三人の英雄・2 百万世界という概念がこちらの世界にはないらしい、とセツナたちとの会話でリウはそう判断する。パラレルワールドと言いかえれば、「本当にあるんだ、そんなの」と魔術師が呟いた。 「ええと、世話になる身で悪いんだけど、どこかに調べ物ができるような場所はないかな。魔道書がある場所とか」 「それなら図書館があります」 「僕の部屋にも少しあるけど、空間転移に詳しいものは持ってない」 「じゃあ、早速で悪いけどそこに案内してもらえると助かる」 すまなそうに申し出れば、立ち止まったセツナとコクウが顔を見合わせる。 「それは構いませんけど、少し休んだ後とかでもいいんじゃ……?」 「帰りたいって気持ちは分かるけど」 「そうだぞ、リウ。そんなに急がなくても」 心配してくれる二人には悪いが、そうも言っていられない。「オレらが揃ってここにいちゃまずいだろうが」と呑気な団長の額を叩いた。二人が飛ばされたとき、大広間にはほかに誰もいなかったのだ。ここのところ協会軍の動きがおとなしかったため、多少の不在ならば大丈夫だとは思うが、突然団長と参謀が姿を消せば皆驚いて心配するだろう。 「部屋の外にジェイルいたし、オレの声に驚いて顔は出してたぞ」 「……マジで?」 「マジで」 だとすればあの無口な幼馴染が状況を皆へ説明してくれるだろう、それなら一安心、 「ってわけでもねーよな。逆に余計混乱してそう」 「……だな。うん」 リウの言葉にジェイルの名前を出したレッシンも深々と頷いて同意を示した。話す必要のないことも話してしまうレッシンやリウとは違い、ジェイルは話さなければならないことも話さないタイプだ。言葉数が足りないため誤解も招きやすい。そんな彼が説明役に回ったところで事態が改善されるとは思えなかった。 「とりあえずさくっと見てくるだけだから、レッシンは適当にその辺で遊んでていいぞ」 そう言えば、「あー……」と気まずそうに呻き、溜息をついて「そうさせてもらう」と団長は答える。リウ一人に面倒事を押し付けるのは良くないと思ったのだろうが、だからといってその作業においてレッシンが何かできるかと言われれば首を傾げてしまう。文字を読む、考え事をするということにとことん向かないタイプなのだ。だからこそリウという参謀役を側に置いているともいえ、「お前ができないからオレがこーゆーのをやってんだろ」と笑ってみせた。 「じゃあ僕が案内する。魔術関係の棚なら一通りは見てるし」 そう申し出てくれたのは、関心のなさそうな顔をしていた魔術師ルックだった。さらりとした茶髪を耳にかけて言った彼は相変わらず地面から僅かに足を浮かしたままで、「セツナ、君も、」と友人であるのだろう過去の英雄(自称)へ声をかけたが。 「……もういないけど」 三人で遊びに行くってさ。 リウが指した先には遠くなっていくセツナとコクウ、レッシンの背中。眉を寄せ「逃げられた」とルックは呟く。 「こういう非常への対処法ならあいつの方が得意だろうに」 ぶつぶつと言いながらもルックは、「こっち」とリウを大きな建物へと案内した。司書と聞くと嫌なイメージしか抱かないが、こちらの世界での司書は、その名に違わない普通の司書らしい。眼鏡をかけた女性へ軽く挨拶をして、みっしりと本の詰まった棚の間を歩く。 「すげー。うちの城にもこんくらい本があればなぁ」 思った以上の蔵書量に感嘆の声を上げた。シトロ村にいる間、余計な過去を隠すため、本といったものにはなるべく関わらないようにしてきた。しかし、どちらかと言わずとも本を読むのが好きな方であるため、これだけの図書館が近くにあるという状況は非常に羨ましく思う。 「魔術関係はこのあたり。そっちの棚に近づくにつれて空想と妄想がひどくなる」 端的な説明に苦笑を浮かべた。そう言うからには彼もある程度ここの本に目を通しているのだろう。サンキュ、と礼を言うが、別に、とそっけない言葉が返ってきた。 「一つ、聞くけど」 何かピンとくるものがあるだろうか、と背表紙を眺めてタイトルを追っていると、静かな声が耳に届く。相変わらずまったくこちらに興味がなさそうな、至極つまらなそうな顔をしたまま、一冊の本を無造作に手にとってぱらぱらとめくりながら、「あんたのその力は真なる紋章?」と尋ねられた。 「……いや、オレらの世界には紋章ってもんはないよ。代わりかどうかは分かんねーけど、書って呼ばれる世界の記憶ならある」 不健康な色の肌を這う線刻へ眼を落して答えれば、「ふぅん」と聞いてきたくせに気のない相槌が返ってくる。 「その真なる紋章、っていうの? ルックと、さっきのセツナってのひとが持ってるヤツ、だよな。コクウも似たような力を持ってる」 違うか? と首を傾げれば、軽く目を伏せたルックは「さぁね」と手にしていた本を棚へと戻す。答える気はないらしい。どうしても聞きたいことではなかったため追及を諦め、リウは再び本の選別へと意識を戻した。どうやらルックも手伝ってくれるらしい、無造作に抜き取っているかのように見えてちらりとそのタイトルを追えば、転移魔法や多重世界に関する記述のありそうなものばかりだった。三冊目を手に取ったところで重さに耐えかねたのか、ルックは抱えていた本へ術をかけて空中に浮かべてしまう。その風の動きを見てようやく気がついた。 「……さっきオレらが落ちてるときにさ」 魔術書というのは基本的に一冊が分厚いもので、さすがに四冊目を手にしたところでリウの腕が悲鳴を上げた。選んだ本を床の上に一時的に下ろしてルックへ視線を向ける。 「風で助けてくれたの、あんただったんだな。サンキュ」 纏う風でどうして気付かなかったのか。突然の謝辞に面食らったのか、きょとんとしたようにこちらを見たあと、ルックは無言のままふい、とそっぽを向いてしまった。しかし、髪の毛の間から見える耳がうっすらと赤く染まっている。それを目にしたリウは口元に笑みを浮かべてもう一度「サンキュ」と礼を言っておいた。 「つか、ルックすげーな。人間の体重を支えられるほど風を操れるなんて」 「……別に。あんただって、落ちながら術をかけてただろ。しかも一つ発動させかけながら、もう一つを展開させようとしてた。ずいぶん器用だね」 「あー、砂嵐ねー。あれで何とかなんねーかなーとか思ったんだけど、基本攻撃用だから、発動させてどうなるよって悩んでた」 回復魔法である癒しの潮流をすぐに発動できるようにした状態で、砂嵐を新たに展開しようと試みはしたが、効果に疑問を抱いている間に助けが入ったため結局は使わず仕舞いだった。 そうした会話をしながらも互いに本棚から目を離さず、時折本を抜き取って中を確認しているのだから、この場にレッシンとコクウがいれば「器用なことやってんなぁ」「見るか話すかどっちか片方だけにしたら?」と感心と呆れの混ざった感想を漏らしただろう。ちなみにセツナがいれば彼ら以上に器用に本の選別をしたか、まったく何もせずに司書エミリアと駄弁るかのどちらかだと思われた。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2010.8.13
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