輝ける世界・3


 騙された、と気がついた時には遅かった。いや、頭のどこかでこの可能性を考えていなかったわけではない。それでもまさか、と否定したのは信じたくなかったから、ではなく、あり得ないと思い込んでいたから。
 同性相手に欲情する、年端も行かぬ子供相手に欲情する、そこまでは理解はできないが性的嗜好としてあることは知っていた。しかしまさか、こんな骨と皮ばかりでひょろりと細いだけの、幼さも艶っぽさもない身体で良い、と思うひとがいるなど、考えてもいなかった。
 嫌だと言った、聞いていないと言った、離せと暴れた、金は要らないと泣いた、それでも解放されず、すべてが終わった後に現れたあの男を嘘つき、と罵れば、「別に嘘はついてねぇよ」と笑われた。

「届けものがお前だったっつーだけの話」

 渡された手荷物はフェイク。本来の商品はリウ自身であった。無事に依頼主へそれを届けた結果、差し出された紙幣。

「ほら、ちゃんと二割。これでおれは嘘をついてねぇことになる」

 何か反論は、と尋ねられ、ぐったりと横たわったままだった身体を無理やり起こし、男の手から金をもぎ取った。睨みつけてみるが、子供の眼力でたじろぐような男ではない。くつくつと笑う彼へは何を言っても無駄だろう。むしろ(本当に二割かどうかは怪しいが)きちんとリウの取り分を手渡してくれただけでも良かった、と考えるべきだ。

「……よく勃つな、こんな貧弱な身体で」

 汚れた身体を拭い、服装を整えながら呟けば、「世の中、色んな趣味の奴がいるっつーことだよ」と男が再び笑った。正直、まったく理解のできない趣味だ。
 しかしこの時の金を元に、リウは再び生活を立て直した。元々交易の先読みは得意で、今までその点で失敗したことはほとんどない。だからこそ生活手段として選んだということもあるが、それでも常に安定した利益は得られないものだ。加え、交易という商売方法は町から町へ商品を流してこそ大きな利益を得ることができる。しかし今のリウにはその旅費がない。一つの町で商品を転がして稼げる額など生活費に消えてしまい、旅費を貯めるどころではなかった。
 何か別の方法を考えなければ、と悩んでいた部分もある。

「一度やっちまえば、二度も三度も一緒だろ?」

 甘い言葉を掛けてくるのは、一度目の原因を作ったあの男。絶対にいやだ、と突っぱね続けたが、あまりにもしつこく誘いをかけられ追い払う煩わしさから、「最後に一回だけ」という言葉に負けた。
 結果としてそれは全く「最後の一回」ではなく、その後も客を紹介され続け、断るのも面倒でずるずると続ける羽目になった。実際、交易よりも遙かに実りの良い商売でもあったのだ。別に不当に働かされるわけでもない、きっちり金が支払われるという点に関しては、この男は信用に足る人物らしい。苦笑を浮かべ、「そこくらいはこだわっときたいだろ」と男は言っていた。
 そうして交易と、自慢できない肉体労働と、二つの収入源を得てリウの生活は格段と安定し、豊かになった。しかし。

「……なにやってんのかね、オレは」

 おそらく、とリウは反芻する。自分は恋愛とセックスをうまく結びつけられていない。
 恋愛がどのようなものなのか、ひとを好きになるということがどんなことなのか、分からないわけではない。今も村にいるだろう幼なじみの彼女に対して、ほのかな恋心を抱いていたことは否定できない。
 対して性交、体を繋ぐ行為も知識として知っていた。雄と雌がまぐわい子を成すためのもの。ほとんど人間と同じような種族であるため、性欲だって勿論あり、そんな欲求を満たすための行為。そして愛情を確かめ合う行為。
 確かめ合う愛情が何か分からないまま体を開いてしまい、その上金銭という報酬を得てしまった。だからことの重大性を理解できないままなのだ。

 疑問は抱く、知らない男に(そう、リウの相手は常に男で、常に抱かれる側に回っている)犯されることに嫌悪も抱く。それでもまあいいか、と。むしろどうでもいいか、と投げ出してしまうのは、必死になってまで守りたい何かが自分の中にないからだろう。大切な誰かがいないからだろう。
 ただ汚れてしまった。身体の汚れは水で流し拭えば取れる。しかしいくら湯を掛けても、冷水を浴びても、この汚れは流れ落ちてくれそうもない。おそらくは一生、リウにこびり付いたままだろう。
 外の世界が知りたかった、自由がどんなものなのか、肌で感じてみたかった。
 その結果知ったものはといえば、交易品の値段の推移と、名も知らない男たちの体温、彼らがどのようにひとを抱くのかという手順。
 こんなことのために村を飛び出したわけでは決してない。それだけは確かに、はっきりと口にすることができる。

 この町を出よう、出てどこでもいい、別の町か村へ行こう。あの男との縁さえ切れれば、自分の身体を金稼ぎに使う必要もなくなる。幸いなことにようやく、ある程度の距離は進めるほどの旅費も貯まった。これでこの町に留まっている理由はない。

「……っつってもなぁ、どこ行こうかなぁ」

 宛などまったくなく、途方に暮れたように紡がれた十三歳の子供の独り言を聞きとめたのが、偶然通りかかったらしいシトロ村という小さな農村を治める長だった。




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2011.03.08