ハロー・グッバイ(2) ヒューマノイド・ロボットとはつまり人型の機械である。機械、道具であるからには何らかの役割を持つものだ。主人がその容姿に惚れ込み自宅へ招いたヒューマノイドであったとしても、「鑑賞される」という役割がある。その場合は美しい所作、言葉遣いに加え、綺麗な歌声が内蔵されていることが多いらしい。どういった方面に特化させるか、はもちろん主人の好みに合わせられる。というよりも、求める能力を有したヒューマノイドを主人が探すのだ。 ありとあらゆるすべてのことが完璧にこなせるオールマイティなヒューマノイドは存在しない。そこまでとなるとデータ量が膨大となり、とてもではないが人型には収まりきれないのだ。だからたとえば、食品加工会社の研究所では味覚に特化し、現存している地球上の調味料すべてを記憶しているヒューマノイドが働いているし、介護センターでは医療知識に特化しながらも、ひととのコミュニケーション能力が高く、その地域の過去の事情をインプットされたヒューマノイドが重宝される。お年寄りは思い出話を好むものなのだ。 さて、ここで問題になるのは、雪男は一体どの方面のヒューマノイドであるか、ということ。本来は考える必要もなくインプットされているものなのだが、どうにも自分の中に詰め込まれているデータにそれらしきファイルが見あたらない。そういうタイプもいないわけではない、いわゆる「平凡型」だ。平凡といっても特化型より劣っているわけではなく、むしろバランスを取らなければいけないため一番開発、調整が困難なタイプである。何かが特別にできるというわけではなく、与えられている知識は常識や基礎程度、ただ蓄積できるデータ量が特化型に比べ莫大に多く応用力も高い、つまり「人間と同じように学習し成長する」ヒューマノイド・ロボットなのである。 どうやら雪男はそれに当たるらしい。だからこそテスト運転期間が必要なのだろう。 「うん、だからあれやってくれ、これやってくれ、ってのはそんなにねぇんだよ」 何かしなければいけないことがあるのではないか、そう尋ねた雪男へ燐はそう笑って答えた。 「雪男がやりたいことがあるなら、できそうならやらせてやるし、この家、それなりに物が揃ってるはずだから、退屈しねぇと思う」 起動してすぐに、家の中の案内はしてもらっていた。大きなガラス窓が南側にある広いリビングに、対面式のキッチン。その部屋から繋がる隣室にはデスクトップ型のパソコンが設置され、壁際にずらりと並んだ本棚にはマンガ本から娯楽小説、趣味に偏った雑誌から他国語で綴られた学術論文本と分類に困りそうな本が雑多に並んでいた。確かに、あれを端から読んでいくだけでも十分に時間は潰せるだろう。玄関を入ってすぐ左側にバス、トイレが並び、逆側には二階へ続く階段がある。といっても上の階はパソコン部屋の天井部分のみで、ロフトのようなものだ。燐が寝室として使っているという。 「面倒なときはそこのソファとかで寝ちゃってっけどな」 と笑う彼は、この家にひとりで暮らしているらしい。年齢を考えれば(十五、だそうだ)明らかに保護者の存在が必要だと思うのだが、何か事情があるのかもしれない。しかし、それを雪男が知らなければいけない理由はない。雪男はただ「勝手に外に出なければ好きに過ごしていいぞ」という燐の言葉に従うだけだ。 「あ、あ! 一個あった、雪男のやること!」 ソファの上に放置されていたマンガ雑誌を手に取りぱらり、と捲っいたところで、小腹が空いた、とキッチンへ行った燐がそう声を上げた。なに、と首を傾げれば、「俺の相手」と返される。 「燐の?」 「そ。俺もちょっといろいろあって、あんまり外、出歩けねぇんだ。週、二、三回は出かけるけど、それ以外はここにいなきゃいけなくてさ。だから、俺の遊び相手になって」 ゲームの対戦をするも良し、話し相手になってくれるも良し、ただそこにいてくれるだけでも良いのだ、と笑う彼が抱く感情はきっと「寂しさ」なのだろうと推察する。どれほどの長い期間かは分からないが、ここにただひとりで暮らすことが寂しいものだということは雪男にも分かる。たとえ時間を潰せるアイテムがあろうと、そうすること自体が与えられた役目でないかぎり、ヒューマノイドでさえ音を上げるに違いない。 「えーっと、雪男って物食ったり飲んだりは大丈夫なタイプだっけ?」 「一般的な味覚は搭載されてるよ。食物から微量なエネルギィを得るシステムも。ただ、まだ完全に食物からのエネルギィだけでは動けないから、一定量の充電も必要だけど」 一昔前のヒューマノイドは、食事をすることはできても、咀嚼したそれはただ排出するだけだった。共に食事を取りたい、味を見てもらいたいという人間の要求に応えるためだけのシステムであったが、どうせなら人間と同じようにそれによりエネルギィを得られないかという研究が今も続けられている。雪男が今一日動こうと思えば、おそらく日がな一日中食べ続けてようやく、といったところだろう。人と同じように三食分の食事で得られるエネルギィは一日に要するものの三分の一程度。残りは充電して補う。 雪男の答えに「おっけ、分かった」と頷いた燐は、シンクの前でしゃがみ込みがちゃがちゃと金属音を響かせた。 「何するの?」 持っていた雑誌をテーブルに置いて燐の元に向かう。覗き込めば、彼は大きなフライパンを手にしてにかっと笑った。 「フレンチトースト作んの」 ガスを使わないIH式コンロの上にフライパンを乗せ、次に引っ張り出してきたものは金属製のボウルに泡立て器。冷蔵庫から卵と牛乳を取り出し、砂糖と食パンを並べる。 「オートクッキンじゃないんだ?」 「ははっ、あんな高価なもん、うちにゃねぇよ。それに前食ったけど、あれなら俺が作った方が美味い」 メニューを指定し、分量通りの材料さえ用意すればそれなりの料理を作り上げてくれるマシンも世の中にはある。料理がまったくできないひとや、その時間さえ惜しいひとたちの間では人気らしい。ただ、やはり機械のすることでレシピ通りの味しかできあがらないため、そのマシンの登場により逆に料理人の価値が上がったというのだから面白いものである。 「燐、料理できるんだ」 その問いに「まあな」と少し照れくさそうに笑う。 「俺、バカでさ。そっちの部屋の本とかも一応ぱらっと見てはいるんだけど、ぜーんぜん覚えらんねぇの。で、唯一できることってのが料理くらいだから」 期待していいぞ、と自慢げに言う顔は聞いた年齢よりもひどく幼く見える。子供みたい、と思ったまま口にすれば、「ガキで悪かったな」と燐は唇を尖らせた。 「そういう顔をするとますます子供みたいだよ?」 「うっせ! さっき起きたばっかのお子ちゃまに言われたくねぇよ!」 「それは否定しないけど、でも、ボディの年齢は十代後半をイメージしてるし、知識も高校卒業レベルまでは詰まってる」 「悪かったな、九九も言えねぇよ、俺は!」 「……え……」 「ドン引き止めて! 傷つく! 傷ついちゃう!」 きゃんきゃんと騒ぎながらも燐は作業の手を止めないのだからすごいと思う。九九を言えることよりももしかしたらずっとすごいことなのかもしれない。 「……僕もできるようになるかな」 てきぱきとしたその動き、気がつけばいつの間にかフライパンの上でじゅう、と美味しそうな匂いをさせた食パンが焼き上がりつつある。まるで手品のようだ、と知識でしか知らないもののたとえが頭に浮かぶ。 「練習すればできるようになるかもな」 料理に関する知識は雪男のなかにはほとんどない。一般的な器具の名称と使い方を知っている程度だ。 「始めからインプットしてくれてたら良かったのに」 思わずそう呟けば、「それじゃつまんねぇだろ」と燐が笑った。雪男は学習タイプであるのだから、これから学んでいけばいい。その課程を楽しめばいいと言いたいのだろう、と推察し、そうだね、と返そうとしたところで、彼は焼き上がったフレンチトーストを皿へ移しながらにしし、と笑って言った。 「これから俺は、上手くできなくてわたわたしてる雪男を見て楽しむ予定なんだから」 「…………」 なるほど、彼が楽しむ、という意味か。 砂糖あんま入れてねぇしアイス乗っけて食うとマジ美味ぇぞ、と出されたフレンチトースト(バニラアイス添え)は悔しいけれど本当に美味しかった。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2012.07.19
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