ココロの行方・6


 期間限定の同居を始めたとき問題となったのは、就寝の際にどうするか、という点だ。
 レオナルドはザップと離れることができない。かといって、ふたりとも別々に恋人のいる身だ、ふたりきりで眠るだなんてできるはずもなく、話し合った結果、四人で眠るという結論に落ち着いた。広い寝室にはキングサイズのベッドが二台置かれていたが、間のサイドボードやランプを除けてベッドをくっつけ、四人でも並ぶことができそうな広さを確保した。男四人で寒いにもほどがある、とザップは悪態をついていたが、戦場などに身を置けば男だらけで雑魚寝をするなどざらにある話だ。ベッドがあるだけありがたい、と言うスティーブンへ、そりゃまあそうだ、とザップも納得していた。彼の場合極限状態で生きてきた幼少期があるため、文明に囲まれた街での生活は天国の一言に尽きるだろう。

「この俺さまがよぉ、こんな時間から、良い子でおねんねたぁよぉ」

 時刻は夜十時。疲れた身体にはそろそろ眠気がやってくる時間帯であり、逆に夜を生きるものにとってはまだまだこれからの時間だ。どちらかと言わずとも夜型のザップも普段ならばおとなしくベッドに転がる時間ではないのだけれど、ここ数日はひどく健康的な生活を送っている。今日もまた既に眠れる態勢を整えた状態で、レオナルドと一緒にベッドの上で携帯ゲームに勤しんでいた。かちかちとボタンを押す音とゲーム音の合間に、「すみません」としょげたレオナルドの声が響く。どうしてこのような生活になっているのかといえば、薬品の被害を受けた少年のためなのだ。

「だーかーら! おめーが悪ぃわけじゃねーって何度言わせんだ、このボケ。謝られたら文句も言えねぇだろ。謝んな、俺に文句を言わせろ」

 げしげしと、寝ころんでいるレオナルドに蹴りを入れながら言えば、「なんっすかそれ」と呆れたように返される。それに「うるせぇ」と言う前に「ああっ!」と少年が悲鳴をあげた。

「あ、あっ、まって、たんま、死ぬ死ぬ死ぬ!」
「おーおー、ヘタレハンターが。そのままベーキャン戻っちまえ」
「ばか! もう残機ねぇよ! 僕らもう一回ずつ死んでますって!」
「……はっ!? ちょ、ここまで来て三乙!? ばか、死ぬな! 宝玉とりにきてんだぞ、俺のために死ぬな!」
「じゃあ粉塵くらい使ってくださいよ!」
「持ってきてねぇよ!」
「はぁあ!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら手元の操作に集中する顔は真剣そのもので、普段の仕事もそれくらいまじめにやってくれたら、と上司(主に副官のほう)が嘆いているのをふたりは知らない。

「あ、宝玉出ちゃった」
「はぁ!? なんでだよ! 俺のほうには出てねぇのに!」
「物欲センサー、ざまあー」

 なんとか危機を脱し、無事にモンスターを狩り終えたはいいものの、ザップがほしがっていた素材アイテムをレオナルドのほうがゲットしてしまい、そこでまた一悶着。結局同じクエストにもう一度出発することでザップを納得させ、かたたたた、と効果音を響かせてそれぞれゲーム内での準備を進める。
 同じエリア内にいる味方へも効果を持つ回復アイテムを持ち込むか否か(さきほどザップが持ってきていないと言ったそれである)悩みながら、「ようやく、」とレオナルドは口を開いた。

「明日で終わりますね」

 何が、と聞く必要もない。この奇妙な同居(あるいは同棲)生活である。レオナルドが薬を浴びてしまったのは、夜間の任務中である。効果が約百時間ということであるため、早ければ日が変わって数時間、眠っているうちに彼の心は通常を取り戻すはずだ。
 そーだなぁ、とザップはさほど深く考えることなく、適当に言葉を返す。そんな男のほうを見ることもなく、「僕ね、」とレオナルドは言葉を続けた。

「ほんと迷惑かけまくってずっと申し訳なかったですし、パニクってるときはこのままおかしくなるんじゃないかってずっと怖かったんですけどね」
 ちょっと、楽しかったんです、この生活。

 しみじみと、四日間を振り返り、少年はそう語る。

「まあ、ザップさんにはいい迷惑でしかなかったでしょうけどね」

 それでも、腹立たしいがこうして一緒に遊べる気安い先輩がいて、信頼のおける頼もしい上司がいて、身も心も預けることに躊躇いのない恋人がいて。

「ままごとみたいだなーって思わなくもないんですけどね。ザップさんと、クラウスさんと、スティーブンさんと。一緒にご飯食べて、一緒に寝て。『お帰りなさい』って誰かに言うことができるのって、実はすごく幸せなことだったんだなって思いました」

 このHLへやってくる前にはごく当たり前のこととして、レオナルドの周辺にあったもの。ときに煩わしさを覚えることさえあった日常が、この街にいると、ひとりの寂しさを知ってしまうと、ひどく安らげるものであると感じてしまう。

「スティーブンさんがずっと引っ越してこい、って言ってくれてたんですけど、その気持ちも分かりました」

 そこまで甘えるのも違う気がして断り続けていたのだが、彼はこういう日常を欲していたのかもしれない、と何となく思った。まだレオナルドは自分がスティーブンの恋人であることに、どこか非日常さを覚えている。夢を見ているのではないか、と思う瞬間があるのだ。夢は必ず終わりを迎えるもので、そうなったときに自分が傷つかないでいられるように保身しているのだろう。けれど、スティーブンが求めているものは夢ではなく現実で、この先ずっと続く未来なのかもしれない。その日常のなかにほかの誰でもない、レオナルドを据えようとしてくれているのだから、恋人のそんな想いにちゃんと答えたいと、そう思った。
 この同居生活が終わったあとにでも少し聞いてみてもいいかもしれない、まだ一緒に暮らしたいと思ってくれていればいいけれど。
 そう考えていた少年の耳に、「旦那も、」とどこかぼんやりとしたザップの声が届く。かちかちかち、とボタンを操作する音はとぎれることなく響いていた。

「似たようなこと言ってたな。レオには悪ぃけど、って」

 こうして四人で寝食をともにするようになった原因は、あの惚れ薬のせいである。薬の効果で苦しんでいるレオナルドの前では言いづらいのも仕方がないだろう。

「こんな機会でもなけりゃ、俺は旦那と住むとか考えもしなかっただろうしなぁ」

 今、彼がほかの愛人たちとどういう関係を結んでいるのか、レオナルドには分からない。以前より多少そういうトラブルに巻き込まれていない、ような気もする。けれど確かに、自由気ままに生きるタイプの男が、誰かとともに暮らす、というのもなかなか想像しづらいものがあった。

「……あれ? じゃあ今は考えてるんです?」

 ザップの言葉を脳内で転がし、ふとそのニュアンスを感じて思わず言葉を口にする。これを機に、そういう未来も視野に入れ始めた、そのように聞こえたのだ。本当にそういう意図がなかったのか、あるいは無意識のうちに本音が現れてしまったのか。
 レオナルドの指摘にきょとんとしたザップはけれど、すぐに顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。どうやら後者であったらしい。珍しい照れ顔を前ににやにやと頬を歪め、「ザップさぁん、どーなんっすか、そこんとこぉ」と絡みにいけば、「うるせぇっ!」と殴られた。

「ああもう、忘れろ、今俺が言ったこと忘れろ!」
「えぇー、いいじゃないっすか、別に。一緒に住んでもいいかもってちょっとは思ったってことでしょう? クラウスさん喜ぶと思いますよ?」
「ばか、下手に言ったらガチで家用意しかねないだろ、旦那の場合」
「あー……いや、それくらいしてもらっていいんじゃないっすか、ザップさんの場合。あんたすぐ逃げそうだし、ずっしり重たいほうがいいんすよ、きっと」
「どーゆー意味だよそりゃあ」

 ゲームそっちのけでそんな話をしているうちにいつの間にか時間が経ち、結局ふたりはそのまま寝落ちてしまっていた。
 寝室とリビングは離れているため、話し声はもとより、騒ぐ声もほとんど届かない。ふたりが寝室へ向かって時間が経っていたため、おそらくもう眠っているだろう、と思ってはいたけれども。
 寝る支度を整えて寝室へ顔を出したクラウスとスティーブンが見た光景は、ベッドの中央付近で寄り添うように横になって爆睡している愛しい恋人たちの姿。ふたりとも幸せそうで、安心しきった顔をしている。ひどく無防備な彼らを前に、「あ、だめ、かわいい」とスティーブンは口元を抑えて呻き、クラウスは小さな花をたくさん飛ばしてご満悦の様子だった。




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2016.07.20