恋人宣言・1 衝撃の宣言を行った数日後、エイトは言葉どおり、ククールを落とす数々の攻撃を仕掛けていた。抱きつく、キスをする、デートに誘う。それはどちらかというと恋愛的な色よりもむしろ、お気に入りのおもちゃを見つけた子供の色が強い行動ではあったが、巻き込まれるほうにとっては迷惑この上ない。 今まで散々エイトのぶっ飛んだ行動に溜め息をついてきていたが、今回のはかなり酷い。 「はい、ククール、あーんして?」 今朝早く滞在していた村を出発し、てくてくと草原の中に続く道を歩み続け、太陽がほぼ真上にきた辺りで昼休憩でもとろう、と一向は脇の広場に馬車を止めてそれぞれくつろいでいた。 その中、ちょうど転がっていた一本の大木を椅子代わりに腰掛けていたエイトが、切り分けたリンゴを隣に座るククールの口元へと運んでいるのである。 「エイト、そういうのは恋人同士がやることだろ」 呆れたようにそう言って、ククールはエイトの手からリンゴの突き刺さったフォークを奪い取って、自分の手で口に運ぶ。それにエイトが「えー」と不満の声をあげた。 「じゃあ、早く俺のコイビトになって?」 「なれるかっ!!」 可愛らしく小首を傾げて言われても、男の恋人などごめんである。声を荒げて言うと、またもエイトは「えー」と唇を尖らせた。 「何だよ、男が男好きになっちゃ悪ぃってのか」 「悪かないがオレを巻き込むな。オレは女が好きなの! 女の、柔らかい体が好きなの!」 至極当たり前のことを力説しなければならないのも辛いものがある。言えば言うほどゼシカから白い目で見られそうだが(というか、実際軽蔑したような目で見られているが)、それでもエイトの凶行を止めるための犠牲として割り切るしかない。 肉体的なことを言われてしまうと男であるエイトにはどうすることもできない。唇を噛んでから、「ククール、もっと柔軟な考えが出来るやつだと思ってた」と悔しそうに言う。 「お前の頭が柔らかすぎんだ。つか、何も入ってねぇだろ」 「ククールへの愛なら溢れるほど詰まってるけど?」 「溢れさすな、しまっとけ。オレが迷惑」 疲れた色を滲ませた言葉をどう勘違いしたのか、エイトは「心配しなくても溢れすぎてなくなることなんかないから、だいじょーぶ」と笑った。 いや、心配してないから。むしろなくなちゃってくれた方がこっちも嬉しいんですが。 その思いは例え口にしたとしてもエイトに届くことはないだろう。どこを間違えればそうなることが出来るのか、彼の耳は都合の悪いことはきれいさっぱり聞き流すことが出来る仕様になっているらしい。 はあ、と大きく溜め息をついたククールへ「疲れた時は甘いものが効果的」とエイトがチョコレートを差し出してくる。疲労の大きな原因となっている本人にもらうことに酷く抵抗を覚えたが、時には諦めも肝心であることを学んでいたククールはありがたくそれを頂戴することにした。 「エイト、ククール。イチャイチャするのはそれくらいにして、そろそろ出発しましょう」 板チョコを折って口へ運んでいたククールと、それを幸せそうに眺めていたエイトへ馬車の荷台を覗き込んでいたゼシカが振り返って声をかける。 「いや、イチャイチャしてねぇし」 「ゼシカってば、ほんとのこと言わないでよ」 彼女の台詞に二人は同時に真逆の言葉を返す。ククールは心底嫌そうに、エイトは心底嬉しそうに。 「照れなくても良いじゃん」とククールの背中を叩いて、ミーティア姫の方へと走っていくエイトの背中を見て、ククールはもう一度大きく溜め息をついた。 「無駄にエイトを喜ばせるのは止めてくれるか?」 「あら、今のうちにたくさん持ち上げとけば、飽きるのも早いんじゃない?」 疲れたように吐き出された台詞に、ゼシカが肩をすくめて答える。しばらく彼女の言葉を反芻し、ククールは「それもそうか」と思わず納得した。 どうせこの一連のエイトの奇行もいつもの気まぐれなのだ。おもしろそうだからという気持ちが根本にあるに違いない。 だとしたらさっさと満足させて飽きさせた方がこちらにとっても好都合である。 「……や、でもさすがに恋人ごっこは無理」 「でしょ? だから、周りが冷やかしてエイトに満足してもらうしかないじゃない」 エイトのわがままに付き合って彼の恋人を演じる自分を想像し、軽く眩暈を覚えたククールがそう言うと、ゼシカは分かってるわ、といった顔で答えた。 「ゼシカが女神に見える」 「だからしばらくエイトの面倒、よろしくね」 思わず彼女を拝みかけたところであっさりと非情な言葉を投げつけられ、ククールはう、と言葉を詰まらせた。 確かにそうだ、エイトがククールとの熱い恋愛(ごっこ)に夢中になっている間は、彼の意識がゼシカやヤンガスへ向くことはない。つまりその間彼女たちは平和そのものであるということで。 「……オレって損な役回りだよな」 「今度何か奢るわ」 肩を落として呟いたククールへさすがに同情したのか、ゼシカが苦笑を浮かべてそう言った。 ←0へ・2へ→ ↑トップへ 2006.01.09
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