恋人宣言・2 「さーいしょーは、ぐぅ!」 宿屋の入り口の前でエイトののんきの声が響く。 目的の町へたどり着き、外で待機するトロデ王たちへの食事の手配等が終わると、エイトたちがまずすることはジャンケンだった。 「ジャンケンポン!」 始めのジャンケンはグーパージャンケンで、宿屋の部屋割りを決定するためのもの。何か特殊な事情がない限り、部屋はいつもツインを二つ取るのだ。 エイトとククールがパー、ゼシカとヤンガスがグー。 それぞれ同じ組を出した人間が軽く目を見合わせて、代表者を決定。この間に会話はない。もう何度も繰り返してきたことなのだ、言わずとも分かる。 「最初はぐぅ!」 エイトの掛け声でゼシカとククールが同時にグーを出した。 「ジャンケンポン!」 ククールがチョキで、ゼシカがグー。 やった、と小さく呟いたゼシカとは対照的に、ククールは自分の手を眺めて小さくため息をつく。 「悪ぃ、負けた、ってお前なんか嬉しそうじゃね?」 「や、だって二人で買い物ってデートっぽいじゃん」 二度目のジャンケンはどちらの組が買出しに出かけるのか、を決定するためのものだった。町が大きい場合、あるいは初めて行く場所ならば四人全員で出かけることもあるが、そうでなければできるだけ自由な時間が増えるほうがいい。よって、どちらか片方の組二人が買い出しに出かけることと、いつの間にやら決まっていたのだ。 嬉しそうに言うエイトを無視してククールはゼシカへ「メモある?」と尋ねる。尋ねたのは彼だが手を差し出したのはエイトで、ゼシカは少しだけ迷ってエイトの手に事前に用意していたメモの切れ端を渡した。そして「余計なものは買ってきちゃ駄目よ」と念を押す。彼女はそのままククールのほうを見上げると、「よろしく」とだけ言った。買い出しをよろしく、というよりもむしろ、エイトのお守りをよろしく、という意味のほうが大きいだろう。小さな子供ではないが、彼は目を離した隙に何をしでかすか分からないのだ。 りょーかい、と頷いて、ククールは先に歩き出したエイトの背中を追った。 「薬草を、いっぱいぃ、毒消し草を五つぅ、満月草をぉ、ふたぁつ、ビックリ○ンチョコを、よっつー」 「待て待て、最後のは要らねぇ。気を利かせて全員分買うな」 「何を言う、全部俺が食うの」 「尚更要らん」 ぱこん、と頭を殴ってエイトの手にあった駄菓子を元の位置に戻す。店にいる間これを繰り返すわけだ。さすがに三回目となるといちいち反応をするのが面倒くさくなってきた。そんなククールに気が付いたのか、エイトは笑いながら残りの品物を集めると大人しく会計へと向かう。 これだから本気で怒れないんだよな。 店の主人と談笑をしながら代金を払っているエイトの後姿を見ながら、ククールは思う。エイトは人が本気で嫌がる、あるいは怒る一歩手前で必ず自分から引くのだ。引き際をわきまえている。 今回の惚れた宣言から始まる恋人騒動にしてもそうだ。ククールが本気で嫌がる前に(ククールとしては常に本気で嫌がってはいるのだが)必ず自分から引く。それがきちんと計算されたものなのか、それとも本能的なものなのか。どちらにしろ彼がそんな感じだから、怒るに怒れない。 いっそ、きちんと拒否の意を示した方が良いのかもしれないとは思うが、おそらくエイトにとってはただの遊びの一環に過ぎない。それを本気で拒んで彼を傷つけるのもどうだろう、と思う。つまりはサンタクロースを信じている子供にその不在を突きつけるような感じかな、とククールは考えた。 そんな残酷なこと、できるはずがない。 「どした、ククール。行くぞ?」 ぼう、とどうでも良いことを考えている間にエイトは清算を済ませ、荷物を抱えて既に店の出口へと立っていた。見た目重そうな方を当たり前のように彼から受け取り、ゼシカのメモを見ながら「あとは防具屋な」と言うエイトの後に続く。 「防具屋? 何買うの?」 「や、バンダナが欲しいみたい。錬金で使うのかな」 首を傾げるエイトへ呆れたように「お前、リーダなんだからもうちょっとパーティ内のこと把握しといたら?」と言うと、彼は「リーダよりもお母さんの方が位は上ってことだろ」とあっさり返してきた。 なるほど、と納得するほかない。 「荷物さえなけりゃ腕が組めるのに」 「あってもごめんだ」 「じゃあ手をつなぐ」 「だからごめんだっての」 そんな他愛もない会話をしながら店が並ぶ通りを北へと上り、防具屋を目指す。 その途中、ふとエイトが歩みを止めた。隣を歩く橙色のオレンジが揺れなくなったことに気づき、ククールも同じように足を止める。彼の目が向く先をたどれば、そこに小さなクレープ屋があった。 「腹でも減ったか?」 「んー、っていうか、ここは『食べたい』って我侭を言うところかどうかを悩んでいた」 ときたま、ククールにはエイトの言う意味がよく分からないことがある。今の言葉もそうだ。一体どういう意味で彼がそんな言葉を口にしているのか、考えないと理解できない。考えても分からないときさえある。 エイト独特の感性によるものだとは思うが、そういう言葉を聞くのはあまり好きではなかった。おそらく理解できないものを嫌う人間としての本能的な感情だろう、とククールは思う。 小さくため息をついて、「イチゴとバナナとチョコしか種類ねぇぞ」と言葉にする。「じゃあチョコ」という答えを耳にし、ククールはその小さな屋台へとクレープを求めに歩み寄った。 ←1へ・3へ→ ↑トップへ 2006.01.10
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