双子の兄弟で恋人だなんて、人間社会のルールからひどく逸脱しているが、自分たちは悪魔であるため気にしない。頭のいい弟曰く、「無理して離れてお互いが不安定になるより一緒にいて安定してたほうが物質界のためにもなるでしょ」とのことで、ヘリクツだなと思った。
 そんな自分たちがどうしてこんな薄暗い場所に来ているのか。直前の記憶がすっぽりと抜け落ちている。首を傾げている様子を見るに、弟のほうも同じ状態だろう。いつもの制服、手には倶利伽羅を持っている。雪男は祓魔服をまとっているため、銃も所持しているように思われた。
 どうやらここは洞窟のようだ。人間より夜目は利くため、明かりがなくともぼんやりと周囲は見える。むき出しの岩肌、足下は湿った土、見覚えがある場所でもなく、当然心当たりもない。

「……とりあえず適当に歩いてみるか」

 弟にそう声をかければ「呑気すぎない?」と眉間にしわを寄せられた。もう少し慌てた様子を見せろ、ということなのだろうか。それはお互い様だと思うけれど。

「だって雪男と一緒だしさ。どうにかなんだろ」

 たとえばこれがひとりきりであったら、あるいは相手が雪男ではなくほかの誰かであれば、取り乱していたかもしれない。けれどここにいるのはほかの誰でもない、双子の弟なのだ。ふたりが一緒であれば、大抵のことはどうとでもできる自信がある。根拠のない自信だけれども。
 きっぱりと言い切る燐へ、弟は眉を下げて苦笑を浮かべる。

「その信頼は嬉しいけどさぁ」

 信じているからといって、事実だとはかぎらない。心配性の弟は、万が一のときのことを常に考えている。けれど雪男だって分かっているはずなのだ、自分たちが一緒にいることの安定さを。
 そっと岩肌に触れてみるが、何かが起こるわけでもなさそうだ。妙なちからを感じることもなく、結界が張られている様子もない。ぺたぺたと岩壁を叩き、それに沿って歩く燐の後ろを、雪男がゆっくりとした足取りでついてくる。

「暗くてよく見えないなぁ」

 歩きながらぼやいている弟はきっと、眉間にしわをよせて渋い顔をしているのだろう。

「俺はなんとなく見えるけど」

 そうくちにすれば、「兄さんはもともと目がいいじゃん」と返された。雪男だって悪魔になったときに視力そのものは回復しているはずなのだが、燐よりは劣っているそうである。ないと落ちつかないから、とメガネもずっとかけたまま。それに関しては燐も同意する点である。メガネをかけていない弟なんて、タマゴで包まれていないオムライスのようなものではないか。(チキンライスもおいしいです。)
 しかしなんとなく見えている程度の燐ですら、ときおり石につまづいたり、飛び出た岩に太ももを擦ったりしているのだ。これよりも見えていないのだとすれば、弟はもっと動きづらいだろう。意識しないと雪男の気配すら闇に溶けて消えてしまいそうなのだ。
 確かにそばにいると分かってはいても不安を覚え、燐はふと、己の左手を見た。手を繋げばきっとその温もりに安心するだろう。周囲があまり見えていないという弟を先導してあげることもできるかもしれない。しかし、この暗闇のなかで片手が塞がれるというのも危険な気はする。何かあったときの咄嗟の対応に遅れが出てしまうのではないだろうか。
 もやもやとそう考えた結果、燐は、


左斜め後ろにいた弟に向かって手を差し伸べた。

差し出そうとした左手をぎゅうと握りこんで堪えた。





2019.04.01
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