スティーブンの言葉に頷いて答え、念のためゴーグルをかけたまま右斜め前方にある穴へと向かった。
 途中、なんの障害物にも行き当たることなく、見えない壁に隔てられることもなくふたりは穴の近くへとたどり着く。しかしそこにも雲のエフェクトが広がっているため、一見して穴があるようには見えなかった。

「……本当に穴があるの?」

 やや訝しげな視線を向けられるのも仕方がない。レオナルドの眼にははっきりとそこに穴があることは映っているのだが、義眼を見せずにそれを説明するのが難しい。ぎりぎりまで近づいて穴の縁に触れてもらえたら信じてくれるだろうか。

「そのあたり、雲が薄くなってるように見えるんですけど」

 そう言って穴のほうへ視線を向けたところで、不意にそこから何かが飛び出してくるのが見えた。長い、紐のような、鞭のような何か。
 それが何であるのか認識するより先に、「危ないっ!」と男の身体へと飛びついた。ばしんっ、と鈍い音がし、レオナルドの右足首に鋭い痛みが走る。

「いッ! っう……っ」

 突き飛ばされる形になったスティーブンは、たたらを踏みながらもなんとか堪え、うずくまったレオナルドのもとへと駆け寄った。彼にはまったく見えていなかったが、何らかの攻撃があった、ということは理解したのだろう。それが、少年の言う「穴」からのものだ、という推測もすぐに成り立つ。追撃を警戒してレオナルドとともに穴から離れたあと、スティーブンはうずくまったまま立ち上がれないでいる少年のそばにしゃがみこんだ。

「戦闘には慣れてると言っただろ。なんで僕を庇った」

 現時点ではさほど親しい相手でもないはずなのに、わざわざ代わりに怪我をする理由がスティーブンには分からない。何が起こるか分からないこの街では、基本的にどのような目に遭おうとも自己責任なのだ。加えスティーブンとレオナルドでは、どう見てもスティーブンのほうが年上で、なおかつ丈夫な作りをしている。戦うことに慣れていると言った男をどうして庇ったりするのか。
 レオナルドの足首に対してきぱきと応急処置を施しながら尋ねてくる男へ、うぅん、と唸って首を傾けた。

「なんでだか分かんないんですけど、」
 あなたには傷ついてもらいたくないなって思って。

 どうしてそう思ったのかは分からない。けれどそれはレオナルドの素直な気持ちで、決してでまかせをくちにしているわけではない。
 へにゃりと笑って答えたレオナルドへ、奇異なものでも見るかのような視線を向けた男はややあって息を吐き出すとす、と腰を落としてその場にしゃがみ込んだ。乗れ、と背中を向けられ、少年はきょとんとゴーグルの内側で目をみはる。

「その足じゃ歩けないだろ。負ぶってやるから」

 捻ったのかあるいは骨そのものに異常があるのか。きつく固定してもらって多少マシになったが、足首はずきずきと痛み体重をかけるのは難しそうだ。そのことをスティーブンは察しているのだろう。広い背中を前にレオナルドは「え、いや、でも、」と逡巡をみせた。あまりよく知らないひとにそこまで面倒をかけるわけにはいかない。男としては小柄なほうではあるが、決して軽いわけではないのだ。
 しかし、この足では移動するにも時間がかかるだろう。それぞれ別れて探索する、という手もあるが、状況が何も分からない今、それはあまり得策ではない気もする。
 そうして迷ったのち、レオナルドは、


素直にその背を借りることにした。

それでも手を伸ばすことをためらった。





2019.04.01
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