ああ、そうだ、思い出した、エイト、だ。それが本当の名前かどうかは分からない。ただ、覚えているかぎりはそう呼ばれていたはずだ。職業は兵士、であったような気はする。今気がついたが背中に槍も背負っているし、少なくとも戦うことを生業としているだろう。 そこまで把握したところで、次に気になるのは正面に立っている男のことだ。銀の髪に青い目、真っ赤な服装とずいぶんと派手な出で立ちである。ただ顔は綺麗で、いわゆるイケメンと呼ばれる部類に入るだろうことは、美醜にあまり明るくないエイトにも分かった。 うぅん、と唸ってみるも、男の名前が思い出せない。相手も怪訝そうな視線を向けてきているため、もしかしたら完全に初対面の相手、なのかもしれない。そうなればいくら頭を捻ったところで彼が誰だか分かるはずもない。 難しいやりとりや駆け引きは正直苦手だ。こういう場合は単刀直入に聞くにかぎる。 「あんた、誰?」 「お前、誰?」 銀髪の男も似たようなことを思ったのだろうが、タイミングが重なるというのがなんとなくこなれた感があって腹立たしい。おそらく相手も同じことを思っている。む、と眉間に寄せられたしわからそれが分かる。しかしお互いにいらっと来ていても物事は始まらない。ここは一歩引いてこちらから自己紹介し、大人な部分を見せつけるとしよう。 「俺、エイトっつーんだけど」 「オレはククール」 これまた同じようなことを思ったのだろうか。先ほどと変わらず同じタイミングでそれぞれ名乗り、同時に思い出した。そうだ、こいつはククールだ。銀髪赤い服の派手僧侶。エイトはこの男とともに(ほかにも仲間はいたが)旅をしていたのだ。 「わ、っすれてんじゃねーよ、エイトくんをよっ! まだ冒頭だろ、どこかにSAN値減る要素、あったか!?」 忘れられていたことがショックで思わずそう叫んでしまったエイトへ、僧侶も負けじと「お前の場合は、そもそも普段から狂気に陥ってるようなもんじゃねーか!」と言い返してくる。せめてロールしてからにしろ、と罵られ、うん、確かにククールとはこういった会話を普段からしていた。間違いない。 自分と相棒の名前、その関係性が判明したところで、次に考えるべきはここがどこか、という点だ。くるりとあたりを見回せば、薄暗くはあるが木の小屋の中だということは分かった。ふたりがけのテーブルが一つ、空の本棚が一つ、空のタンスが一つ。すべて木でできている。 がらら、と上から順にタンスの引き出しをあけて確認していれば、「それ、ドラクエ的には正しいけどクトゥルフ的にはどうなんだろうな」とククールが呟いている。勇者はタンスをあけるのにいちいち目星など振らないのだ。たぶん。 薬草どころか、うまのふん(タンスに入っていたら嫌なものランキング堂々第一位)すらも見つけられず、はあ、と肩を落としたところで、「おい、エイト」と僧侶に呼ばれる。振り返れば、彼は窓から外の様子を確認していたらしく、ちょいちょいと手袋をした手で招かれた。 「湖がある」 軽くあごをしゃくってそう言われ、彼の後ろからちらりと確認すれば確かに、対岸がうっすらと見える程度の大きな湖が外には広がっている。 「小屋の中にはなんもなさそうだぞ」 「つーことはまあ、外を探せってことだろうな」 ふたりとも、どうして自分たちがここにいるのか、まるで思い出せない。当然ここがどこなのか、も。見覚えのない景色であるため、現状を把握するためにも外を探索するほかなさそうである。 空が苦手で見上げることのできないエイトにははっきりと言えなかったが、おそらくどんよりとした雲が広がっているのだろう。昼間であることは分かるのだが、薄暗く、風に湿りを感じる。もうしばらくすると雨でも降ってきそうだ。スタート地点が屋根のある場所であったことは幸いだったのかもしれない。天気が崩れるようならこの小屋を頼りにしよう。 そんなことを考えながら湖のほうへと近づいてみれば、岸辺に一艘のボートが揺れていることに気がついた。小屋と同じように木で作られているそれは、不自然なほど小綺麗で、櫂が二本、揃えて中に並べられている。 「まさに乗ってください、と言わんばかりのボート……」 「罠にしか見えねぇな」 ククールはそう言うが、小屋と湖とボート以外に見えるものは、あたりに覆い茂っているうっそうとした森だけだ。湖か森か。探索を続けるのならその二択しかない。 話し合い(という名前のじゃんけん)をした結果、ふたりは、
2019.04.01
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