氷点下の激情・1 数日前、エイトを無理やり抱いた。 細い彼を押さえつけて、無理やり身体を繋げた。 単純に、珍しい毛色の動物がいたから手を出してみた。 ただそれだけのことだと思う。 モラルの低い自分には十分にありえることだ。 あの夜、エイトに言われた言葉にカチンときたことも確か。 ただそれでもやはり元々そういう欲望を持っていなければ、いくら衝動的にとはいえ彼を無理やり抱くなどという暴挙に出るはずがない。 そうやはり自分は元々彼を抱いてみたいと、そう願っていたのだ。 あの真っ直ぐで意志の強い瞳を持ち、無邪気に笑うその顔を快感で歪ませてみたい、と。 うっわ、オレってサイテー。 分かりきっていたことを頭の中で呟いて、ククールは先に行く小さな背中を見た。 あの日からエイトの態度は表面的には変わっていない。 一切全く全然、完璧に以前と変わらない。 こちらが拍子抜けするほどに。 できれば彼とはこれからも(せめてこの旅が終わるまでくらいは)友好的な関係を築いていたい。そう願うのに欲望のままに襲ってしまっているというのが既に致命的だが、それでも忘れてくれるというのなら、忘れていてもらおう。 ずいぶんと自分に都合がいい気もするが、正直ありがたい、という気持ちの方が大きかった。 エイトがあれをなかったことにする、というのなら、こちらもそれに乗るまでだ。思い出したくない記憶なのか、それとも犬に噛まれた程度なのか。どちらでも構わない。彼にとって自分という存在はその程度だったのだろうかと少々空しくなるくらいで、この場合そんな感傷こそどうでもいいことだろう。 ククールもエイトほどではないが演技には自信がある。多少の演技力がないと複数の女性と一度に付き合うといったことなど到底無理なのだ。今までと一切変わらない態度をエイトへとることなど、少なくとも他の仲間たちに気付かれないようにすることなど、ククールにとっては簡単なことだった。 「で、どうすんだ、エイト。その西の森とやらに行ってみるのか?」 ドルマゲスが潜んでいるはずの闇の遺跡に入るためには、結界を破らなければならない。そのために必要な魔法の鏡を手に入れたはよいが、城の学者によると鏡の魔力は失われているらしい。 城の入り口へ向かいながらククールが尋ねると、エイトは「うーん」と唸り声を上げた。 「今はキラーパンサーもいるし、そう時間はかからないだろうから行ってみといてもいいと思うけど」 彼がそう言うと、「兄貴がそう言うなら」とヤンガスも賛成し、ゼシカも「そうね、訪ねるくらいならすぐすみそうだし」と頷いた。ククールにも異存はないが、しかしすぐに西の森へ行くことが決定することにはならないだろう。 ククールはこの後に続く言葉を完全に予想できる。きっと、彼はこう言うのだ。「王の許可を得てから」と。 彼の予想通りの言葉を吐いたエイトに苦笑を漏らし、「じゃあ外に出てトロデ王に聞いてみようぜ」と彼を促した。 バザー開催中であるため、サザンビーク城下町は人通りが非常に多い。店が並んでいない西側の道でさえも人でごった返していた。町の外で待つトロデ王の元へ行くにはこの人込みの中を通らざるを得ない。エイトは早くもその人込みを見ただけでうんざりしたような顔をしていた。 「とりあえず俺は王に話をしてくるけど、みんなはどうする? バザー、見ていく?」 バザーに出ている店には、普段町にある店では買えないものが並んでいるという。それならば開催されているうちに買っておかなければ、もう二度と手に入れることができないかもしれない。 そう提案するエイトへ「でもこの中ではぐれたらあとで合流するのが大変じゃねえ?」ともっともなことをククールが言った。 「みんなで一旦町の外に出て、トロデ王に話を通してどうするか決めて、バザーを見るのはそれからでもいいだろ」 これから先の予定が決らないことには動きようがない。 筋の通ったその意見にエイトは言葉を返すことができず、妙な顔をしていた。 「ククールに言い負かされたーっ!!」 どうやらそのことが悔しかったらしい。 そのまま泣きまねをして人込みの中へ走り去ろうとするエイトの襟首を「だからはぐれるなって」とククールが取り押さえる。これ以上話がもめないうちに、さっさと町の外へ向かおう、と体の大きなヤンガスを人よけとして先頭に、彼の後にゼシカ、エイトが続き最後尾をククールが行く。 「どうしてお前はそうあちこちに行こうとするんだ。ほれ、大人しくゼシカのあとを追え」 周囲へ視線をめぐらせ、どうしてか真直ぐに進まないエイトの首根っこを捕まえてはぐれないように背を押す。それに気が付いたゼシカが振り返って「何なら、手、繋ぐ?」と笑いながらエイトに向かって手を差し出した。 「オレも迷子になるかもしれない」 そう言ってククールが彼女の手を握ろうとすると、「だったら二人で手を繋いでなさい」と怒られた。叩かれた手を所在無さげに宙に彷徨わせたあと、目が合ったエイトに「手、繋ぐ?」と尋ねてみる。 「一緒にスキップしてくれるなら」 彼は平然とそう返してこちらに手を出してきた。 さすがにその提案はすぐには飲みかねる。ククールが迷ったその一瞬に気付いたエイトは、「そう……ぼくとはスキップも一緒にできないんだね……ひどい、ククールのこと信じてたのに……!」と泣きながら走り去ろうとするも、この人込み。正面にいた商人にぶつかり、その右横にいた兵士にぶつかり、どこぞのメイドにぶつかって、結局ククールの元に戻ってきた。 「タダイマ」 「お前がアホなことやってる間にはぐれてしまいました」 片手を上げたエイトへククールがそう言うと、「ダイジョブ、ダイジョブ。目指すは町の外!」とまだ遠い城壁を指差す。確かに行く先は同じなのだ。途中ではぐれたところで問題はないが、手間がかかるのも事実。 「お前を一人で歩かすと日が超えても戻ってこなさそうだ」 そう言って、ククールはエイトの腕をつかむ。 一瞬彼の体が強張ったような気がしたが、それを錯覚という枠へ押し込めてから人込みを掻き分けて進んだ。 本当に、どうしてこんなにも人が集まっているのか。 バザーに出店している店を恨めばいいのか、集まっている人々を恨めばいいのか、バザーを開いた国を恨めばいいのか、このタイミングに居合わせた自分たちを恨めばいいのか。 まったく人気がない場所というのも好きではないが、人が多すぎる場所というのも得意ではない。他人の体温が必要以上に近くにあることに耐えられないのだ。 このまま黙々と進んでいては、人込みから抜けるころには本当に気分が悪くなっていそうだ。そう思ってククールは何かほかのことに考えを向けようして、自分が握っているその手首の感触を意識した。 こいつの手首って細いよなぁ。 ククールの手だってそれほど大きいわけでもない。そもそも男の中でいえば華奢な部類に入るのだ。そんな彼が握っても優にその指が余るほどの太さしかない。この細腕でどうやってあんな怪力を発揮しているのかは分からないが、ふと、ククールは思い出した。 思い出してはいけないことを思い出した。 あの夜。 彼のこの細い手首を縛りつけたのだ。 決して振りほどけないように、きつく縛りつけた。 彼が必死で抵抗したため手首に残った赤い傷跡は、治癒魔法で治してしまったけれど。 そのままにしておいた方が良かったかもしれない。 細い手首を握り締め、ククールは改めてそう思った。 それは彼に対する征服欲なのか、それとも独占欲なのか。 考えられるとすれば前者であるとは思うが、どちらにしろ。 醜い感情だよな。 そう思って浮かべた笑みを、いつのまにか隣へ並んでいたエイトが目撃していたなど、ククールは知る由もなかった。 ←序章へ・2へ→ ↑トップへ 2005.01.31
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