「どうしてボートに乗るのかって? 目の前にボートがあるからさ!」

 ついでにじゃんけん勝ちしたため、エンジン役はククールに押しつけることにする。「おめーんがパワーあるだろうが」と僧侶は文句を言っていたが、聞こえなかったふりをしておいた。

「そんで、結局ここどこなんだよ。ヤンガスとゼシカは?」
「分かんねぇよ。オレだって気づいたらここにいたんだし」
「俺らふたりだけ飛ばされてきたってことか?」

 ぎしぎしとボートを軋ませ、水をかき分けてゆっくりと湖の上を滑る。とくに何かあるわけでもない湖だ、くるりと一周するだけしてみるつもりなのだろう。岸から離れすぎない位置をキープしつつ、ククールはボートを操作していた。

「エイト、お前どこまで覚えてんだ? ここに飛ぶ前、何してた?」

 尋ねられ、水面を片手で撫でて遊びながら、「えー」と虚空を睨む。
 確か欲しい防具があって、少しばかりゴールドが足りなくて、山の中で魔物狩りをしていた、のだ。この世界、旅人が金を稼ぐには魔物退治が何よりも手っ取り早く確実だ。そうして真面目に労働し、それなりに疲れて滞在している宿屋へと戻った。もう二、三日同じことを繰り返すつもりで、ククールを含めたパーティメンバにも了承は得ていたはずだ。
 汗を流して食事をして、明日の予定を確認して、部屋へと戻った。なんの変哲もない、いつもどおりの流れ。あまり栄えた村ではなかったため宿の部屋数も少なく、これまたいつもどおりエイトとククール、ヤンガスとゼシカという組み合わせで部屋を取っていた。

「んで、寝るにはちょっと早かったから、本、読んでたんだよ。ククールがくれたやつ」
「あー……前、サザンビークのバザーで手に入れた架空神話研究の本か」
「そうそう。言い回しが古くさいから、読んでるとすぐ眠くなる」
「オレもあれはちょっと読み終わるまで時間かかったな」 

 文章そのものが堅苦しい書物であったが、内容は興味深かった。見たことも聞いたこともないような神、化け物、呪文が多数出てきており、最初は実在する神話を元にして綴られた研究書だと思っていたのだ。世界は広いと思いながら読んでいたが、どうやら登場する神も逸話もすべて作者の創作であるようで、ここまで自分の想像を細かく研究する人間がいることに驚き、やっぱり世界は広いなという結論に落ち着いた。

「すごい細かく描かれた魔法陣のページはあったけど」
「それが引き金になったって? オレが読んでたときにはこんなとこに飛ばされたりしなかったぞ」

 そうククールは言うものの、エイトは魔物からの呪いを弾くような特異な面も持っている。自分で把握できなかっただけで、何かを発動させてしまったことは否定できない。

「いやー、でもそれ以外心当たりねぇしなぁ。つか、ククールのほうはどうなんだよ」

 何か思い出せることはないのか、と尋ねたが、銀髪の僧侶はエイトの質問に答えることなく、湖の中央付近へ視線を向けていた。どうした、とそちらに顔を向ければ、ぽこぽこと水面に泡が浮かび上がってきているのが見える。
 誰か、あるいは何かが水中にいる、とでもいうのだろうか。


警戒しつつオールを操ってボートの船首を湖中央へと向ける。

ふたりで顔を見合わせる。





2019.04.01
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