輝ける世界・8


 その男は、一見ごく普通の、どこにでいる商人のような風体をしていたように覚えている。あまり愛想は良くなかった。リウを見てもにこりともしない。これはさっさと立ち去った方が良さそうだ、と判断し、頼まれたものを渡すため包みを持った手を伸ばせば、ちらり、とこちらを見下ろした後男はおもむろにリウの手首を掴んだ。
 細いな、だとかなんだとか、そんなことを呟いていたような気がする。
 驚いている間に隣の部屋へ連れ込まれ、奥へと突き飛ばされた。膝に何かがあたった、と思ったところで前に倒れ、ぼふり、と柔らかく体を受け止めてくれたものが寝台であると知る。カチャリ、といやに大きく響いた金属音が鍵を下したものだったのだ、と後になって気がついた。

 ちょっと待って、どういうこと。
 確かそんな言葉を口にした。ベッドの上で体をよじり、こちらへ近寄ってくる男を見上げれば、「どうもこうもないさ」と言われる。

「この状況でやることは一つだ」

 そこでようやく、リウはあの胡散臭い髭の男に騙されたのだ、ということに気がついた。

「いっ、やだっ! やだっ、離せ、離せよっ!」

 華奢で非力だということ以前に、そもそもが子供の力で大人の男に抵抗できるはずもない。簡単に両手を頭の上で押さえつけられ、じたばたと暴れる両足すら押さえ込まれてしまった。

「金が、欲しいんだろう?」

 だったらおとなしくしていろ、と男は言う。
 確かに金は欲しい。しかしそれは、決してこういった手段で手に入れようだとか、思っていたわけではない。断じて違うのに。
 男がリウの腹の上に手を置く。びくり、と体を竦めると、男が腕に力を込めてリウの腹を抑えた。

「っ、ぅ……」

 徐々に強くなる圧迫感に小さく声を零して唇を噛む。自由を取り戻すため男の手を振り払おうとはしているが、相変わらずその力は緩む様子がない。しかしリウが抵抗を止めようとしないことを知った男は、こちらを見下ろしてくる目をす、と細めた。

「わ、あっ!」

 突然くるり、と体が反転させられる。腕はまだ捕らわれたまま。暴れる前にすぅ、と下半身に直接触れる冷たい空気に気がついた。腰を引き上げられ、他人には決して触れられるはずのない箇所に、何かが押し当てられる感触。

「ひっ」

 思わず引きつった悲鳴を零せば、背後の男がくつり、と笑った気配がした。

「こいつをこのまま突っ込むこともできる、ってのを忘れるな」

 男とリウにはそれだけの力の差がある。無駄な抵抗をすればその分痛みとなって自分の体に返ってくるのだ。ぐ、とさらにそこへ押し付けられる生温かなもの。それはおそらく男の性器。

「いッ」

 僅かに感じた痛みに眉間にしわを寄せる。男同士で性交に及ぶ場合、どこをどのように使うのか知識だけはあった。だからこそ覚える恐怖。

「……そう、良い子だ」

 体を固くしながらも抵抗をやめたリウに、男は気持ちが悪いほど優しげな声音で囁く。

「痛い思いをしたくなければ、そうやって良い子にしてな」
 可愛がってやるよ。

 こういうときばかり、無駄に記憶力のある自分の脳が恨めしい。詳細にとはいかずとも、誰にどんなことをされたのか、それによりいくら貰えたのか、大まかに覚えているのだ。

 三人目の客が最悪だった。髭の男が連れてくる客はどちらかといえば質と行儀の良い方で、極端な趣味に走ったりせずごく真っ当な行為のみを強いられた。その三人目の客からも、ひどい怪我を負わされただとか、ひとの道を外れた行為を強要されたとか、そういったことはなかった。
 ただ、気持ちよくさせられたのだ。
 先天的な体の疾患なのか、あるいは後天的なものなのか、後で聞けばその男は勃起不全なのだという話で、自分が至れない状態にひとを追い込んで精神的な満足感を抱くのが好きだったらしい。今までにも散々似たようなことをやってきたのだろう。男はひどく楽しそうに、そして手慣れた様子でリウを追い込み、自分の手や道具を利用して極めさせた。知りたくもない体内の弱点を一つ一つ暴きながら、それが快楽なのだと教え込まれる。
 この行為により自分の体は快楽を得ることができる、そのことを否が応でも知ってしまった。

 初めて男に体を開いた一度目と、その行為により自身が極めてしまえるのだと知った三度目と、リウの心は二度、折れている。きっとそれこそが三人目の客を紹介した髭の男のたくらみであり、同じ事柄で二度折れたひとが、それに対し何らかの気概を保つことは実際に難しかった。
 四人目以降、リウの拒否がほとんど口だけだったのもそのせいだ。

 数えれば何人の客と寝たのかはっきりと分かるだろうが、そんな無意味なことはしたことがない。ただこうして思い出すのは決まって一人目と、三人目の客のこと。
 頭のどこかにスイッチでもあって、綺麗さっぱり忘れてしまえたならきっと、今よりは幸せだったに違いない。




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2011.03.11