恋人宣言・3


「お前、ここでそれ食いながら荷物見てろ。オレは防具屋に行って来るから」

  買い求めたのはエイトの分のみ。近くにあったベンチへ腰掛けてクレープ攻略に取り掛かったエイトへ荷物を押し付けてそう言うと、目の前の敵を相手にすることだけで一杯一杯なのか、彼はこくこくと頷いただけだった。
 はあ、とため息をついて、一度エイトからクレープを取り上げる。

「街中で一人になったときの三か条」
「一、知らない人についていかない。
 二、知らない人から物をもらわない。
 三、むやみやたらに動かない」
「はいよくできました。じゃ、大人しくこれ食ってろ」

 指を折って唱えたエイトの頭を撫でて、再びクレープを突きつける。あれがなくなるまでは彼は大人しくベンチにいるだろう。つまりククールが安心して買い物ができるのはクレープの命が尽きるまでである。短時間ではあるがここから防具屋までそう遠くはない。バンダナを買って戻ってくるには十分の時間だろう。
 もくもくとクレープを食べているエイトを残し、ククールは早速防具屋へと足を向けた。

 いまさらバンダナなんか、ホントに何に使うのやら。

 そう思いはするが、ククール自身アイテムの整理など頼まれてもごめんである。自分にできないことをやってくれている人に感謝こそすれ、疑問や不満を抱くのは何か違うだろう。そもそもアイテムに関してゼシカの管理が問題となったことなど今までに一度もない。この点も含めパーティの誰もが彼女のことを信頼している。
 防具屋で目的のものを購入し、小さな紙袋を片手にゆっくりとエイトがいるベンチへと戻る。
 それほど大きなものでもなかったためか、既に手の中からクレープはすっかり消えており、エイトは手持ち無沙汰そうにベンチに腰掛けて足を揺らしていた。

 あんな姿見てるとただの子供そのものなんだけどな。

 実際に彼の実年齢を聞いたことはないが、城で兵士をするくらいなのだからまさか十代前半ということはあるまい。しかし武器を持たない彼の姿を見ていると、時々それくらいなのではなかろうかと錯覚してしまうことがある。
 今もまさにそんな状態で、口を閉じ、ただじっとある方向を見やるエイトの横顔は普段よりぐっと幼く見えた。

 ってか、何見てんだ、あいつ。

 ふと疑問に思い、エイトの視線の先を追う。先ほどのように食べ物屋の屋台でもあるのかと思えば、そこには素晴らしい毛並みの白馬が一頭、街路樹の幹に繋がれた状態で立っていた。上等とはいえないが鞍も轡もついている。おそらく誰かの乗用の馬なのだろう。その白馬をエイトはぼう、とした視線で見つめているのだ。

 誰かさんと重ねてるのかね。

 そのときのククールは深く考えず、ただそう思っただけだった。



 買出しは買ってきたものを管理者、つまりゼシカに手渡したところで役目を終える。部屋ではなく宿屋に入ってすぐの談話室で二人を待っていたゼシカへ荷物を渡すと、彼女はざっと中身を確認してから「オッケーね」と笑みを浮かべた。この時点で買い忘れ、買い間違いがあると容赦なく再び街中へと放り出される。アイテムの整備はこれからの行程に直接関わってくることなので、そのことについて誰も文句は言わない。
 とりあえず今回はきちんと買い集めることができたようだ。これで晴れてエイトたちにも自由な時間が訪れたことになる。
 先にチェックインをしていたゼシカが二人の部屋の鍵をククールへと渡すと、彼は無言のままそれをエイトへ押し付けた。そして二人へ手を振って出口へと足を向ける。
 ぴん、と何かを感じたのか、エイトは「あ!」と声を上げてククールを指差した。

「女のところへ行く気だ!」
「失礼な言い方すんな。ちょっと酒場へ行くだけだ」
「でも結果的には同じことだろ」
「目的がそれだからな。折角の自由時間なんだ、好きなことさせろ」

 あっさりとそう返して宿を出て行ったククールを、エイトは頬を膨らませて追いかける。足の長さが違うため、振り返りもしない彼と並ぶためにエイトは小走りにならざるを得なかった。

「俺も行く」

 追いついてきたエイトの言葉にククールはあからさまに嫌そうに顔をしかめる。

「何で」
「折角の自由時間なんだから、好きなことする」

 ククールの台詞を真似てエイトはにやりと笑う。
 その表情を見て、ククールは溜め息をついた。邪魔をする気満々だ。生き生きとしている彼を止められるはずがない。
 今日はナンパは諦めたほうが良いのかもしれない。そう思うと、無性に腹が立ってきた。別にそれが生きがいというわけではないが、それでも日々のストレス解消になっていることは確かで、わざわざ邪魔をされなければならないことではないはず。

 どうしてオレがこんなやつに振り回されなきゃならないんだ。

 前髪をかき上げて、思わず舌打ちをしてしまう。
 彼をリーダとしてついてきたのがそもそも間違いだったのか。だとしたらその判断を下したのは自分で、責めるべきは自分になってしまう。
 彼らとともに旅を始めるようになって、一体何度「諦める」という行為を繰り返しただろうか。諦めることに慣れてしまった自分がかわいそうだった。
 そんなことを考えていると、くい、と右腕を引かれた。視線だけそちらへやると、「分かりきってるけど一応聞いとく」とエイトが口を開く。

「俺、邪魔?」
「すっげー邪魔」

 眉をひそめて不機嫌な表情のまま吐き出すと、エイトは「即答すんなよ」と笑った。
 ここは笑うところじゃなく、傷つくところだろう。そう思ったが彼に常識的な対応を求めても無駄だということをククールはよく知っていた。
 ひとしきり笑った後、エイトは今まで掴んでいたククールの腕からあっさりと手を離す。

「じゃあ、ついていくの、止める。俺は宿で大人しくしてるよ」

 今までの態度から一転したその言葉に、ククールは思わず驚いて足を止めてしまった。

「何か企んでる?」
「まさか。好きなことをしたいだけ」

 ひらひらと手を振って笑みを浮かべる彼の言葉の意味が分からず首を傾げると、「お前が嫌がることはしたくないから」となんとも殊勝な言葉を続けられた。
 まただ、とククールは思う。エイトはこういう場面で必ず自分から一歩引く。

「だったらオレにせまるのをまず止めてくれ」
「んー、それはちょっと無理。本当にお前が嫌だっていうなら考えるけど、でも」

 好きだ、って言うことくらい許してくれても良いだろ?

 その言葉になんと返して良いのか分からず、ククールは「勝手にしろ」と言い捨ててエイトへと背を向けた。そんな彼に「いってらっしゃい」とエイトは手を振る。足を止めて振り返ることすらしなかったククールには、彼がどんな顔でそんな言葉を言ったのか、想像もできなかった。




2へ・4へ
トップへ

2006.01.11