恋人宣言・4


 すぐに飽きるだろうと思われていたエイトの気まぐれは、意外なことにかなり長く続いていた。それだけ面白い、ということなのだろうか。ゼシカなどは「もしかしたら本気なんじゃない?」と言っていたが、それはないだろうとククールは思う。
 しかし慣れとは恐ろしいもので、初めはエイトの言動に呆れ、軽い怒りが起こっていたが、こうも続けて繰り返されてくるとだんだんどうでも良くなってきた。もしこれがヤンガスだとかトロデ王が相手だったらこうはいかなかっただろうが、如何せんエイトなのだ。腕にまとわりつかれようが、背後から抱きつかれようが、見た目より子供っぽい弟が兄に懐いていると思えばどうということもない。周囲にいくらでも言い訳が効く。
 そのことに気づいてしまえば、あとはもうなし崩し的にエイトの好き勝手やらせるという事態へ陥った。

 もともと好き勝手やってる奴だしな。今更だよなぁ。

 ククールがそんなことを思っているなど露ほども知らぬエイトは、今日も今日とて彼曰く「大好きな」ククールにべったりと引っ付いてご満悦である。初めのころは冷やかしていたゼシカも「それじゃあご飯が食べにくいでしょ、離してあげなさい」と嗜めるほどに。
 ゼシカに注意され、エイトはしぶしぶと寄りかかっていたククールから体を離すと、とりあえず昼食だ、と用意された食事に取り掛かった。

 頭上には抜けるような青い空が広がっている。
 あまりの天気と陽気の良さにどこか気分も晴れやかになってきたのか、ゼシカが空を仰ぎながら「雲ひとつないわ」と明るく言った。それに同じように空へ目を向けながら「ああ、ほんとでがすね」とヤンガスが続く。ククールもつられて空を見上げたが、エイトだけは決して頭上を仰ぎ見ようとはせず「ピクニックみたい」と笑っていた。

 さっさと自分の食事を片付けると、エイトはまだ食べているククールを横からじっと見つめる。食べにくいから止めろ、と言ったところで彼は聞かないだろう。言うだけ無駄であるし、この視線にも慣れてしまった。
 デザートとして出された果物を平らげて、ゆっくり食後のコーヒーでも飲もうか、と思ったところで横からエイトの腕が伸びてくる。どうやら食べ終わるまで抱きつくのを待ってくれていたらしい。
 ククールの腰に腕を回して抱きつき、擦り寄ってくる。恋人というより子供か、あるいはペットのような仕草だな、とそんなエイトを見ていつも思っていた。

 コーヒーを諦めるかどうかククールが迷っていると、一度抱きつく腕に力を込めてから、エイトはがばっと体を離す。ククールを見上げて「充電完了」とにっこりと笑った。
 そして立ち上がると仲間へ背を向けて、トロデ王とミーティア姫の元へと向かう。普段ともに行動する彼らではあったが、どうしてだか食事だけは少し離れた位置で取るのが常だった。寂しくないのかしら、と言うゼシカへエイトは苦笑を浮かべて、たぶん俺がいなければみんなとご飯食べてたと思うよ、と答える。

 たとえどんな状況であろうと、トロデ王とミーティア姫は一国の王族であり、エイトは彼らへ仕える一兵士に過ぎない。他国の王と兵士の関係に比べずいぶんと親しいものとはいえ、彼らの中ではやはり画然たる差が存在するのだろう。国王と姫が兵士と普段の食事の場を共にするなど、ありえないことなのだ。
 兵士であるエイトさえいなければ、ほかのパーティメンバは「国王の知人」ということでともに食事をすることもできたかもしれない。エイトはそう言うのである。国王の知り合いもいなければ、仕えたこともない仲間たちは彼らの態度に、そんなものなのか、と肩をすくめる。当の本人たちがそれを当たり前として捕らえているのだ、部外者がどうこう言う問題でもないだろう。

 足音を立てず軽やかに去っていくエイトの背を視線で追いかけていると、ゼシカが横からコーヒーのカップを差し出してくれた。動けないククールの代わりに気を利かせて作ってくれたらしい。礼を言って受け取ると、彼女からは「振られちゃったわね」と言葉が発せられる。
 ククールはそれに肩をすくめただけで何も言い返さなかった。


 いくら天気がよくてもこのままのんびりとするわけには行かない。本日の行程をクリアしない限り、今晩の宿はないのだ。草原の中、かろうじて踏まれた後のある道らしきものと、地図を頼りにパーティは黙々と目的の町へと向かう。
 大抵はリーダであるエイトが地図を持って先頭に立っているのだが、今日は珍しく彼はゼシカとともに馬車の後方にいた。前にはククールとヤンガスの姿。御者席のトロデ王を交え、チーズの錬金レシピについて談義しているらしい。
 地図を開いてこれからのことをゼシカと相談する。こういった話はまずククールかゼシカとし、そのあと王へと伺いを立てるのがエイトの中での筋だった。自分一人で決定することはまずない。

「ねぇエイト、一つ聞いても良いかしら」

 あらかた話が終わり、エイトがかばんの中へ地図をしまい終えたころゼシカがそう口を開く。何、と目だけで問うと、「あんた、ククールのどこがいいの?」と尋ねられた。

「顔?」
「もっとましな答えを返しなさいよ。しかも疑問系ってどういうこと」

 苦笑を浮かべてそう言われ、エイトは困ったように頬をかいた。

「どこって言われてもなぁ。もちろん顔も好きだよ? なんだかんだ言ってもククール、顔綺麗だし。姿とか行動とか、全部綺麗だと思う」

 悔しいけれどそこは私も認めるわ、とゼシカは本当に悔しそうな顔で頷く。
 あの容姿であのスタイルだからもともと人に見られる機会が多かったのだろう。それに加え聖堂騎士団員という立場もあれば、当然普段からの居振る舞いが他人の視線を前提としていてもおかしくない。彼の場合はそれが自然に身についているため、ともに旅をする仲間であっても思わず見とれてしまうこともあった。

「あとは優しいとこかな」
「優しい? あいつが? そりゃ確かに女の人に対しては優しいかもしれないけど」

 エイトの言葉が俄かに当てはめることができず、ゼシカは首を傾げて疑問の色を示す。彼の優しさなど女性に対してのみ、しかも下心有りのものしか知らない。我侭で自分勝手で自意識過剰な彼が見返りなしで他人に優しくするなど、あまり考えられなかった。
 ゼシカの考えが分かるのか、エイトはクスクスと笑いながら「優しいよ、ククールは」と言った。

「じゃなきゃ、俺なんかとっくに嫌われて、口も利いてもらえないと思う。俺を傷つけたくないとか思って、本気で拒絶できないんだろうね。別に俺なんかいくら傷つけても全然構わないのに」
 まぁ、俺はその優しさに甘えさせてもらってるんだけどさ。

 肩を竦めて放たれたその言葉に、ゼシカはしばし唖然とする。戦闘に関すること以外でここまでエイトが真面目に考えることがあったなど、初めて知った。
 返す言葉を探しているうちにエイトは「なんにしろ」と言葉を続ける。

「俺は、ククールの全部に惚れちゃってんの。どうしようもないね」

 どうしようもない、そう言って浮かべられたエイトの笑みはとても柔らかなものだった。
 しかしゼシカにはそれが、今にも泣き出してしまいそうな張りつめた表情に見えて仕方がなかった。




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2006.01.12