輝ける世界・2 確立された社会で生きていくために必要なもの。即ち、金銭。食べ物を用意する、衣服を用意する、寝具、寝床を用意する。そういったやりとりにはすべからく金銭が絡み、何らかの情がない限り無償で提供されることはあり得ないといってもいい。 端的に言えば金が無かった。 村を飛び出た後、子供一人でどうやって食べていくのか、もちろん考えていなかったわけではない。想像通り、と言えるほど上手くは行かなかったが、それなりに一人食べていける程度にはなんとかなっていたのだ。今までは。 油断をしていた、考えが浅かった、その一言に尽きる。自分の一族は顔も合わせたくないほどに嫌いだが、だからといって人間が好きだと言えるほど楽観的にはなれない。良い人間もいれば悪い人間もいる。顔を覚えてくれている初老の交易店店主は良い人だ。それは間違いがない、子供が相手でも丁寧に対応をしてくれるし、誤魔化すこともない。だからこそ、「先ほど大きな買い取りがあって現金がないんだよ」と申し訳なさそうに言う彼に、「じゃあまた次来たときにちょうだい」と持っていた交易品を預けてきた。 三日後には纏まった現金が手に入る予定があるため、新たに交易品を買うこともなく、手持ちの少ない金銭でやりくりしている間にまさか交易店が強盗に襲われるなど、誰が予想してようか。 「マジかー……」 三日後、訪れたリウに土下座せんばかりの勢いで謝り倒す店主を慌てて止め、それでも呆然と呟かざるを得ない。今日得た金を元手にまた交易品を買い、次の町か村にでも行こうと思っていたのだが。 「本当に、申し訳ない」 「や、つか、別におっちゃんが悪いわけじゃねーし」 悪いのはどう考えても強盗だ。防犯面での考えが甘かった、という点では店主に若干の責任があるかもしれないが、店のものをほぼ持っていかれてしまったという彼には既にもうその罰が下りているようなもの。 「オレのことはいーんだけど、おっちゃんたちの方は大丈夫?」 生活の糧を一度に失ってしまい、彼の(そして彼の家族の)今後が心配だ。余計な世話かと思いながらも尋ねれば、一旦店を畳んで田舎に戻るつもりなのだ、と彼は言った。 「のどかな村でね。畑もあるから」 食べていくくらいならば何とかなるだろう、と疲れたような表情で話す。この際、町の喧騒から離れて静かな時間を過ごすのも彼にとっては良いのかもしれない。 「それより、本当に君は大丈夫なのかい?」 預かった商品も盗られてしまった、当然払える金もあるわけがない。丸々損をさせてしまっている、と眉を顰める元店主に「いーよ、ほんと」とリウは苦笑して手を振った。 「親方だって話せば分かってくれるし。むしろ今まで世話になってて、何もできなくてごめん」 もし仮にリウの懐に余裕があれば、旅費の足しにでも、と餞別を渡したいくらいには彼が、彼の店が好きだった。そう言うリウに、「とんでもない!」と元店主は首を振る。 「できれば親方さんにも直接お詫びしたいのだけれど」 「あー……ごめん、親方、実はもう次の町に行ってるんだ。向こうで合流する予定だし、いいよ、ほんと。たぶん交易店繋がりで強盗の話は向こうにも伝わってるだろうし」 それが分かっていながら怒るようなひとではない、とリウが笑えば、店主はどこか納得していない顔をしながらも、「それならいいのだけど」とようやく矛先を収めてくれた。 もちろん、リウが従う『親方』など存在しない。子供一人では交易店でまともに相手もしてもらえず、考えた末生み出した架空の人物だ。リウが交易店を訪れるのはすべて「親方のお使い」なのだ。 何度も繰り返して頭を下げる男性へ、「ほんとにもういいから」とそう言ってその場を立ち去ったはいいものの。 「……どーすっかなあ……」 正直、金はない。 大金を所持するのが怖く、手持ちの金はギリギリを保っていた。他はすべて交易品として持ち歩き、必要になれば高値で売れるものを選別して金銭を得る。そして生活に必要だと思われる額以上のものはまた交易品へ変え、次の町を目指すということを繰り返していた。 いつもならば数種類持っている交易品を全品預けることはしないが、リウが読んでいた通り手持ちの品はどれも買った時より高くなっていたのだ。それが最高値だ、と判断し、すべて預けてしまったのが間違いだった。 「これからは少し持つようにしよう」 今回の失敗を次回に活かせばよい、そう思うがその次回があるかどうかが問題だ。 残っていた僅かな金で数日をやりくりし、いよいよどうにもならなくなってくれば、せめて体力のあるうちに動いておいた方がいいだろう、と最後の手段を取る決意をする。形振り構わなければまだいくつかの候補はあったが、そのどれもが取れないとなれば残された道は一つだけ、町の外に出て動物(あるいは魔物)を狩って売る。腕に覚えがないため命の危険はあるが、樹海の村に帰ったり犯罪行為に手を出すよりはそちらの方が数倍マシだ。 どうせこのまま何もしなくとも飢え死には確定。ならばまだ生きる可能性のある方へ歩む。 そう決めて町の出口の方へ向かっていたところで、「よぉ、坊主」と声を掛けられた。 「なんだ、ふらふらじゃねぇか。腹でも減ってんのか?」 親しげに近寄ってくる男を胡乱な瞳で見上げる。背の高い、しっかりとした体格の中年男性。鼻の下に無精ひげを生やし、どうにも胡散臭さが服を着て歩いているような雰囲気だった。 「大かた親もいねぇ、金もねぇってとこだろ。どうだ、金払うから、一つ頼まれてくれねぇか?」 男が言うには届けものをしてもらいたいらしい。どうして自分で行かないのかという疑問が顔に出ていたようで、「おれじゃあ怖ぇんだとよ」と笑って返された。その点リウならばまず子供であるし、痩せて筋力もないように見える。明らかに非力だと分かる相手がいいのだそうだ、と言われ、悔しいながらもなんとなく納得できてしまった。 「物の代金は後払いでな。二八でどうだ」 「……オレ、二?」 「不服か?」 「……いや」 ただの運び屋にしては二割も貰えるのは破格すぎる。一体どんな危険なものを運ばせるというのか、尋ねたところで教えてはもらえないだろう。 「ついでに今から飯も食わせてやろう」 もち、おれの奢り、と続けられ、くる、とリウの腹が鳴った。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2011.03.08
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