輝ける世界・6


 好きだとか嫌いだとか、今はそんなことに現を抜かしている場合ではない。その他の面子はどうかは分からないが、今のリウには考えることが多すぎて恋愛だとかなんだとか、自分自身の事柄にまで気を回す余裕など欠片もない。
 だから気にしなければいい、胸の痛みなど無視してないものとしてしまえばいい。
 そうは思うのだがどうにも、一度思い出した事柄はなかなか記憶の海に沈んではくれなかった。

 レッシンを必死に追いかけるメイベル、モーリンに追いかけられながらも、他の女性へ言い寄るイクス。剣の姫へ熱い視線を送っているのは元魔道兵団の将官で、意外にこの城でも多くの恋愛模様が描かれていたことに気がついた。すべてがすべて清く真面目なものではなさそうだが、それでもリウの目にはどの感情も酷く綺麗で、己には決して手の届かないものであるように見える。
 いや、実際に手の届かない感情、なのだろう。
 たとえどんな切っ掛けであるにしろ、金銭で身体を開いたことのあるような汚れた存在が、そのような感情を向けられるなどこれからあるはずもなく、あってはならないことだとそう思う。
 誰かを好きだという想いを抱くことすらしてはならないのかもしれない。

 常に肌身離さず持ち歩いていた、もはやお守りのような緑色の小さな石。自分自身の綺麗な思い出でさえ、触れ続けばその分汚れていってしまうのではないだろうか。そんな不安が沸き起こる。
 あとで机の引き出しに入れておこう。
 そっとしまって、思い出したいときに眺められるように。
 足の上に広げた本をぼんやりと眺めながら、ズボンのポケットに入れたままの小石を握り、リウはそんなことを考えていた。書物を広げてはいるものの、どこか心ここにあらずな様子である軍師を、他二人が若干いぶかしげに気にしていることを知らぬまま。



 もともと午後の早い時間に予定していた軍議が長引くことを想定して、それ以外の予定は組んでおらず、終了した後はまるまる空き時間となっていた。たまにはゆっくりしてもいいだろう、と団長部屋でだらだらと過ごす。夕闇が落ちた頃、そろそろ夕食の時間だ、と呼びに来たマリカと共に食堂まで下りようとしていたところで。

「今、何か」

 聞こえなかったか、とレッシンが眉を顰め、無言のままジェイルがバルコニーの方へ足を向ける。入り口付近にいたマリカとリウにはよく聞こえなかったが、外で何かあったのだろうか。顔を見合わせて二人の後を追いかければ、確かに城の裏手側から女性の甲高い声が途切れ途切れに聞こえてきた。「何よ」だとか「ほっといて」だとか「私が何をしようと」だとか、そんな意味合いのものだ。
 日中ならいざ知らず、日の落ちた今湖のある城の裏は人が訪れず静かで暗い場所になる。隠れて何かをやるにはうってつけなのかもしれないが、四階にまで声が聞こえてくるほどの騒ぎは正直好ましくない。

「……ちょっと見てくる」

 放置することもできず、様子だけでも見ておこうとリウが言えば、「オレも行く」とレッシンが声を上げた。当然のようにジェイル、マリカも後を追いかけてきたため、結局四人で向かった城の裏側にはホツバを含めた困り顔のランブル族が数名と、何やら興奮した様子の妙齢の女性がいた。

「ああ、兄さん方」

 すいやせんね、こんな時間に騒いじまって、とホツバは面目なさそうに眉を下げる。その間にも女性の説得を続けているランブル族たちと、彼女とのやり取りで騒動の大方の予想がついた。それこそ、今日の昼間議題として上がっていたことであり、ひとのよい商売人たちは春を売っているらしい彼女へ穏便にお引き取り願おうとしているようだ。
 軍議の場にいたレッシンならまだしも、ジェイルとマリカは先に食堂へ向かっておいてもらった方が良かったかもしれない。できるならあまり耳に入れたくはない話題だ。女性には申し訳ないが、ここはもう力尽くでも追いだした方が手っ取り早いのではないだろうか、と思ったところで、「何よ」と力ない声が響いた。

「あたしだって、生きていかなきゃなんないのよ。別にいいじゃない、ここで商売くらい、したってっ」
「……いや、だから姉さん、何も姉さんの商売を否定はしてやせんよ。ただ、うちの城にゃあ子供も多いでやすから、ちぃとばかし遠慮してもらえないかって話をしてたんであって」

 ホツバの言葉にきっ、とこちらを睨んだ彼女は「子供だってセックスくらいできるじゃない!」と声を荒げた。
 突然飛び出した生々しい言葉にホツバはたじろぎ、マリカが若干表情を歪める。そんな少女を庇うようにジェイルが身体を移動させ、レッシンはと言えばやはり少し険しい顔をしていた。あまり厳しいことを言うタイプではないが、筋の通らないことは嫌いな性格をしているため、彼女の開き直り方は気に入らないのだろう。

「できるから問題だ、っつってんのが分かんねぇのか?」

 レッシンの言葉に、女性の視線がこちらへ向いた。

「そりゃヤろうと思えばガキでもあんたの相手くらいできるだろうよ。どっちもが納得してんなら止めねぇけど、余所でやってくれっつってんだ。ここはそういう場所じゃねぇ」

 高尚な理念を掲げるつもりは毛頭ないが、それでも人の命を預かって戦いを仕掛けている城なのだ。ホツバが言ったように彼女たちの商売を否定はしない、しないがこの城全体で推奨していると思われるのも酷く迷惑な話で、だからこそ城内でのそういった商売は一切禁止としているのだ。
 他の村や町でやる分には止めないし口も挟まない、と強い口調で言うレッシンへ、「何よ」と女性は表情を歪める。

「何よ……結局、あれでしょ? 汚いとか、そう思ってるってことなんでしょ? だから出てけって言うんでしょ!?」




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2011.03.10