恋人宣言・5 「エイト、最大威力のバギクロスを食らいたくなけりゃ今すぐ服を着ろ」 思わず左手に生み出してしまった小さな竜巻を何とか散らしながら、怒りを滲ませた声でククールがそう言う。ここのところ連続でヤンガスとの同室が続き、今日は久しぶりにエイトと同じ部屋だった。いつもならば酒場に行くなりなんなりするのだが、どうしてだかそんな気分になれず、宿屋の地下にある大浴場で汗を流してそのまま部屋へと戻ってきたのである。 濡れた銀髪から滴る水滴をぬぐいながら扉を開けると、ククールの目に飛び込んできたものは、ベッドに座り込んで裸エプロンで小首を傾げているエイトの姿だった。 「えー、折角こんなカッコしたのにぃ。ぐっとこない? 男はみんな裸エプロンに弱いって教えてもらったのに、嘘だったのかな」 どこから調達したのか、フリルに縁取られた白いエプロンのふちをひらりと持ち上げてエイトは不満そうに唇を尖らせた。太ももの際どい部分までが露になるが、相手はエイトなのだ。いくら扇情的な光景であったとしても、彼はれっきとした男なのである。 「誰だ、そんな知識をお前に与えた奴は」 「同僚」 「そうか、じゃあそいつに言っとけ、『男はみんな女の裸エプロンに弱い』んだってな」 もしかしたら弱くない男もいるかもしれない。しかしそれは男の裸エプロンに弱い男よりもきっと少数だろう。脱ぎ捨てられ床に放置されていたエイトの青い上着を拾い上げると、それを彼に向かって投げつける。「着なきゃ駄目?」となおも悪あがきをしてくる彼に、黙ったままにっこりと笑いかけてやる。ただしククールの左手には再び生み出された小さな竜巻。 それを見てエイトはしぶしぶエプロンを取り去り、上着へと腕を通した。もそもそと服を着ながら「ククールは裸エプロンが好みじゃないんだな、分かった」と何やら一人で納得している。 好みじゃないわけではない。あからさまなコスプレはあまり好きではないが、着ている人間が好みならば問題はない。ただエイトの勘違いを訂正するのも面倒で、「分かってくれて嬉しいよ」と適当に返事をしておいた。 「一つ賢くなったところで俺はこのまま寝る。じゃ、おやすみぃ」 語尾にあくびが重なり、エイトはそのまま布団の中へともぐりこんだ。壁へ顔を向けるように、つまりは窓際のベッドを使うククールへ背を向けるようにして横になる。ほかの(といってもククール以外で彼と同室になるのはゼシカしかいないのだが)メンバとではどうかは分からないが、ククールと同じ部屋になったとき、エイトはいつも壁へ顔を向けて眠る。決してこちらを見ようとはしない。覗き込まない限りエイトの寝顔を拝むことはできないのである。 いや、別に見たいって訳じゃないけどさ。 自分の思考に思わずそんな否定を入れて、ククールは濡れたままだった髪の毛をがしがしと乱暴にぬぐった。自分の髪の毛は嫌いではないが、洗った後乾くまで時間がかかるのが頂けない。このまま眠ってしまっても良いのだが、妙な癖がついて明日の朝困るのは自分なのだ。 髪を乾かす間特にすることもなく、ぼんやりと布団に包まるエイトの背中を見やる。 そういえば、こいつ。 そう思い、ふと気づく。どうも最近思考がエイトのほうへ流れがちだな、と。それは単に今目の前にいるからだろうか、それともエイトからの好き好きオーラにあてられてしまったのだろうか。どちらにしろ、一旦考え出したら止まらない。 そういえばこいつ、部屋ではひっついてこないよな。外じゃあれだけべたべた飽きもせずくっついてくるのに。 今日のようなちょっとした誘い(というよりもあれはどちらかというと単なるウケ狙い)ならば何度か受けた。しかしそれ以上(たとえば抱きついてくる、キスをしてくる、もっと言えばベッドまで押しかけてくるといった直接的な行動)は一切ないのだ。 エイトの傍迷惑な宣言から既にずいぶんと日にちか経っている。あれから何度となく同じ部屋になってもいる。そのうちの半分はエイトが寝入ってから部屋へ戻っているため、そういう機会がなかっただけなのだろうか。それとも単にそんな気分にならなかっただけなのか。 こいつの行動を深く考えるだけ無駄か。 ククールはエイトについて考えるのを放棄すると同時に、髪の毛を乾かすのもさっさと諦めて、休みたいという欲求に素直に従うことにした。 半乾きの状態だったにもかかわらず、翌朝髪の毛に妙な癖もつくことなく起床できたククールだったが、何故かまったく濡れていなかったエイトの髪の毛があらぬ方向へびよんびよんと飛び跳ねているのを発見し、思わず指をさして爆笑してしまった。起きたばかりでまだ片足を眠りの世界に突っ込んでいるらしいエイトは、ククールのその態度に頬を膨らませて、「自由にのびのび育てるのがうちの教育方針なんですぅ」と訳の分からぬことを言う。 「良かったな、お前の教育どおりに育ってるぞ。ただ、さっさと支度しないとまずいんじゃないのか?」 不真面目ではあったが、一応ククールは僧侶であり修道院で生活していた。そのため朝は基本的に強い。一人でさっさと準備を整えてしまっている。エイトはというと起きるのは起きるが、頭へ血が回るのに時間がかかるらしく、昼間の調子になるまでどこかとろとろとした行動になる。 ククールは、そんな様子のエイトを眺めるのが実は密かに好きだった。 顔を洗ってすこしすっきりしたのか、エイトはそのまま濡れた手で髪の毛を撫で付ける。しかしそれくらいで簡単に直る癖ではなかったらしく、やはり彼の髪は好き勝手な方向へ飛び跳ねたままだった。何度かそれを繰り返したが結局諦めたらしく、エイトはその頭のままバンダナを巻く。オレンジ色の布からはみ出た髪の毛を押し込んで、黙ったまま彼の行動を見ていたククールのほうを振り返った。目で「どうよ」と問いかけてくる。 「オッケ、誤魔化せてる」 親指を立てて答えてやると、エイトは「よっしゃ」と頷いてサイドテーブルの上のカバンを取り上げた。 揃って部屋を出ると、宿屋の入り口には既にヤンガスとゼシカが身支度を整えて立っていた。彼らと連れ立って宿を後にする。町の入り口で待機していたトロデ王たちと合流し、今日の行程を確認。このすぐ近くに町があるらしく、昼までにそこへ到着するのがひとまずの目標。その後は野宿を覚悟して進むか、とりあえずその町で一旦休むかどちらかにしよう、ということで話はまとまった。 じゃあ行きましょうか、というゼシカの言葉とともに、かつん、とミーティア姫の蹄の音が響く。ククールも彼らへ続こうとしたのだが、足を踏み出す前にエイトに呼び止められた。振り返って「何」と尋ねる前に抱きつかれる。 「朝っぱらからお熱いこと」 苦笑を伴ったゼシカの言葉が聞こえてきたところでようやくククールを解放したエイトは、「よし、やる気出た」と一人満足そうだった。 ←4へ・6へ→ ↑トップへ 2006.01.13
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