氷点下の激情・3 戦闘開始時に少々のトラブルがあったものの、エイトたちは何とかドルマゲスを倒すことに成功した。結果呪いが解けぬままだというのは少々予想外ではあったが、これでゼシカやククールの本願は達成された、ということになる。 エイトやそしておそらくヤンガスもまだしばらくは旅を続けなければならないだろう。王と姫と、トロデーン城にかけられた呪いを解くまでは彼らの旅は終わらない。 ただこれからのことは明日考えるとして、とりあえず今はゆっくりと休もう、ということになった。 そうして一行が向かった先がサザンビーク城下町である。 辿り着いたその足ですぐに宿屋へ向かい部屋を取る。久しぶりに、今日はククールとエイトが相部屋だった。もしかしたら、あの夜以来かもしれない。 いつもならククール以外の二人ならどちらでも構わない、と言うゼシカが、今日はどうしてだかヤンガスを同室相手に選んだのだ。仲間の前ではいつも通り振舞っているため、彼との相部屋に文句を言うことも出来ずククールはそれを受け入れるしかない。 しかしいくら今までどおりといっても、やはり多少の気まずさはあるわけで、むしろエイトの方が同室を嫌がるのではないかと思うとなかなか部屋に戻れないでいる。 行く場所もなくて酒場へ顔を出したものの、勝利の美酒は一人で飲んでも味気なさが増すだけだ。せめて共にそれを達成した仲間たちと飲みたい、と思うのが人間ではないだろうか。 そう思ったククールは甘めの果実酒のボトルを二本買うと、それを手に宿屋へと引き返すことにした。 今日もいつも通りトロデ王は町の外である。ドルマゲスさえ倒せばそういう日々に別れを告げられる、そう思っていたが現実は以前と何ら変わらない。ククールとエイトの関係が以前と何ら変わっていないように。 さすがにこれでいいのかという思いがないわけではない。罪悪感だって人並み程度にはある。別に、彼のことが嫌いであるわけではないのだ。むしろ好意を抱いているといってもよい。それはもちろん一人の人間としてであり、恋愛対象としてという意味ではないが、それでも彼に嫌われるなり、拒否されるなりすれば自分が酷く落ち込むだろうことくらい想像がつく。 今さら、と人は言うだろう。彼自身もそう思う。 あのようなことをしておいて今さら、と。 しかしあんなことでもなければ、ククールは改めて彼について考えることはなかっただろう。あれ以来エイトについて考える機会が増えたことも確か。 それがククールにとって良いことなのかは分からなかったが、少なくともエイトにとっては迷惑この上ないだろうとは思う。 しかし、どうせもう今日で最後なのだ。 ドルマゲスを倒した今、ククールが彼らの旅に同行する理由ははっきり言ってない。 そう、今日で最後なのだ。 考えながら宿屋へ戻り、酒瓶とグラスを手にゼシカとヤンガスの部屋をノックする。しかし返事はない。もう眠ってしまったのかもしれない。ゼシカなど酷く疲れていた様子だったから、それも仕方ないだろう。この分だとエイトも既に眠っている可能性もある。 それはそれで部屋に戻りやすくていいな、と、さすがに一人で飲むには多すぎるので不要になったグラスを返すついでに、果実酒のボトルを宿屋の女将に一本渡しておいた。 残ったもう一本と、一応彼が起きていたときのためにグラスを二つ持って、部屋へと向かう。 そういえば部屋のカギを持っていただろうか。もしこれでエイトがカギをかけて眠っていたら、本格的に今夜の寝床を心配しなければならなくなるかもしれない。 しかしククールのその思いは杞憂に終わった。 部屋の扉にカギがかけられていることはなく、中ではエイトが今まさに眠りにつこうとしているところだった。 「無用心だな。寝るならカギくらいかけろよ」 そうなれば困るのはククールの方なのだが、それでも思わずそう言ってしまう。すると彼は面倒くさそうに顔だけこちらを見て、「お前がカギ持ってったか分かんなかったから開けといたの」と言った。 どうやら自分のことを心配してくれたらしい。その言葉にククールは「それは悪かったな」と言って、コトリと手に持っていた瓶とグラスをサイドテーブルの上に置いた。 「お詫びのしるしに一杯いかが?」 コルクを抜くとアルコールと果実の香りがふわりと漂う。あまり深く考えずに買ってきたが、これはこれでなかなか良い選択だったのかもしれない。そう思いながら自分のグラスに注いでいると、むくりと起き上がったエイトが「いただきます」と素直にグラスを手に取った。 彼自身はっきりと言ったことはないが、おそらくエイトは酒が嫌いではない。しかもかなりいける口だ。なにせ今まで共に旅をし幾度か杯を交わしてきたけれど、彼が酔ったところを見たことがないのだ。 「どう?」と酒の味を問うと「高そうな味がする」という答えが返ってきて、彼らしいそれにがくりと肩が落ちる。どうしてうまいまずいという感想すら口に出来ないのか。 そう思ってふと、今まで一度でも彼が食事に対して「おいしい」とか「まずい」とか言ったことがあっただろうか、と疑問に思う。もしかしたら自分はその言葉を一度も聞いたことがないかもしれない。 そもそも彼にはあまり食事に対する欲求が見られない。空腹を訴えることもほとんどなかった気がする。それは睡眠に関しても言えることで、欠伸をしたり眠たそうに目をこすっているシーンを目撃したことはあるが、寝坊をしたり、野宿での火番で彼が居眠りをしているところを見たことはなかった。 些細なことではあるが、改めて考えれば酷く異様なことであるような気もする。 食欲と睡眠欲と。人間の三大欲求のうちの二つまでもが、彼のうちではそれほど重要なものとして認識されているようには見えない。 だとすれば残りのもう一つに関してはどうだろうか。 下世話な方向に転がり落ちる自分の思考に、ククールは軽く苦笑を浮かべた。 目の前で酒を飲んでいるククールがそのようなことを考えているなど思いもよらないのだろう、エイトはごそごそと自分のカバンをあさって、「つまみ、要る?」とチーズを取り出してきた。 トーポにやるためのものだが、「普通のチーズ」や「やわらかチーズ」くらいなら十分に人間も食べられる。しかし取り出したはいいが、エイトはそれをちぎっては自分の手元にいるトーポへとやっていた。 「俺もこれ食ったら火を吐けるようになるかな」 チーズの欠片をじっと見詰めながら、少しだけ期待のこもった声でそう言う。 「いや、そこは吐かないままでいいと思う。ってか人間としてやめとけ」 エイトならばそれくらいやりかねない。嬉々として口から火を吐き出す彼が、おもしろいくらい簡単に想像できる。しかしその被害を受ける可能性の一番高いポジションにいるククールとしては、なんとしてもとめておかなければならない事柄だった。 しばらくはそのような他愛もない、いつもと変わらぬ会話を交わしていたが、そのうち話題もつきふと訪れた沈黙が室内を支配するようになる。 居心地がいいのかそれとも気まずいのか。 どちらだろうかと考えなければならない状態がそもそも異常なのだろう、そう考えていたククールの耳に、ぽつりとエイトの声が届いた。 「……ゼシカはさ、もう兄さんの仇を討ったからこれで終わりだよな」 続けて、「ククールも目的は果たしたから、もう旅は終わりだよな?」と尋ねてくる。 「ああ、そうだな。オディロ院長の仇は討ったわけだしな」 王さまや姫さまの呪いが解けてないってのは気になるけど。 ククールが答えると、エイトは「そっか」とだけ言ってグラスに口をつけた。 いつになくどこかしょげたような、そんな雰囲気を漂わせるエイトを見て、ククールが笑みを浮かべてからかう。 「オレやゼシカがパーティを抜けるから寂しいんだろ」 その言葉にエイトは、はっと顔を上げて真っ直ぐにククールを見詰めた。 その過剰な反応に驚いたのはククールの方だった。目を丸くしてエイトを見ると、視線に気付いたらしい彼は小さく「ごめん」と謝った。そして自分の手の中にあるグラスへ目を落として、「そうかもしれない」とククールの言葉を肯定する。 「……珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」 エイトは「うまい」「まずい」と同じように、あまり自分の感情を口にしたりしない。笑ったり怒ったりすることはよくあるのだが、「楽しい」「嬉しい」、あるいは「悲しい」ということをあまり口に出さない人間なのだ。 何故なのかは知らない。興味がなかったため尋ねたこともない。 しかしその彼が、疑問形とはいえ感情を自ら口にした。 一体どんな心境の変化だろうか。 「今日もさ、遺跡の中で考えてたんだよ。なんかこう、ドルマゲスを倒したあとのこと考えたらすっきりしないっていうか」 自分でもよく分かっていないことについて語るのだ、言葉が曖昧になるのも仕方ないだろう。それに頷きながらククールは、「ああ、だから階段から落ちそうになった?」と尋ねた。 「そう。一生懸命考えてたんだ。で、考えて考えてようやく『もしかして俺って寂しいのかな』って思ったことを、今ククールが簡単に当てたからちょっとびっくりした」 エイトは苦笑を浮かべて言った。 この状態なら普通、誰もが寂しさを感じていると予想するだろう。自分がその立場におかれたら寂しいと思うだろう、と想像できる。 そのことをエイトは知らないとでもいうのだろうか。 そしてふと思う。 彼が今まであまり自分の感情を言葉にしてこなかったのは、それが何であるか彼自身が分かっていなかったからではないだろうか。 「お前が感じてるのは寂しさで間違いないよ」と、ククールがそう断言すると、エイトは少し困ったように笑って、 「あまりいい気分じゃないから、出来れば感じたくないんだけど」 どうすれば消える? と首を傾げる。 どうしたらそういう発想になるのか。頭痛を覚えて額を抑えながらククールは答えた。 「……普通、そういうもんはそう簡単に出したり引っ込めたりはできねえって」 「そうなの?」 どこか不思議そうな表情をしている彼へ「そうなの」と告げて、ククールは空になった互いのグラスへ酒をそそいだ。 もしかしたら彼は、抱いてきた感情の名前さえ分からないままそれを押し殺してなかったことにする、ということを今まで日常的に行ってきていたのかもしれない。 ←2へ・4へ→ ↑トップへ 2005.02.02
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