輝ける世界・7


 感情的になった女性にはしばし理論や言葉は通じない。「別にそんなことは言ってねぇだろ」とレッシンは呆れたように返したが、顔を赤くした彼女にはその言葉は届かなかった。
 これはまず落ち着かせることから始めた方が良いかもしれないな、と思いながらも、「汚れてんじゃん」とリウの口から本音が零れる。
 それはあまりにも静かで、当たり前のことを語るような声音で紡がれたため、一瞬のうちにその場にいた人物全員の視線がリウに集まった。しまった、と思った時には既に遅く、「リウ?」とマリカがいぶかしげに己の名を呼ぶ。
 幼馴染の少女の声には答えず、誰とも視線を合わせぬよう湖の方へ目を向けたまま、「あんたもそう思ってんだろ?」とリウは続けた。一度紡ぎ始めた言葉はもう、リウの意思では止まらない。

「自分が汚ねーって、汚れてるって、思ってるから、こそこそ隠れるみたいに相手探してんじゃん。自分に胸が張れるなら、堂々、まっ正面から商売してみれば?」

 それでもうちからは追いださせてもらうけど、と付け加え、緩く女性に視線を向けた。

 己の身体を売っている者たちは大抵似たような瞳をしている。彼女たちの(稀にリウのように男もいたが)目にはほとんど何も映っていない。人であるならば見据えているはずの己の将来だとか未来だとか、そういったものが彼女たちには見えないのだ。

 自分も、同じような瞳をしているのかもしれない。
 そのことを誰かに気がつかれた時、自分は一体どうなるのだろうか。

 リウの言葉が切っ掛けとなり泣き崩れてしまったその女性は、結局一晩城の宿で休んでもらうことになった。付きそうというホツバへ、もし僅かでも別の方向へ足を踏み出したいと、そんな気持ちがあるのならば彼女へモアナを紹介するよう、そっと頼んでおく。それで足を洗えるかどうかは分からないが、あとは彼女次第だ。

 ようやく取り戻したいつも通りの時間、四人で賑やかに夕食を取り終え、それぞれ部屋に引き揚げようというところで、「わざと言ったんだろうけど、」とマリカがリウを見据えて口を開いた。

「あんまり、ああいうことをリウには言って貰いたくはないな」

 ああいうこと、が何を指しているのか正確に把握した上で、リウは苦笑を浮かべるに留めておいた。
 あの言葉は彼女に向けて言ったものではない。
 自分自身に向けてのものだ。



 そのまま自室へ戻ろうとしたリウを引きとめたのはレッシンだった。どうにも様子がおかしいと気にしてくれたのか、あるいは単純に自分がまだ眠たくなかっただけか。別の階に部屋のあるジェイル、マリカと別れ、連れ立って四階角の団長部屋へと戻る。手前にリウの部屋もあるにはあるが、ほかの二人と共にこの部屋に入り浸っていることも多いため、ほとんどもう一つの自室のような感覚だ。
 くだらない話に花を咲かせ、どうでもいいことで笑いあっているうちにリウがベッドの上でくわ、と大きく欠伸をしたのをレッシンが見咎める。

「もうここで寝てけ」

 眠いんだろ、と僅かに苦笑とからかいの含まれた物言いに何となくむ、としながらも、放り投げられた毛布に顔を埋めて「んー」と呻き声を零した。
 村にいた頃は溜まり場で共に眠っていたため、同じ部屋で眠りにつくことに違和感も抵抗もない。隣に部屋があるのだから戻ればいい、と理性は訴えているが、眠たい、面倒くさいと本能が囁いている。
 それに今日は一人になった途端余計なことをつらつらと考え出しそうで。

「……寝る」
「おう、そうしろそうしろ。って、バカ、真ん中で寝んな」

 オレが寝らんねぇだろ、とレッシンに蹴られ、ころころと転がってベッドの端に体を落ち着けたリウは、そういえばここで眠るのも久しぶりだな、と思いながら素直に睡魔に意識を明け渡した。




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2011.03.10