輝ける世界・4


 穏やかで平和な村での生活。
 もたらされたものは、久しぶりに心から安らげる時間。
 そして消え去りたくなるほどの後悔。
 本来ならば同じ場所に立つことができたであろう子供たちを前に、自分の姿を顧みて吐き気を催した。
 あの町を出て以来、身体は売っていない。
 しかし、何度かはその商売に身を投じたという過去は何をしても消すことができない。
 あの行為で金銭を得ていた自分の、なんと汚れていることか。
 そんな自分に比べ、彼らのなんと綺麗で輝かしいことか。
 後悔の念に押しつぶされそうになりながら、それでもリウは彼らに出会えたことによって自身が救われたこともまた理解していた。

「これからよろしくな」

 そう言って大きな手で頭を撫でてくれたのは、この村で若いものたちを纏めているという青年。揺れる三つ網に目を奪われながらも、伸びてきた手に僅かに身構えてしまう。
 そもそも樹海の村で暮らす一族間ではそのような触れ合いは(たとえ親子でも)ほとんどなかったし、村を飛び出てからはリウに触れてくるような輩は金銭のやり取りをする相手だけだった。しかしディルクと名乗った男は、リウのそんな警戒に気がついていただろうに無視してぽん、と緑色の髪の毛の上へ手を置いた。そのままぐりぐりと撫でられ、その力強さと温かさにどうしてだかじんわり、と心の奥底に火が灯ったようなそんな気がする。

 紹介された同じ年ごろの少年少女は、屈託なく良く笑う、兄弟のように仲の良い三人組だった。突然現れ、素性も何も話そうとしないリウを彼らは快く受け入れてくれる。
 身体を動かすのは苦手で、と自警団の訓練を遠慮しようとすれば、「何も一人でやれっつってんじゃねぇんだから」と笑って言ったのはレッシンという名の少年。

「一人でもさもさ倒せるようにならなくても、オレら皆で倒せるようになればいいじゃん」

 どうせ一緒にいるんだし、と当たり前のように彼らの生活に組み込んでもらえている言葉は、泣きたくなるほど嬉しかった。自分にはその資格がない、同じ場所に立つことは叶わないと分かっているからこそ、余計に。

 綺麗、なのだ。彼らの姿は。
 きらきら、きらきら。
 太陽の光を全身に浴びて輝いている。

 自警団の訓練やら村の周りの見回りやら、外を駆け回るだけで髪には草の葉が絡まり、顔には泥が跳ねた。決して恰好の良いものではなかったけれど、それでも彼らの姿は、その笑っている顔はリウからすれば、きらきらと光る宝石のように眩しいものだった。

「あれ? ディルクとシス姉じゃん。何やってんだ、二人で」
「ちょっと、バカレッシンッ! 少しは気を利かせなさいよ」
「や、レッシンに利かせるだけの気ぃはないんじゃね?」

 夕焼けに染まるオレンジ色の空を見上げ、何やら良い雰囲気の兄貴分と母親代わり(自称)の二人の姿。いつものように声を掛けようとしたレッシンをマリカが慌てて引きとめ、リウが苦笑を浮かべて言えば、ジェイルもまったくだ、と無言のまま頷いた。
 邪魔をするわけにはいかない、と二人には声を掛けず、そのまま引き返しながら、「あの二人くっつくのかなぁ」とマリカがぽつり、呟く。

「アニキはその気っぽいけどなぁ」

 ディルクがシスカに好意を抱いているだろうことはなんとなく分かるが、どうにもシスカの感情は読みづらい。彼女は万人に等しく母親のような愛を向けようとしているのだ。

「でもだって、お姉ちゃんだって幸せにならなきゃ」
「ディルクなら大丈夫だろう」

 彼はしっかり者で武芸にも秀で頼りになる存在だ。静かにそう口にしたジェイルに、シスカの妹であるマリカは「そうね」と笑みを浮かべる。
 互いに好意を向け、手を取り合って生きていく。そんな未来があの二人には待っているのだろうか。縦しんば相手が異なったとしても、きっと良いひとを見つけて温かな家庭を築くだろう。それはディルクやシスカだけではない。
 今はまだ子供で、恋愛よりももっと興味のある事柄が多くてそれどころではないけれど、きっとレッシンもジェイルもマリカも、誰よりも大事で、命に代えても護りたいと思うような相手を得る日が来るだろう。互いに愛し、慈しみ合い、共に生きようと誓う相手を得る日がきっと来るだろう。彼らにはそんな未来が待っている。約束されている、と言ってもいい。
 あんなにも綺麗な彼らの前には、輝ける未来が広がっていなければおかしいのだ。
 汚れに汚れたリウとは異なって、当然。

「……つーことは、オレはこれからずっと一人か」

 ぽつり呟いた事実が自業自得であるとはいえ胸に痛い。泣くくらいは許されるのではないか、とそう思ったが、涙は零れてこなかった。




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2011.03.09