ん、と促す声だけで察してくれたらしい。ぽすん、と乗せられた弟の手をぎゅむと握りこむ。声や気配だけでなく、確実にそこに在る物体としての弟を感じて、やはり燐はほう、と安堵の息を吐いた。たぶん弟も同じように安心しているはずだ、繋いだ手からお互いの緊張が少し解れたのが伝わりあっている。 とにかく、周囲が探れないことには今後の対策も立てることができない。軽く集中して頭上に青い炎を灯した。弟も同じように青い角を生やしている。 そうして光源を確保し、一度足を止めてくるり、と周囲を見回してみた。そもそも自分たちの居る場所の広さすらきちんと把握できていないのだ。どこかに道が繋がっているのか、それとも閉鎖された空間が広がっているだけなのか。 うぅん、と唸りながら視線を巡らせていた燐の動きがぴたりと止まった。同じように手を繋いだ先にいる雪男もひゅ、とのどを鳴らして呼吸を止める。ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、といやにゆっくり足下のほうから悪寒が這い上がり、背後で揺れていた黒い尾がぴん、と立った。全身の毛を逆立たせ、燐は唇を震わせる。なかなか声を出すことができず、あくあくと無駄にくちを開閉させたあと、「ゆき、」と結局紡いだのは弟の名前で。 「あれ、」 なに、と繋いでいないほうの手で指さすが、雪男はふるり、と首を横に振る。ややあって、しらない、と乾いた声が耳に届いた。 燐と雪男は悪魔だ。半分は人間だけれども、悪魔として目覚め、生きている。加え、祓魔師などという職に就いているのだ、人間離れした悪魔の姿も多く目にしてきている。ひどい腐敗臭を放つもの、多数の目を持つもの、そもそも頭がないもの、魚に似たもの、四つ足の獣、たとえることのできないほど名状しがたい姿のもの。 普通に生活をしている人々に比べるとそういった『化け物』を見る機会の多い燐と雪男ですら、あまりのおぞましさに言葉を忘れ、咄嗟に身動きが取れなくなってしまうほど、身の毛のよだつ姿のものが、彼らの視界に映り込んでいた。 柔らかな言い方をすれば、絡まりに絡まった毛糸玉。より分かりやすく表現するのなら、無数のミミズが絡まり合った虫団子。その中央に緑色の目玉が一つ。もし最初、適当に歩いてみようと足を進めた先が今と逆であれば、燐はあの虫団子の中に突っ込んでいってしまったのかもしれない。 その事実に思い至り、再びぞぞぞ、と背筋が大きく震えた。 血の気の失せた顔をした双子の兄弟は、視線を合わせて同時に首を横に振る。いやいやいやいや。ないないないない。あれは、ない。 「なにあれ、なんだあれ、あいつも悪魔か?」 「きっもちわる……っ、あれに比べたら普段見てる悪魔たちのほうが数十倍かわいげがあるよ」 ゆっくりとその怪物から距離を取りつつ、小声でやりとりをする。もちろん繋いだ手は離さないままだ。 「いや悪魔でもキモいやつ、いるけどな? でもあいつ、向こうの生き物じゃなくね?」 悪魔である双子には、虚無界に属するものかそうでないのか、なんとなく感じとることができる。確実にとは言い切れないが、それでもこの触手の塊は虚無界に存在しているものではない、ということは、ふたりともが理解していた。当然、こちらの生き物であるはずもない。まったく違う世界、あるいはまったく違う次元の存在であるような気がしてならない。 今すぐこの場を逃げ出したいが、この化け物に背を向けるのも怖い。このまま化け物から視線を逸らさないようにじりじりと後退を続けるしかないのだろうか。そう思っていたところでぎょろり、と化け物の中央にあった緑色の目玉が動き、双子の悪魔を睨み付けた。 「「うわぁぁああああっ!」」 ふたりは声を揃えて悲鳴をあげ、
2019.04.01
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