己の記憶を探っても、それらしき人物は思い至らなかった。そもそも、どう見てもハイスペックそうな人物と自分のような平々凡々な一般人が知り合いであるはずもない。 おそるおそる声をかけ、お互いに名乗りあってみるが、やはり耳にした彼の名は記憶にないものだった。スティーブンと名乗った男も、「覚えがないな」とレオナルドを見下ろして言っている。まったく無関係の人間がふたり、ここに集められた、ということなのだろう。 そう、『集められた』という感覚がレオナルドにはある。頭上には雲一つない青空、足下は白い綿雲。雲の上に立っていられる、ということ自体がおかしいし、このような場所で生活していたとは思えない。もちろん覚えのある場所のはずもなく。 「マリオの空の面かよ」 足下の雲の地面(と呼んでいいのかは分からないが)は、はるか遠くまで続いているようで、ぱっと見るかぎりでは何か障害物があるだとか、土管があるだとか、ブロックがあるだとか、豆の木が伸びているだとかいう様子はない。ただ一面の雲の海なのだ。 「どう考えても異様な事態なんだけど、きみ、結構冷静だね?」 レオナルドと同じようにくるり、と周囲を見回していた男が、最終的にこちらへ視線を向けてそう指摘する。そうですかね、と少年はこてん、と首を傾けた。 「状況が飲み込めてないってのもあるんですけど、まあ、HLですし」 「あー、そうか、そうだな。HLだったな」 自分たちが異界と繋がる都市、ヘルサレムズ・ロットで暮らしていた、という記憶は共通して持っているのだ。あの街にいれば正直、どんなことが起きてもおかしくはない。 「あと僕、こういう事態には結構遭遇してるほうなんで」 「へぇ? 見かけによらずアグレッシブなんだね」 それはどういう意味かしら、と思いつつ、「スターフェイズさんこそ、」とレオナルドは背の高い大人を見上げた。 「驚いてる様子ないですけど、ここ、どこか分かります?」 レオナルドの問いかけに彼は肩を竦めて、「全然分からない」とあっさりと答える。 「まあ、僕も仕事柄こういう事態や戦闘には慣れてるほうでね。何らかの術絡みだろうなぁ」 ただ彼は術の専門家というわけではないそうで、詳しくは分からないらしい。「最悪、仲間が助けに来てくれるとは思うけど」と続ける。 多少の威圧感、うさんくささはあるものの、悪いひとではなさそうだ。少なくともレオナルドとコミュニケーションを取ってくれるつもりはあるらしい。しかしだからといって、この双眸に収まっているもののことを知られるわけにもいかない。 しゃがみ込んで雲らしき何かを触ろうと試みたが、両手はむなしく宙を切った。ゴーグルをかけて観察すれば、ふたりの足下には平らな地面(あるいは床)があった。その上に、雲のエフェクトがかけてあるような状態だ。雲であることに特別な意味はないのかもしれない。本物の雲ではないことは確かだ。 そのまま立ち上がり、ゴーグルの内側で義眼を開いて周囲を見回す。どうやら歩いて行けそうな距離に二箇所ほど、雲のエフェクトが途切れている部分がありそうだ。 「んー、何か穴っぽいものがありそうですね。えっと、この向きで見て、右斜め前200m先くらいかな。もう一つは真左、これは右のよりも遠そうですけど大きいです」 それぞれを指さしてそう言ったレオナルドを見下ろし、片眉を上げた男はそれじゃあ、とくちを開いた。
2019.04.01
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