柔らかな心臓・3


 怪我人は出ておらず、体力、装備品の消耗もほとんどない。前哨戦としては上出来であろう。相手がほとんど無力な緑男たちでさえ、なければ。
 しかし終わった出来事にいつまでも捕らわれていても仕方がない。特に今はまだ、任務が残っている。本来の祓魔対象であるゴーレムをこれから迎え撃たなければならないのだ。

「調査報告によれば、対象ゴーレムの全長は約六メートル。しかし見てのとおり、現在はそれよりも大きくなっている。十メートル近くはありそうだな。こいつは動くだけで周りの土や木、瓦礫などを自分の身体の一部にする。あまり動き回られると祓魔が今以上に厄介になるだろう、手早い作戦展開が必要となる」

 調査部の見立てではランクは中の下。先ほどの緑男たちは下の中くらいであろう。それを考えるとそう簡単にいかない仕事だというのは分かる。
 これだけの人数の祓魔師がいるのだ。それぞれの役割をふまえ、きちんとした指示を与えた上で作戦を行えば、相手が巨体であろうと無理な任務ではないはずである。しかしそれは、駒となる祓魔師たちに一定以上の力が備わっていれば、の話であり、実戦経験の乏しいものばかりが集まっているこの場では難しいこと、かもしれない。現に、ゴーレムに気づかれぬ場所に身を潜めて様子を伺っているが、みなその大きさに言葉を失っている。
 緑男たちを相手にした戦いを見ることができたのは幸いだったのか、いやこのあとの展開を知っていれば間違いなく雪男は不幸だった、と答えるだろう。あれで彼らの実力がどの程度なのか把握できてしまった。雪男が分かるということは、燐にも分かってしまったということなのだ。燐と天野の確執を考えればたとえあれがなくとも同じことになっただろうが、それでも兄が引けない状況を作るには十分な材料だった。

「あんな大きなゴーレム、初めて見た」
「どうやって祓魔すれば……」
「足止めとか、詠唱でどうにかできないものですか?」
「銃弾が通るんでしょうか」

 口々に紡がれる若者たちの言葉に天野は答えず、ある方向へ視線を向けている。
 どうすればこの任務を被害少なく終わらせることができるのか、考え込んでいた雪男は含みある隊長の表情に気づくのが遅れた。いや、気がついていたところでどうしようもできなかったかもしれない。

「俺が、行きます」

 一度自分でそうと決めたら、梃子でも折れない。その頑固さは燐にも雪男にも備わっている、おそらくは育ててくれた養父から受け継いだものだろう。あのひともとても頑固だった。だからきゅ、と唇を引き結んでそう告げた燐を止めることなど、雪男にも無理なのだ。

「あの大きさだと俺の炎でも一度に消滅させるのはたぶん無理です。でも、足止めはできるんで」

 その隙にみなで一斉に攻撃してもらいたい。
 たとえまだ力不足の若者たちであっても、タイミングを見誤らず、またこの人数が一斉に仕掛ければ勝機はある。そのタイミングを作る、と燐は言う。言葉を換えればつまり、彼が囮になるということだ。
 驚いて目をみはった雪男をおいて、「そうか」と天野は重々しい声で放った。

「君の強さは私も十分理解している。その剣技と炎があればゴーレムの足止めも可能だろう。頼めるか、奥村」

 なにやら苦渋の決断をしている様子ではあるが、どうにもその言葉が薄っぺらい。

「っ、ま、待ってください、隊長! それでは兄の、彼ひとりの負担が大きすぎます。せめてもうひとり、足止めの役を……!」
「その危険な役を誰に任せようと言うんだ?」

 天野に尋ねられ、雪男はほかのメンバへ視線を巡らせた。囮ということはつまり、あの大きなゴーレムの前に飛び出さなければならないということ。みなの表情には怯えが浮かんでしまっている。彼らのうちの誰かを燐と行かせた場合、逆に足手まといになって燐の負担が増えるだけだろう。
 それでは私が、と言い掛け、しかしそれは燐に止められてしまった。俺は大丈夫だから、という言葉のみであったが、その視線は口よりも雄弁にものを語っている。
 兄はきっちりとどめを刺せる人物を背後に残しておきたいのだ。雪男が一緒に来た場合、残っているのは隊長と新人祓魔師ばかり。それではいつ祓魔が完了するのかも分からず、燐だけでなく雪男も含めて大きな危険に晒される可能性が否定できない。
 そんな兄の考えを理解し、雪男は唇を噛んで言葉を飲み込んだ。
 奥村には申し訳ないと思っている、と隊長は言う。さも苦しそうに、こんなことはさせたくはないのだけれど、という顔で。

「また、あのときのように、無駄な犠牲がでることは私も避けたいからな」

 びくり、と。
 端から見ていても分かるほど、燐の身体が強張った。
 兄さん、と彼を呼ぶ前に「よし、」と天野が声をあげる。

「では各自の持ち場を決める。いいか、奥村の勇気を無駄にするな、決してタイミングを外さないように!」

 そうして仲間が散会し、それぞれの持ち場で準備を整える間、刀を手にしたまま屈伸運動をしている燐へ近づき、雪男は「本当に大丈夫なの?」とそっと尋ねた。心配そうな表情を隠すこともしない弟を前に兄は、にぃ、といつもの笑顔を浮かべて答える。

「今回はお前もいるから大丈夫だろ」

 頼りにしてんぞ、と胸を叩かれたが、こんなにも嬉しくない頼られ方は初めてだ。ますます顔をしかめ、「『今回は』?」と雪男は首を傾げる。

「どういうこと、それ。ねえ、兄さん、まさかこういうこと、何度も」

 乱暴に燐の肩を掴んで問いつめるも、彼は眉を下げたまま口を開こうとはしなかった。




 あとで聞いたところによると、天野の元で囮としての役割が続いたこと、負担の大きさに、さすがに声をあげたことがあるのだそうだ。そのとき天野は燐が拍子抜けするほどあっさり作戦を変更した。囮を使わず、それぞれ配置を決めての祓魔作戦。天野が隊長でさえなければ、燐が普段投じている仕事と何ら変わりのないもの。そう、たとえどれほど綿密な作戦を立てたとしても、何が起こり、どう転ぶのか分からないのが祓魔というもの。いやこれは祓魔という仕事に限ったことではないだろう。
 だから、決してそれは燐のせいではない。責任の一端は、その場にいた祓魔師全員にある。それはつまり、誰も悪くない、悪く思うのは間違いであるということ。
 燐が囮役を辞退したその作戦で、女性祓魔師がひとり、大怪我を負ったそうである。しかも運の悪いことに後遺症の残るような怪我。
 仕方がない、祓魔とは命の危険が常に伴う仕事である。そういう事態を彼女だけではない、全祓魔師が覚悟しているはずだ。それなのに、天野は言った、もし当初の作戦どおりにしておけばこんなことにはならなかったかもしれない、と。
 もし、かもしれない、その二言は仕事をするうえで禁句といってもいい、雪男はそう思っている。可能性を考えたところで現実が好転するわけではない。反省は必要だが、考えなければならないことは次どうすべきかであり、あのときああしていれば、ではないのだ。
 もし今回の騒動がなければ、燐は一生このことを雪男に言うつもりはなかったのだろう。言いたくない、言えない気持ちも分からなくはないけれど、ただひとりで痛みやつらさに耐えていたのだと思うとやりきれない。そんな弟の気持ちも少しは考えてもらいたいものだった。

 燐の隣で戦うことができないというのなら、後ろから彼を守る。少しでも負担を減らすよう、ここで踏ん張るしかない。
 たたたた、と体重を感じさせない動きで巨大なゴーレムへ走り寄る兄の背を見ながら、雪男は銃を握る手に力をこめる。祓魔はひとりで行うものではない、チームのみなで力を合わせなければいけないもの。それは養父獅郎の教えでもある。一時期雪男も忘れかけていたことを、思い出させてくれたのはほかでもない、燐なのだ。
 そうこれは燐ひとりの戦いではない、燐ひとりの戦いにしてはいけないのだ。
 崩れた校舎の残骸や周囲の木々、岩や土をまとい巨大化したゴーレムは、知能が発達していないといえど、炎をまとって近づく燐を敵と見定めたらしい。振り上げられた大きな拳が彼の走る軌道上に落ちる。どごん、という鈍い音、もくもくと土煙が上った。視界が悪くなる。あまり良くない状況だ、残っているものたちが攻撃を仕掛けるタイミングは、結局視認に頼るほかないのだから。
 土煙の向こう側にゆらり、と揺れる青い光、燐の炎だ。彼自身も言っていたように、ここまで巨大だと炎ですべてを包み込むことは難しい。何らかの術で威力を高めることができれば良いのだろうが、それこそ燐が集中する時間をほかの誰かが作らなければならない。そうだ、本来なら雪男たちが足止め役に回るべきなのだ。炎に頼り切った祓魔方法は正直賛同できないが、己の力を見極め必要であるときに使うことを覚えた今の燐の判断になら任せても大丈夫であったはずだ。
 どうしてそのことを思いつかなかったのか。
 己の間抜けさに歯噛みをしていたところで、強い風が起こった。燐が炎を使って風を起こしたのかもしれない。土埃が多少薄まり、視界が確保される。
 ゴーレムから繰り出される攻撃を飛び跳ねてよけて、刀で受け止めて流す。いかな燐といえど、あの大きな腕から繰り出される重たい攻撃を完全に受け止めることはできない。相手の力を使うような身体の動かし方は経験を積むうちに覚えたものだろうか。あまり考えたくはないが、彼の剣の師である彼女のおかげかもしれない。
 そうして攻撃を受け流してできた隙をつき、燐がゴーレムの懐に飛び込んだ。今だ、と誰もが思ったであろう。この瞬間に燐は仕掛ける。しかしチームメンバが待機している位置は、燐とゴーレム両者が見える場所だ。このまま攻撃をしては燐に当たってしまう可能性がある。

「隊長、移動しましょう」

 雪男がそう提案すると同時に、ごぉおおお、という低い音があたり一面に響いた。それは燐の炎が作る音だったのか、あるいはゴーレムの呻き声であったのかもしれない。燐がゴーレムの動きを止めているのだ。

「急いで! 兄に攻撃が当たらない場所へ、」
「いや、そんな時間はない! みな、武器を構えろ!」
「はっ!?」

 思わず、素で驚きの声が飛び出てしまった。今、なんと言ったか、この隊長は。この祓魔師は、この男は。
 さすがに今いる位置からでは燐を巻き込んでしまうと、誰もが気がついている。でも、と攻撃を仕掛ける手が戸惑っているのがありありと伝わってきた。

「だから、早く移動を!」

 叫ぶ雪男の声をかき消すように、「忘れたのかっ!」と天野の怒声が響く。

「悪魔は、所詮悪魔っ! いつ我々に牙を剥くのか分からない存在だ、緑男たちを見ただろう!?」

 思い出せ、と新人祓魔師たちに檄を飛ばした。チャンスを逃してはならない、攻撃できる瞬間に貪欲に食らいつけ。
 そんな天野の主張は大まかな点では雪男も賛同する。しかし、前提が大きく異なっているのだ。彼が声高々と主張することは、味方に被害が及ばない状況においてこそ成り立つことである。誰かを犠牲にした上での成功は成功ではなく、失敗ではないというだけのことだ。
 それに、と天野はここに来てもっとも口にしてはいけないことを祓魔師たちに告げる。それは誰もが、燐のことを知っているものなら誰もが、ちらりと考えることではあるだろう。

「彼も、悪魔だ。あの青い炎を見ただろう!? 青焔魔の炎、あの炎からすれば我々人間の攻撃など些細なものだ! たとえダメージを負ったとしても、作戦を果たせたなら奥村も誇らしく思う! 奥村の行動を無駄にするな!」

 なぜ。
 なぜ、お前が兄の気持ちを代弁するのか。
 なぜお前が、兄の奮闘を無駄などという言葉で表現するのか。
 わき起こった感情が怒りであったのか、絶望であったのか、もはや雪男にも分からない。天野の言葉に感化されでもしたのか、ほかのメンバが次々にゴーレムへ武器を構える姿を前に、静かに、けれど確実に、雪男のなかで何かが、切れた。

「――――ッ!」

 やめろ、と叫んだところできっとみなの攻撃の手を止めることはできない。それよりももっと手早く止めさせる方法。もたもたしている時間はない、今も燐はひとりでゴーレムと対峙している。早く助けにいかなければ!
 奥歯を強く噛みしめ、カチャリ、とグリップを握りなおした雪男の銃が、天野の頭に向けられる瞬間。

「はい、すとーっぷ」

 雪男と天野の間に割ってはいる何かがあった。金の、錫杖。仕込み杖、キリク。これを扱う騎士の男を、雪男はひとり、知っている。

「せんせ、それ向ける先がちゃうと思いますよ」

 振り返れば、今まで顔をフードで覆っていた男がそこに立っていた。ばさり、と落とされた布の向こうから現れたのは、予想通りの人物。

「……君も、フェレス卿の差し金ですか」
「ご名答。ま、もともと俺、こーゆーの得意ですし」

 へらり、と緊張感のない顔で笑みを浮かべる、燐の友人であり、雪男の教え子でもあった仏教系祓魔師、志摩廉造である。

「夜魔徳くんおるし、こっちは俺が抑えときます。せんせははよ、奥村くんとこへ」
「恩に着ます……っ!」

 ぱちり、と思考を切り替える。志摩が信用のたる人物かといわれたらまだどうだろう、という気持ちは残っているが、この場にいるほかのメンバよりも断然にマシだ。彼の使い魔は相当力の強い悪魔、それを目にすれば滅多なことはできまい。
 待て、という天野の言葉を無視し、雪男は地面を蹴って兄の元へと向かった。

「兄さんっ!」

 一旦引け、という雪男の言葉が届いたのか、あるいは精神力的に限界だったのか。炎を収めた燐がゴーレムが動き出す前にその懐から飛び出し、雪男のそばまで待避してきた。弟が来たことで何らかのトラブルが起きたと察したのだろう。何があった、とは聞いてこなかった。ぜぇはぁと荒い息を繰り返しているため、その余裕がないだけかもしれない。

「まだ動ける?」

 燐を庇うように立ちながら尋ねれば、「ちょっと、時間くれ」と返ってきた。ちょっと、が一時間二時間という単位でなければいいが、と思ったが、「はぁ……うん、だいぶ、マシになった、行けるぞ」と軽い声が背中にぶつかる。本当に「ちょっと」で良かったようだ。

「ほかのメンバは今手が放せなくて、あいつは僕らふたりでなんとかするよ」
「はっ!? え、いや、大丈夫なのか?」

 驚いた燐が振り返るも、ここからではみなの様子ははっきりと見えないだろう。しかし呼び出されているらしい悪魔、夜魔徳の気配は覚えているようで、「あれ、志摩いんの? なら大丈夫か」とひとりで納得している。頷いて答え、雪男は改めてゴーレムの姿を視界に捕らえた。
 予想はしていたが、燐の炎に焼かれてもゴーレムにダメージは与えられていないようだった。身体が大きすぎて炎の威力が及んでいないのだ。

「あいつ、切っても切ってももとに戻りやがるんだ」
「そうだろうね、もともとゴーレムってそういう悪魔だよ。周囲の土や廃材はただ身体を作り上げてるだけで心臓、核は小さいんだ」

 どこにあんだよそれ、と燐が言い、知らないよ、と返す。
 その核を破壊することさえできればいい。言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、しかし核がどこにあるか分からず、ここまで巨大化してしまえばなおさら探すことが難しい。だからこそ動きを止め、一斉にゴーレム全体へ攻撃をするという作戦を取ったのだ。

「雪男、あいつの足止め、お前ひとりでできるか?」
「……どれくらいの間?」

 質問に質問で返せば、少し考えた燐が、「二、いや、一分でいい」と刀を構える。

「愚問。三分、持たせてみせる」
「それでこそ俺の弟だ」

 先ほど雪男が思い至った方法を、燐もまた考えていたようだ。術に集中する時間を雪男が作り、威力を高めた炎でゴーレム全体を焼き尽くす。人数を集めて行う攻撃を燐ひとりでまかなうのだ、それなりの術を展開しなければならず、そのために稼げる時間は長いほうがいい。
 コートの裾を翻し、雪男は地面を蹴ってゴーレムへ向かった。先ほどの燐と違う点をあげれば、敵の動きを完全に止める必要がないという部分だろう。雪男がしなければならないことは、ゴーレムを自分に引きつけておき、燐が術を展開する時間を作ること。兄へ攻撃が行かないようにすればいいだけであり、つまりはダメージを負わないよう逃げ続け、時折引き金を引いてゴーレムの視線を自分にとどめておけばいいだけである。
 もちろん、「だけ」とはいえ、それなりの持久力、身体能力がなければ難しい芸当だ。しかし雪男は自分にはそれができると確信していた。そして燐もまた弟の力を信じている。
 兄ほど軽やかな動きはできないが(いつも猫又クロとじゃれているせいか、彼の動きはどこか猫を連想させるものがある)、それなりに訓練を積んできた自負があった。攻撃がくる場所を確認し、予想しながら安全地帯を探す。脳と身体を同時にフル回転させる瞬間が嫌いではない。燐などは考えずとも身体が動くタイプなのだろうが、雪男はそこまで器用にはなれないのだ。ゴーレムの身体から降り注ぐ廃材を避け、弾倉を交換したところで、「下がれっ!」と燐の声が響いた。ここまでの攻防で頬にかすり傷を負った程度、そこそこのできあがりではないだろうか。
 雪男を掠めるように燃え上がった炎は、確かに先ほどゴーレムの動きを止めたときよりも数倍強い威力のものだった。目と鼻の先に広がっているが、熱くはない。恐ろしくもない。当然だ、燐の炎が雪男を傷つけるはずがないのだから。
 綺麗な、青い炎。
 この作戦が終わったら、一度面と向かって燐に伝えてみよう。兄さんの炎は綺麗だね、と。
 どちらかといえば炎に否定的であった雪男の言葉に、きっと燐は驚くだろう。驚きながら、喜んでくれるだろう。雪男の好きな、屈託のない笑みを浮かべてくれるだろう。少なくとも、何かを、あるいはすべてを諦めたかのような笑みを作ることはないはずだ。
 そうしてうっとりと炎を見上げていた雪男の目に、きらり、と光る何かが、あった。ゴーレムの身体の一部が燐の炎に反応して光を放っているのかと思ったが、どうにも様子が違う。目を細め、銃を構えた。
 燐は今この大きな炎を生み出すことで手一杯だ。そうなれば、あれを破壊するのは、撃ち抜くのは雪男しかいない。炎に焼かれながらゴーレムが動かないか、あるいは燐の炎が雪男の銃弾を止めてしまわないか、一瞬だけ心配を覚えたが、無意味な思考だとすぐに振り払う。
 兄にもきっと見えているはずだ、この光が。あれこそ、ゴーレムを動かしている核、悪魔の心臓。
 燐が雪男の攻撃を邪魔するはずはなく、そして燐を背にして銃を構える雪男がその小さな的を外すはずもない。
 パァン、と乾いた音が響く。
 青い炎のなかで蠢いていたゴーレムが、その巨大な四肢をびくり、と硬直させた。
 ごぉおおお、と再び空気を震わせる低い音。やはりこれはゴーレムの呻き声だったらしい。そうして雄叫びをあげた悪魔の身体が、ばらばらと崩れ、地面へと落下していく。彼らはもはや、守るべき心臓を失ってしまったのだ。あの小さな光こそ、彼らが何よりもまず守らなければならないものだった。

「よくあの小さいのを撃ち抜けるな、お前」

 すげぇわ、と感心する燐の声にはやはり疲労が滲んでいる。あれだけの炎を生み出し操っていたのだ、彼の身体にかかった負担は雪男の比ではないだろう。

「僕を誰だと思ってるの?」

 崩れ落ちたゴーレムの残骸に登り、完全に動かなくなっていることを確認する。祓魔完了と判断してよいだろう。もちろんそれを決めるのはあの隊長ではあるのだけれども。
 自信満々に言い返せば、燐はあはは、と愉快そうに声をあげて笑った。そうしてもう一度先ほどと同じ言葉を繰り返す、「さすが俺の弟だ!」
 そんな兄とともに残っているメンバのもとへ戻りながら、雪男は静かに言って聞かせる。本来の祓魔活動とはこういうものなのだ、と。燐が天野にさせられていたことは祓魔活動では、ない。おそらくこのために雪男は今回の祓魔作戦に送り込まれたのだろう、そう思った。




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2016.07.20