ヨンパチ。(その10)(2)


 どうせ泊まるのなら、と旅館は食事の評判が良い場所を選んだ。山の幸をふんだんに使った料理に舌鼓を打ち、少し腹を休めてからまた温泉に浸かり、あとはもう眠るだけ。双子の兄弟ではあるが恋人でもあるふたりが、そこからすることといえば一つしかない。料理と温泉で身体を満たしたのだから、次は心を満たす番だ。
 毎日求め合ったとしても決して飽きることはない、と言い切れる互いを相手に、腕を伸ばして肌をまさぐり、唇を合わせて唾液を交換する。ふたりきりで旅行にきているという状況からか、そこそこ盛り上がった行為ではあったけれども、それでもどこかセーブした交わりであったのは、予感めいた何かを覚えていたからかもしれない。
 一組の布団にぴったりと寄り添って眠っていた兄弟がふと目を覚ましたのは、明け方に近い時間だった。顔を見たわけではないが、呼吸の仕方でなんとなく片割れも起きていると知る。
 一度寝てしまえば途中で起きることはあまりない燐だったが、それでも目が覚めたのは戦闘の気配を覚えたからだ。十代の頃は何も気づかずぐーすか寝ていられたものなのだが、年齢とともに重ねた経験によって燐も成長せざるを得なかった。祓魔の現場では生死に関わる問題にもなるため、もちろん悪魔の気配を感じ取れる力は持っていてしかるべきだろう。あとはこれを気にせず再び眠りに入れるようになれたらいいのかもしれない。
 そんなことを考えつつ、正面にある弟の胸へぐり、と額を押しつける。よほど大きな喧嘩をしているか、あるいは干からびそうなほど部屋が暑くない限りは、雪男はいつも燐を抱き込んで眠っているのだ。目覚めたとき最初に見るものは、大体雪男の鎖骨だった。

「始まったみたいだな」

 その体勢のまま小さく呟けば、「みたいだね」と小声で返ってくる。室内にはふたりしかいないし、周囲の音が聞こえないところをみると防音だってしっかり施されているのだろう場所なのだから、わざわざ声を落とす必要はないと思う。それでもどうしたってひそひそと話してしまうのは、暗い部屋のなか、ふたりで一緒に布団に潜り込んでいるからかもしれない。何か秘密のことをしているような気分になってくるのだ。

「シュラさんいるから大丈夫だよ」

 なんだかんだ言いつつも、雪男はあの女性の実力を認めている。彼女個人の戦闘力はもちろん、統率力、判断力もそれなりにあるため、隊長としてもしっかりやっていける人物だ。
 それは燐もよく理解しており、普段であれば気にすることはなかったであろう。何せ今自分たちは休暇中なのだ、せっかくの休みに仕事のことなど考えたくはない。
 けれど。
 んー、と小さく唸って雪男に抱きついたあと、燐はのっそりと身体を起こす。ほとんど肌蹴てしまっている浴衣を直しながら、窓際へ歩を進めた。障子を開け、窓ガラスを開け、網戸を開けて夜風を取り込む。
 あえて言葉にするのならば「ぴりぴり」や「ちりちり」というより、「じりじり」あるいは「じわじわ」かもしれない。一触即発のような鬼気迫るものではないが、それでものんびりとはしていられないようなにおいがあった。あまり良くない気配だなぁ、と思っていたところで、不意に燐の青い目がすぅ、と細くなる。視線の向く先は川の上流。シュラが任務を行う、と告げていた方角、空気が変わった。それも、より悪化する方向に。
 肌に伝わる感覚から、そう遠くないと判断する。おそらく徒歩でも十分行ける距離だろう。
 雪男、と弟の名を呼べば、背後からひゅ、と何かが飛んでくる音がした。振り返ることなく手を伸ばして受け取ったものは、休暇中とはいえ肌身離さず携帯している刀、倶利伽羅だ。何も言わずとも燐の考えを察してくれたらしい。さすが我が弟、と視線を向ければ、雪男は無言のまま小さく肩を竦めただけだった。分からないはずがないでしょう、と言いたげだ。

「先行くぞ」

 そう告げ、燐は窓から身を踊らせる。背後で「ちょっと兄さん」と少しだけ慌てたような声がした。どうしたのだろう、と河原に着地したあと部屋を見上げれば、間髪入れず何かが降ってくる。下駄だ。浴衣で出歩くのに靴では格好がつかないからだろうか、部屋に備え付けてあったもの。そういえば靴を履いていない。どうして燐が履いてきたスニーカーではなく下駄なのだろう、と思いつつ、ありがたく受け取って、カラコロと走り出す。目指す先はもちろん川の上流だ。

 旅館のフロント前でシュラと出会った際は突き放した物言いをしていた雪男だったが、さすがにこれだけの近くで祓魔が展開されるとなると無視はできないらしい。食事前に日本支部のほうへ連絡を入れて、任務内容の確認をしていた。ちょうど逗留先が被った、と聞いた支部長が電話の向こうで「ご愁傷様です」と笑いながら教えてくれた内容によれば、どうにも地縛タイプの中級悪魔が上流に居着き、夜半すぎから日が出るまでの間に姿を現すらしい。自力では動けないようで、だからこそ今回の作戦において、下流にある温泉街のものたちを避難させてはいないのだろう。
 それでも瘴気や、引き寄せられ集まってきた下級悪魔が旅館のほうに向かわないよう、ところどころに結界が張ってあるのが確認できた。燐や雪男には結界などほとんど無意味であるが、シュラが指揮を取っているだけある、下級どころか、中級の悪魔でも通り抜けることはできないだろう。
 それなりにしっかりとした作戦が取られていると分かっているはずなのに、どうしてだかあまり良くない予感を覚える。それはもしかしたら、昼間聞いてしまった知人に対する陰口のせいなのかもしれない。
 何事もなければいい。それならばなんとなく見物に来たと言えばいいし、バレないようならそのまま帰ればいい。追いかけてきてくれているだろう弟は、ほら大丈夫だったでしょ、と呆れつつも、良かったと笑ってくれるはず。
 そうであればいい、と思えば思うほど、やはりどうあっても心のざわつきが拭えない。まさかあの師が下手を打つとは思えないが、彼女だって人間だ。人間のはず、だ。何年経とうと衰えない肉体に、もしかしたら悪魔だったんじゃないかと噂が流れている(というか主に燐が流している)けれど、それでも自分たちのように怪我が簡単に治るような身体ではない。
 無茶をしてなければいいけど、とシュラが聞けば、「お前にだけは言われたくねぇ」と全力で言い返されそうなことを思いながら走っていたところで、不意にどごぉん、という鈍い音が地響きとともに伝わってきた。もう百メートルほど前方で川が大きく左に曲がっている。おそらくその先で戦闘が行われているのだろう。続いてばしゃん、という派手な水音とともに、右斜め前で水しぶきが上がった。黒い固まりが川に落ちたのが見て取れる。

「おいっ、大丈夫か!?」

 それが悪魔の攻撃か何かで吹き飛ばされた祓魔師だ、と気がつき、燐は慌てて駆け寄った。水深はさほどなく、ふくらはぎ程度だ。ただ少しばかり水流が強く、水が冷たい。ちょうど良い大きさの岩が転々とあったため、飛び移りながら祓魔師のもとへ行けば、幸いなことに彼の意識ははっきりとしていた。
 腹部にダメージを受けたのか、腹を押さえながらよろけるように立ち上がる。全身から水が滴っており、ただでさえ重たそうな祓魔コートがより一層ずっしりとのし掛かっているようだった。
 男は燐に気がつくと驚いたように目を見張る。あんた、とかすれた声が耳に届いた。
 彼が驚くのも無理はないだろう。昼間出会ったのはシュラだけであるし、彼女は自分たちがここにいることを言いふらすようなタイプではない。よもや奥村兄弟が来るなど考えてもいなかったであろう、と驚きを制して話しかけようとしたところで、「一般人がこんなところで何をしてるんだ!」と男が叫んだ。どうやら燐が誰だか分からないらしい。
 日本支部に属している祓魔師ならば、燐の顔を(正確に言えばチームヨンパチに属するメンバの顔を、だろう)知らないものはほとんどいないはずなのだけれど、中には分からないものがいてもおかしくはない。どうやら少し自意識過剰になっていたようだ、と恥ずかしく思いながら、胸元に下げた鎖を取り出して掲げる。そこに揺れているトップは二つ、炎が四つ葉をかたどっているものと、十字をモチーフにし赤と青の色が入ったエンブレム。前者は個人的なものだが、後者は正十字騎士團に属する祓魔師である証だ。
 そこでようやく同僚であると気がついてもらえたようで、「オフで温泉に来てたんだ」と軽く説明だけしておいた。
 彼に肩を貸して河原まで戻り、「シュラはこの先だな?」と確認を取る。隊長の名前を呼び捨てにする燐を訝しがりながらも、彼はこくりと頷いた。

「分かった。もう少ししたら弟がくるから、怪我を診てもらえ」

 そう言いおき、燐は男に背を向けて再び走り出す。背後で何か言っていたようだが、全力で聞き流しておいた。出血はなさそうだったが全身を強く打っており、しばらくは激しく動くことはできないはずだ。雪男に任せておけば大丈夫だろう。
 倶利伽羅を手にして、小石の重なる足場の悪い河原をカラコロと下駄を鳴らし走る。

「シュラ!」

 一際強力な結界の壁を抜けた向こう側に、今回の対象である黒々とした大きな悪魔がいた。
 その姿をどう表現すればいいのか、うまく言葉が出てこない。一言で表すとすれば「でっかい魚」としか言いようがないだろう。ちょっとした小山、丘レベルの大きさの魚型の悪魔がどでん、と河原に居座って、口からこぽこぽと、黒い汚泥を吐き出している。どろりとした半液状のまま流れ落ちるものもあれば、宙に浮いて漂うものもある。そこから自我のなさそうな下級悪魔が生まれ、自在に動き回っていた。
 全体的にどこかで見たことあるような姿と光景だなぁ、と首を傾げていたところで、「燐!」と耳に届く女性の声。

「お前なんで……」

 眉間にしわを寄せているシュラの元へ駆け寄り、「ま、ちょっとな」と肩を竦める。
 十年ほど前、祓魔のことを何も知らず、剣の扱いも戦い方もすべて彼女から教わった。叱られ呆れられることは多かったが、それでも「センスと勘はそこそこあるな」と言われていたものだ。今回もその勘が働いた結果だろう、とシュラはすぐに気がついたらしい。
 ため息をついた彼女は、いらいらとしたように頭を掻いた。

「あんまり良い状況じゃなさそうだな?」

 苦笑を浮かべてそう尋ねれば、「最悪ってほどじゃあねぇけどな」と返ってくる。

「どうせ雪男あたりが確認してんだろ。あの悪魔、動かねぇって話だったが、捕縛術、全部食らうとか聞いてねぇぞ」

 さすがつきあいが長いだけある。こちらの行動などお見通しのようだ。しかし後半の言葉については燐も初耳であり、「全部?」と思わず聞き返してしまった。

「そ、全部。詠唱も聖水も銃弾も剣も、どれも効果なし。何やってもぼけーっとしたツラで、ぼこぼこ泡だけ吹いてやがる」
「ん? さっきあっちまで吹っ飛ばされた奴、いたけど、あの悪魔がやったんじゃねぇの?」

 悪魔からの攻撃を受けたものだとばかり思っていたが、違うのだろうか。尋ねた燐へ、シュラはますます顔を歪めて「ありゃアタシがぶっ飛ばしたんだ」と答える。どうやら何かトラブルでもあったらしい。詳しく聞けるような雰囲気ではなく、あっそ、と頷いて流しておいた。

「攻撃効かねぇんだったらどーすんだよ」

 さすがにすべての攻撃が無効になっているわけではないと思うが、突くべき点を見つけられなければ祓魔は叶わない。何か手はあるのか、と問いかければ、「力技は意味なかったな」と返ってきた。どうやら任務に当たっている全員で一斉攻撃は試みたらしい。どっかのバカが邪魔してくれやがったしな、と吐き捨てられ、吹き飛ばされた男が何かしでかしたのだろうと想像する。

「口を塞いでみるというのはどうです?」

 ぽこぽこと、相変わらず汚泥を吐き続けている悪魔を前にシュラと話をしていたところで、不意に聞き慣れた声が降ってきた。燐と同じように浴衣に下駄といった出で立ちの雪男だ。彼の後ろからはひょこひょこと、あの男がついて来ていた。さすがに持ち場を離れたままということはできないらしい。

「吐き出せなくなった汚泥が溜まって破裂、とかなりませんかね」
「……成功して悪魔は消滅しても、周囲が大惨事になんだろ、んなことしたら」

 溜まりに溜まったものが、破裂と同時に飛び散ることになるだろう。多量の下級悪魔が発生し、瘴気たっぷりの汚泥に汚染された地帯を、一体誰が祓魔、消毒して回るというのだろうか。ねっとりと恨みのこもった視線を受け、「もちろんシュラさんたちが」と雪男はあっさりと答えた。
 ざっと視線を巡らせた弟が、人員と現状を把握しようとしているのが分かる。チームで動くときは信頼に足る司令塔がいるためコマの一つに徹することも多いが、彼もまた優秀な頭脳を持っているのだ。

「隊長」

 そこで雪男の後ろに立っていた男が、おそるおそる口を開いた。睨みつけてくるシュラの視線にたじろぎながら、「先ほどの作戦、」と彼は言葉を続ける。

「もう一度、やらせてください、今度は勝手なことはしません」

 お願いします、と下げられた頭へ、「却下」とシュラはきっぱりと返した。あまりにも強い否定にびくり、と肩を震わせた彼は、顔を上げ、「でも!」と言い募る。

「でももなんでもねぇよ。やったところで無駄だっつーのが分かるから却下。あと、アタシに従えない部下は要らない」

 お前はもうすっこんでろ、とまで言われ、さすがに少しばかり気の毒になってきた。何か言おうかと口を開きかけるが、しかし雪男に止められてしまう。首を突っ込むな、と首を振った彼は、燐の耳元に口を寄せ「昼間の、たぶん彼だよ」と囁いた。姿を見たわけではなく、口調と声からしか判断できないが、河原で上司への不満をぶちまけていた祓魔師は彼であろう、と。
 言われてそういえば、と思い当たる。どのような行動をしたのかは分からないが、それもおそらくはシュラへの反抗心、反発心があったからなのだろう。口で言うだけなら聞かなかった振りもできるが、実際行動として表し、しかもそれで周りに迷惑をかけるのは頂けない。祓魔師として、ともに戦う仲間として、そういう人間は論外だ。相手がどのような悪魔であっても、祓魔には常に命の危険が伴うのだ。

「シュラの蹴り、結構くるだろ? 下がって休んでたほうがいいぞ」

 唇を噛んで俯く男の肩をそっと叩いてそう言うだけに留めておいた。年齢はほぼ燐たちと同年代だと思う。昼間盗み聞いた言葉では日本支部に来たばかりだというから、こちらに属する祓魔師のことを知らなくても仕方ない部分はあるだろう。今回の経験を今後どのように活かしてくるか、あとは彼次第だ。万年人手不足の祓魔師業界だ、できれば心を入れ替えて任務に挑める祓魔師になってもらいたいところである。

「で、どうするんです? あのコイキング」

 シュラに視線を向けた雪男がさらりとそう口にし、言葉を理解すると同時に燐は「それだ!」と思わず叫んでしまった。
 そう、それだ、見たときから何かに似ていると思っていたが、有名ゲームに出てくるキャラクタだ。サイズと色は違うが、その姿がそっくりなのだ。その場でひたすら「はねる」しかしない、あの役立たずポケモン。

「あれ? ってことはあいつ、レベルアップしたらギャラドスになるんじゃね?」
「それは困るね。悪魔にレベルアップっていう概念があるかどうかはわからないけど」

 かのポケモンはレベルが上がって進化すると、途端に凶悪な顔をして強烈な技を放ってくるようになる。もしこの悪魔がそうなってしまったら面倒くさいことになるだろう。

「Bボタンキャンセルしよう」
「どこにあるんだよ、Bボタン」

 大きな黒い悪魔を見上げて弟とそんな話をしていれば、「遊びに来たんなら帰れ」とシュラに尻を蹴られた。痛い、と尻をさすりながら、「冗談はともかくとして」と雪男が再び周囲に視線を巡らせる。

「兄さんの炎で無理矢理消滅させるってことも、できなくはないとは思いますが」

 もちろんその際には雪男も手を貸すが、それはあまり使いたくない手である。燐への負担も大きいし、何より炎のみに頼りきった祓魔はしたくない。ひとに見せたいものでもない。
 雪男の考えを理解しているのか、「そりゃどうにもならなくなったときの最終手段だな」とシュラは答えた。

「じゃあ、ほかに何か考え、あんのか?」

 その口調から、彼女が取れる手をまだ残していそうだと察した燐が尋ねれば、「あー、まあ、なあ……」と雪男の視線を追いかけるようにあたりを見回す。
 今回任務としてやってきた祓魔師たちは、それほど多人数ではない。そもそもが動かない悪魔という話であったため、結界を張るための詠唱騎士がふたりと、実攻撃を担うための竜騎士がふたり、騎士がひとり、加えてシュラだ。今彼らは次々に生み出されている下級悪魔の討伐と、汚泥と汚泡があたりを浸食しないようように結界で押さえている。
 隊長、どうしますか、と部下のひとりが銃を握ったまま尋ねてきた。強制的に力ずくで消滅させるという手を取るのなら、一旦引いて、戦力を増加させたほうがいいだろう、と。不測の事態に備え、詠唱騎士ももう何人か揃えたほうがいい、と女竜騎士は言う。彼女の言葉に、「適切だと思います」と雪男もまた賛同をみせた。けれどメガネのフレームを押し上げた彼は、「この場にみなさんしかいなければ、の場合はですけど」と腐れ縁の姉弟子を見やり、彼女の名を呼んだ。
 雪男は言う、「ここに僕たちがいることを、お忘れなく」と。

「あん?」

 どういう意味だ、とシュラは片方の眉を上げて悪魔の弟を睨みつける。そんな師の視線の前に進み出て、「そうそう」と燐もまた笑ってみせた。

「俺と雪男だぞ?」

 ここで考慮してもらいたい点は、燐と雪男が青い炎を使えるだとか、青焔魔の落胤であるだとか、日本支部切ってのエースチームのメンバであるだとかということではない。
 出来の悪さに何度も殴りつけてきた剣の弟子と、小さな頃からおちょくり虐げてきた弟弟子、そのふたりなのだ。
 彼女の理不尽な言動には慣れている。
 横暴な命令にも慣れている。
 そしてその力を信用し、信頼している。
 彼女からの指示、命令が確かなものだとも分かっている。
 そんな彼女の背中ならば、全力をかけて守ってみせよう。
 寄り添ったままにやりと笑みを浮かべる兄弟を前に、シュラは俯いて再び大きなため息をついた。何なんだお前ら、しょうがねぇな、めんどくせぇな、いろいろな感情が込められていたのだと思うが、シュラは小さく含み笑いを零して頭を上げる。
 乱れていた髪の毛を一度解き、結い直して軽く頭を振る。普段どおりやる気のなさそうな、眠たそう顔をしてはいたが、それでも彼女を取り巻く雰囲気がぴん、と張りつめたものに変わったのが伝わってきた。

「燐」
「おう」
「雪男」
「なんですか」

 姉のような存在である女性からの呼びかけに、ふたりはそれぞれ言葉を返す。対照的であるくせにひどくよく似た双子の顔をそれぞれ見やり、ふい、と彼女は背を向けた。

「手ぇ貸せ」

 終わった後のビールは諦めてやる、と告げられた言葉に、双子の兄のほうは笑い声をあげ、弟のほうは「もう少し言い方があるでしょうに」と呆れていた。




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2016.07.19