルトリオの言葉に胸を張って言い返せば、頬を膨らませた彼は、「ククールくん、あの子、ムカつくっ!」と保護者へ向けて文句を放った。
 だから、彼はあなたの息子です。
 そう言いたいところをぐっとこらえ、ククールは「仕様です」と答える。

「ちょっと会話がかみ合わないのも?」
「仕様です」
「ちょっと童顔で子供っぽいのも?」
「不具合じゃありません」
「ちょっと頭の仕様が残念っぽいのも?」
「初期不良でもないので返品交換不可です」
「お前ら二人、失礼すぎんだろっ!!」

 懲りずに襲いかかってくる山賊たちを適当にあしらいながら交わされたエルトリオとククールの会話に、ついにエイトが切れた。きしゃー、と毛を逆立てた猫のように怒りを表し、もう一言言い返そうとしたところで、不意に目の前に現れる影。
 は、と気がついた時には遅かった。

「ッ!」

 てめぇ何呑気なことしてやがんだ、バカにしてんのか、そんな台詞を口走っていたように思うが、正確なところはもうエイトの耳には届いていない。呆然とした表情のまま少年の視線が追う先。エルトリオとククールの手から逃げてきた山賊に突き飛ばされ、払いのけられ、宙を舞い、地に落ちた無残なアイスクリーム(バニラとチョコ)。
 大きく見開かれた漆黒の目。茶色い大地にぺちゃり、と潰れ落ちて広がるアイスクリーム(バニラとチョコ)。

「俺のアイス……ッ」

 うる、とエイトの瞳に涙が浮かんだ。
 次の瞬間。


「「「うちの子、何泣かせてんのっ!?」」」


 綺麗に三つの声が重なり、バギクロスとメラゾーマとマヒャドが一か所に集まった。どごん、という爆発音と思わずたたらを踏んでしまうほどの地揺れ。三人がわざと外したのか、あるいはただそれぞれ手元が狂っただけなのか。
 間一髪のところで強烈な攻撃から逃れた山賊は、真っ青な顔のまま焦げて穴の空いた地面を見下ろした後、くるり、と白目を向いてその場に倒れてしまった。それもそうだろう、僅かでも立ち位置がずれていれば、今頃己の身体はこの焦げ跡の一部になっていたのだろうから。
 アイスクリーム(溶けかけ)をもう一度見やり、抉れた地面を見下ろし、倒れた山賊へ同情の視線を向けた後、エイトは元凶たちへ視線を巡らせる。 

「……うん、ごめん、俺のために怒ってくれたのは分かるんだけど」
 やりすぎ。


**  **


 ククールはまだ分かる(分かるのもどうかとは思う)が、どうしてエルトリオやウィニアがエイトのことを『うちの子』と呼んだのか、尋ねてみれば返ってきた言葉は「なんとなく」の一言だった。

「や、なんかエイト見てるとそんな気になっちゃって」
「エルトに似てるから、かも……」

 二人ともつい口から零れてしまったらしく、何かを思っていたわけではないらしい。実際にはそれは的を射た発言であり、むしろククールよりも彼らこそが使うべき言葉ではある。しかし、出会ったばかりの二人に『うちの子』扱いされてしまったエイトは非常に不服らしい。

「別にいいんだけどさ……」

 そんなに子供扱いしなくても、と唇を尖らせるエイトへ、「だったらこれ、要らねぇな?」とククールが運んできたものは、食堂の女将に寄って持たされたチーズケーキの詰め合わせボックス。

「俺、子供。ケーキください」
「早っ」

 あっさり大人の矜持を捨て去り両手を伸ばしたエイトに呆れながらも箱を渡し、もう一つの箱はウィニアへ差し出した。村を山賊から守れたのも皆が健闘してくれたおかげだ、という謝礼である。

「私、も?」

 二箱あるのだからそれぞれのペアに一つずつ。エルトリオを見やって自分が貰ってもいいのか、と首を傾げる彼女へ、「もちろん」と恋人は綺麗な笑みを浮かべて言った。

「……嬉しい」

 ありがとう、と箱を抱えて言葉通りの表情をしたウィニアを前に、同じようにケーキを貰えてご満悦らしいエイトへ視線を向けた後、くすりと笑ったエルトリオがククールへこっそり耳打ちをする。

「おれが言うのもおかしいけどさ、ウィニアさんとエイトもよく似てるよね」
 笑った顔とか特に。

 そんな男の言葉に「確かに」とククールも軽く口元を綻ばせて頷いた。



「で、結局何がフラグだったんだと思う?」
「山賊退治じゃね?」
「やっぱり?」

 夕焼けに染まった海岸。砂浜にぽっかりと空いた不自然な穴から零れる光。どうやらここから帰られるだろうというククールの当初の予測は、間違いではなかったようだ。タイミングの問題だったのか、本当に何らかの発動条件があったのか、あるいは神の気まぐれか。
 エルトリオとウィニアにはそれぞれ帰らなければならない場所がある。エイトやククールの進む道とは決して交わることのない場所。

「多分もう二度と会うことはないと思うけど、元気で」
「……楽しかった。ありがとう」

 光を放つ穴を背に立てば、寄り添った二人が穏やかな笑みを浮かべて別れの挨拶を口にした。

「そっちこそ、元気で」
「じゃあな!」

 エルトリオの言う通りおそらくもう二度と会うことはないだろう。彼ら二人の未来を知っているが故に、ククールたちはそのことを理解している。
 しかししんみりした雰囲気は苦手で、できるだけ明るく、笑顔のまま別れたかった。

「一番エイトくん、いっきまーす」

 光る穴の方を向いて手を上げた少年を、「さっさと下りろ」と蹴り飛ばそうとしたところで、声にならぬ呼びかけを耳にした気がしてふ、とエルトリオたちへ視線を向ける。



『 エイトを、お願い 』



 本当に彼らが言葉を口にしたのか、耳に届いたものも、口が動いていたのもククールの気のせいだったのかもしれない。しかしそれでもその想いは確かに、そしてしっかりとククールに届いていた。


**  **


 視界を真っ白に染める光が収まったところでゆっくりと目を開ければ、頭上に広がる真っ青な空。できればベルガラックの空であってもらいたいが、と思いながら無言のまま土壁をよじ登り、身体を地上へ投げ出してみれば、広がる見慣れた光景。太陽の位置、影の長さ、空気の匂いから、どうも妙な世界へ行く前の時間に戻ってきたらしい。一日分得したと思うべきなのか、損したと思うべきなのか。
 光を零さなくなった大きな穴。腰に手を当てたまま見下ろしていれば、隣にいたエイトがえいや、と再び中に飛び込んだ。どさ、と着地する音。しばらくしたのちのそのそと這いあがってきた彼は、穴の側の地面にぺたり、と座り込んだ。

 やはりもう、あの時代へ行くことはできないらしい。
 彼らへ会うことは叶わないらしい。

 ふぅ、と小さく吐き出された息の音。いつもうるさいくらいに言葉を発するエイトは、無言のままただじっと自分が掘った落とし穴を眺めていた。
 そんなリーダの側に膝をつきぽん、と頭へ手を置く。
 もし、と仮定したところで意味がないとは分かっているが、それでも考えてしまうのは仕方がないことだろう。
 もし仮に、彼らへその悲惨な運命を告げ、僅かでも逃げ道を作ってやることができれば、若い命を散らすこともなかったのではないだろうか、と。二人寄り添って生きるという未来があれたのではないだろうか、と。

 ぽんぽん、と子供をあやす様に頭を撫でた後、軽く後頭部を引き寄せれば、顔を上げぬままククールの方へ身体を向けたエイトが両腕を伸ばしてきた。首筋に腕を絡め、ぎゅうと抱きついてくる少年を受け止めながら、背をゆっくりと撫でる。
 彼もきっと同じようなことを考えているのだろう。家族の概念を上手く捕えられていない少年にとって、あの二人が両親であるということはピンとこない事実に違いない。それでもこれから死にゆく運命にあるエルトリオとウィニアを前に何も思わないはずがなくて。もしかしたら救えたかもしれない、そんな状況に目をつぶらざるを得なかったことに、何も思わないはずがなくて。
 よく頑張ったと思う。教えたかっただろう、口にしたかっただろう、それを言わずにエイトはよく耐えた。
 そんな労いの意を込めて、小さな肩を更に強く抱きしめた。

 もし仮に彼らの運命を告げてそれを避けることができたとして、結果的に未来が変わった場合、一番影響を受けるのは他でもない、彼らと血が繋がっている実の息子、エイト自身であろう。もしかしたら両親ともに揃った状態で、健やかに育つことができるかもしれない。記憶を奪われることもなく、幼いまま一人で放り出されることもなく、惜しみない愛情を注がれて生きることができるかもしれない。
 しかしもし未来が変わってしまったせいで、エイトという少年の存在自体が危うくなってしまうとしたら。

 そう思うと彼らに事実を告げることなど、とてもではないがククールにはできなかった。
 エルトリオとウィニアにはあの先、言葉にはできないほど辛い出来事が待ち受けているだろう。ククールはそれを知っている、その運命から逃れる手助けもできたかもしれない。敢えてそれをしないことを選び、罪悪感を覚えないはずがない。
 しかしククールにとってはそんなことよりも、今腕の中にいるこの少年が消え失せてしまうかもしれない、ということの方が怖かった。
 もしかしたらエイト自身はさほどこだわっていない事柄かもしれず、それはククールの我儘でしかないのかもしれない。けれど、この少年を失わずに済むのなら、どんな罵倒にも罪悪感にも耐えてみせる、そう、思った。




中へ
トップへ

2011.02.15
















冒頭一文でこの話のすべてを出し切った気分です。