今度は、二人で。・2


 ちょっと待ってて、と言った彼はどうみても丸腰で、武器らしいものを持っている様子もない。ディアドラと軽く会話を交わしたかと思えば、リウは徐に右腕でさっと空中をなぎ払った。そこに何かがあったわけではない、何かを振り払おうとしたわけではない。しいて言うならば、空間を切り裂いたのだ。

「なんか、久しぶりだなー、これ振りまわすのも」

 そう言いながら裂けた空間から取り出したものは漆黒の刃を持つ長剣。あとで聞いたところによると、本来なら装飾用であるだろうそれを一目見て気に入ってしまい、これで戦えるように自分で手を加えたのだとか。

「今日は変なイレズミ、ねぇな、あいつ」
「そうだな」

 レッシンとジェイルの言葉を聞きながらも、リウの方から視線を反らせない。彼の細腕で扱うには多少大きすぎるように見えるが、まるで己が身体の一部であるかのようにごく自然に構え、金色の狼の前に立った。
 とん、と地面を蹴ったのはリウの方が早い。狼の爪と牙を避け、上体を屈めて右前足に一撃。距離を取ったかと思えばまたすぐに獣へと向かい、今度は右後ろ足へ剣を振う。

「相変わらずえげつない戦い方、するわね」

 そう呟いたのは、いつのまにかディルクたちの側へ来ていたディアドラだった。マリカともう一人、始めに襲われていた兵士も集まってきており、全員に怪我がないことを確認する。

「でも確実よね」

 ディアドラの言葉にマリカがそう返した。
 足さえ止めてしまえば止めを刺すことは容易になる。一撃で相手を仕留められないとなれば、その手は有効なものとなるだろう。
 まるで重さを感じさせず黒刀を振う動きに目を奪われている間に、いつの間にか金色の獣は地へと伏せてしまっていた。脅威が去った、とシトロのメンバが揃って安堵の息を吐いたところで。

「まだ安心してられないようよ」

 冷静な声で指摘したディアドラの指す方には新たに現れた別の金色の獣。

「仕方ないわね、私も少し手を、」

 眉を寄せてふぅ、と溜息をついた彼女が手にしていた杖を掲げたが、そこから魔力が解き放たれるより先に、鋭い風の刃が狼を襲った。

「今の、リウ?」

 マリカの呟きに答えるものはいない。しかし、長剣を構えたままの彼が何かをしている様子はなく、では一体だれが、と思ったところですぐにその答えが現れた。

「何匹くらいいるんでしょうね、こいつら」
「つーかさ、罠だって分かってた上で俺を連れてきたことに対して、お詫びとかないわけ?」

 どこか呑気な少年二人の会話に、「いいからさっさと倒して来てよ」という別の声が重なる。

「まっかせて! 愛しのハニーのために、ダーリン、超頑張っちゃう!」
「手元が狂ってセツナさんを殴ったらごめんなさい、って先に言っておきます」
「いや、いいぞ、コクウ。おれが許す。むしろヤれ」

 張り切って飛び出たのは棍を握ったバンダナの少年。彼らの会話からセツナ、という名前だと知れた。それに続く同じ年くらいのこれも少年。コクウという名前らしい、トンファーを構えて走る彼に続くのは、これぞ傭兵と胸を張って紹介できそうなワイルドな風体の男。彼らが出てきた方へ目を向ければ、緑色の法衣を纏った少年がそこにはいる。

「僕はダーリン、なんて名前の知り合い、いないよ」

 淡々とした口調でそう言った彼がロッドを掲げると、再び魔物へ風の魔法が襲いかかった。風の刃の中へ飛び込むように獣と距離を詰め、その首筋に棍を振り下ろしたセツナに、魔法が収まったころを見計らって男が剣を眉間へ振う。

「はっ!」

 男が引くと同時に飛び出たのはトンファーを構えた少年。手のうちで回って威力を持った鈍器を続けざまに顔面へ食らい、狼はひとたまりもなく地へひれ伏した。

「強い」

 端的な感想をディルクが口にすれば、聞きとめたレッシンたちもこくり、と頷く。

「コクウさま! セツナさま!」

 突然現れた彼らを見ていれば、先ほど助けた兵士が声を上げて走りだした。

「大丈夫でしたか?」
「つか俺まで様つけんの、止めろよ」

 俺様部外者、と憮然とした顔で言ったセツナへ、兵士はすみません、と頭を下げている。明らかに自分よりも年上であろう相手のその様子を見て肩を竦めた少年は、そこでようやくこちらの方へと視線を向けた。
 ディルクを中心に固まっているシトロメンバに、少し前に出てロッドを付くディアドラ、やや離れた位置で長剣を手にしたままのリウ。順番に見やった少年はリウの位置で視線を止めるとす、とその目を細めた。

「――――ッ」

 おそらく息を飲んだのはその場にいるほぼ全員、だろう。セツナとリウの間に言い知れぬ緊迫した空気が突如現れたのだ。怒気や殺気を交わしているわけではない、互いに敵意を持っているようにも見えない。しかしそれでも、何か切っ掛けがあれば明らかに攻撃行動にでるだろう、それが分かるような張り詰めた空気。
 一体何が、と思ったところで、「はいそこまでー」と呑気な少年の声が割って入った。口を挟んだのはどうやらコクウ、という少年。

「セツナさんもそっちの細いお兄さんも、人外大戦はうちの戦争が終わった後にでも、僕と関係のないところでゆっくりやってくださいね」
「…………俺はまだ人類だ、あほう」
「……度胸あんなぁ、お前」

 コクウの台詞に毒気を抜かれ、セツナが眉間にしわを寄せてそう返し、苦笑を浮かべたリウが感心したように呟いた。

「ほら、とにかくここにいたらまずいんですから、いったんうちまで引きますよ。そちらの皆さんも、死にたくなければご一緒にどうぞ」
「おれが言うのもなんだが、大丈夫なのか、そんな簡単に見知らぬ人間を誘って」

 呆れたように言ったのは傭兵風の男。がっしりとした体格の彼を見上げて「確かに、ビクトールには言われたくねぇな、それ」とセツナがくつくつと笑った。

「大丈夫ですよ、だってそっちの人たち、うちの兵、助けてくれたんですから」



**  **



 どうやら笑い事にはできない状況のまっただ中に放り込まれたらしい。命からがら軍隊の追跡を振り切り、コクウが軍主を務めている団体の本拠地へ戻ってきて、ようやくそのことを理解した。

「なんてところにいたんだ、俺たちは……」

 そう深々と溜息をついたディルクを前に、「皆生きてて良かったですね」とコクウがにっこりと笑って言った。

「皆さんがどこから来たかは知りませんし、何でミューズにいたのかも分かりませんが、もしなにか事情があるのでしたら、この城に滞在してもらって構いませんよ」

 懐の深い少年の言葉に、「助かります」とディルクが頭を下げたところで、「俺としては、」とコクウの側に控えていたバンダナの少年が声を上げる。

「さっさと帰ってもらいたいところだけどね」
 とくにそっちの細いにーさんとねーさんには。




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2010.09.18