輝ける世界・5 「……ウ、おい、リウ!」 気がつけば目の前に団長の顔があった。 「ッ!?」 あまりにも近すぎたため驚いて身を引けば、「あ、気づいた」と当の本人は呑気な言葉を零す。驚かすなよ、と文句を言うも、「ぼーっとしてるお前が悪い」とあっさり切り捨てられてしまった。 午後の軍議を終えた後、交易所と医務室に用のあったリウに付き合う、と言ってくれたレッシン、ジェイルとともに城の中をくるり、と一回りし、一旦休憩しよう、と団長部屋のある四階まで戻っている最中。 「具合でも悪いのか?」 あまり表情を変えることのない無口な幼馴染が、僅かに眉を寄せて首を傾げる。彼らはリウの体力がないことを知っており、軍師としての日々の激務が負担になっているのではないか、と常に心配してくれていた。 心配してもらえるほど価値のある存在ではないのに。 そう思いながらも、「だいじょーぶだって」と笑ってみせる。 「ちょっと考えごとしてただけ。それよりさ、明後日の、」 こういう場合はさっさと話題を変えてしまうに限る、と数日後に控えた遠征について水を向けようとしたところで、先を歩いていたレッシンが「げ」と声をあげて立ち止まった。どうした、と問うより先に、「レッシンッ!」と甲高い声が耳に届く。 「久しぶりっ! 元気だった?」 駆け寄ってきた魔道少女は寂しくて死にそうだっただとか、どうして離れなきゃならなかったのだとか、何やらまくしたてているがたぶん捕らわれているレッシンは半分も(下手をしたら一割も)聞いていないだろう。眉を寄せて溜息をついた後、部屋に戻る、と一言言って少女を振り払いスタスタと角の団長部屋へと向かってしまった。 「あっ! ちょっと、レッシンッ!」 「あー……メイベル、久しぶりに会えて嬉しいのは分かるけど、あいつもあれで一応団長で、いろいろあるから、な?」 少しトーンを抑えてちょーだい、と忠告し、リウもレッシンの後を追いかける。最後尾にはジェイルがつき、無言のまままだ何かを言いたそうなキテレツ娘へプレッシャーを掛けていた。 「はー……」 「ははっ、お疲れ」 部屋に入るなり大きく溜息を付いたレッシンを前に、苦笑いを浮かべるしかない。ここのところ平和だったものだから、久しぶりの攻撃に疲労感も増すのだろう。 ちょうど魔法に長けた人材を必要とするクエストがあり、性格はともかくその能力に関してはなかなかのものがあるため、メイベルもメンバの一人として派遣していた。彼女が「久しぶり」と嬉しそうだったのもそのためだ。 「…………」 「あ、ジェイル。メイベル、帰った?」 「帰らせた」 遅れて部屋へ入ってきた幼馴染へ声を掛ければ、淡々とそう返ってくる。ひたすら言葉を繰り出す彼女からすれば、どうにも口数が少ないジェイルは苦手らしい。レッシンやリウが追い払ってもなかなか効果はないが、ジェイルがその役を担えばその日一日は平和が約束される。 そんな彼へも「お疲れ」と労いの言葉を掛けたあと、リウはちらり、と扉の方へと視線を向けた。 「……なんつーか、ある意味、健気っていうか」 こうまでも一途に誰かを想うなど、なかなか難しいのではないだろうか。 その純粋さはきっとリウがどれだけ望んでも手に入らないもの、手に入れられないもの、手に入れてはならないものだろう。 「ちょっとはくらっときたりとか、ねーの?」 出会い自体がそもそもあまり良くなかったせいか、レッシンが彼女に好感を抱いていないことは傍で見ていても分かる。それでも受け入れてしまえるほど懐が深いのが彼の良いところだが、やはり恋愛対象として見ることができるかどうかはまた別の問題なのだろう。冗談、と眉を寄せて吐き捨てる。 「んー、でもさ、あんなに一生懸命だったら、ちょっとは付き合ってあげようかな、とか」 ほだされたりもないのだろうか、と首を傾げれば、「好きでもねぇのに?」と逆に尋ね返された。 「……これから好きになるかもしれねーじゃん?」 ちくり、と痛む胸を無視して言葉を続ければ、少しだけ考えた後、「いや、」とレッシンは首を振る。彼女を好きになることはない、という意味なのかと思ったがどうやら違うらしい。 「だったら好きになってから付き合う。好きでもねぇ奴と付き合うとか、オレには無理だ」 なあ、と同意を求めた先は生まれた時から共に過ごしているという幼馴染。表情の乏しい彼はいつもの通り何を考えているのか分かりづらい顔をしたまま、「まあな」と短く同意を示した。 付き合う、恋愛関係を結ぶ、彼らの言うそれはまだ手を繋ぐだのキスをするだの、そういった可愛らしいレベルのものだろう。しかしそれですら「好きな相手」であることが絶対の条件で。 ちくりちくり、胸に刺さった小さな棘が暴れている。 きっとこの痛みを思い出したのも、先ほどの軍議で話題になったことのせいだろう。 ポケットの中に入れたままの指先に触れる、硬い石。 どんな色合いをしているのか、取り出さなくても思い出せるほど眺め続けたそれ。 きゅう、と握りこめば胸の痛みがつきり、増した気がした。 ←4へ・6へ→ ↑トップへ 2011.03.09
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