恋人宣言・6


 どうしても一つ、気になることがある。そのためか、ミーティア姫を先導するように並んで歩くエイトの背中を気づくと視線で追いかけていた。
 もしかしたら自分の思い違いなのかもしれない、あるいはたまたま今までがそうであっただけか。
 色々考えるが結論は出ない、当然だ。何しろ自分のことではなくエイトの行動で悩んでいるのだから。

 エイトの「ククールを落とす」という行動はいまだに継続中で、昨日は頬にキスまでされた。唇ではないだけましなのだろうが、あいにくとこちらには男にキスをされて喜ぶ趣味はない。手加減なしで頭を殴ると、エイトは涙目で「可愛い愛情表現の一つじゃんか」と文句を言っていた。その騒ぎを見ていたゼシカが「じゃあ私にもできる?」と面白がって自分の頬を指差すと、「え、やってもいいの?」とエイトは彼女の右頬にキスをした。
 あまりにもあっさりとされてしまったため、ゼシカはあとで「あの子の中で『恋人』としての好きと『友達』としての好きって変わりがないんじゃないかしら」と悩んでいた。
 ゼシカの悩みも当然だと思う。ほかならぬアタックされているククール自身もそう思うのだ。彼の中で愛だの恋だのといった色気のある事柄がきちんと理解されているとは言いがたい。そうでなければとっくにククールはエイトを拒絶し、この恋人騒動も幕を閉じていただろう。

 じっとエイトの背中を追っていると視線に気が付いたのか、エイトが振り返ってにっこりと笑う。手を振るまでは良かったが、あろうことか投げキスまでしてきた。何度も繰り返すが、男に投げキスをされて喜ぶ趣味は持ち合わせていない。
 げんなりと頭を抱えたククールの横で、ゼシカが「熱烈ね」と笑いをこぼす。

「でもどうしたの? エイト見ながら難しい顔してたわよ」

 どうやら隣を歩く彼女はククールの様子をばっちり見ていたらしい。そう言われてククールはうーん、とうなり声を上げた。

「ついにエイトに落ちた?」
「いや、それはない。ってか、一つ気になることがあってさ」

 ゼシカの言葉をきっぱりと否定し、ククールは思い切って悩みを打ち明けた。一人で考え込んでいても仕方がないと判断したのだ。

「エイトさ、外ではああやってベタベタしてくるじゃん。でも宿の部屋では全然なんだよ。話の中で話題として出てくる程度で、抱きついてもこねぇんだ」

 そう、この間からククールはこのことがずっと気になっていたのだ。一度気が付くと深層心理にこびりついてしまうのか、どうしてもエイトの態度の違いにばかり目が行くようになる。結果より一層気になってくるのである。
 外で彼は隙あらば抱きついてやろう、といつもククールの背後を狙っている。すばやさは引けを取らないが、反射神経等々、基本的な運動能力が違うためほとんどの場合エイトの行動を避けることができず、結果彼に抱きつかれることが多い。小動物に好かれている気分で、既に彼の体温にもなれてしまった。しかしその行動はすべて青空の下でのことなのだ。だから大抵ゼシカか、あるいは次の予定(出発時間、モンスターの出現等)に阻まれてしまい、エイトはしぶしぶとククールに回していた腕を離すのである。
 実は昨夜もエイトと同じ部屋だった。酒場へ行く気も起きずそのまま彼と一緒に部屋へと戻ったのだが、昼間の行動が嘘のようにエイトはククールに触れてこようとはしない。宿の部屋には彼ら二人しかおらず、邪魔をするものもいない。好きなだけ抱きつき放題だと思うのだが、エイトがそういう行動を取ることはなかった。だからといって会話がないかといえばそうではなく、いつもと同じようなくだらないことを話していたりする。宿の中に限るなら、彼が「惚れた」宣言をする前とほとんど変わらない空間が広がるのである。

「不満なの?」
「いや、違うって。ただ気になるだけ」

 そう、その態度の違いが気になるだけなのだ。
 ククールの言葉に今度はゼシカがうーん、とうなり声を上げる。小さなあごに手を当ててしばらく考え込んだ後、口を開いた。

「宿屋の部屋ってことは二人っきりってことでしょ? エイトも男の子だもの。触ったら歯止めが利かなくなるから自粛してる、とか?」

 歯止めが利かなくなる、つまりはそういう意味で、だろう。
 自分は一体エイトに押し倒される側なのか、それとも押し倒す側なのか。彼の中でどう捉えられているのか悩むところだが、ククールは真面目な顔で反論した。

「あのエイトが?」

 その一言で十分だ。ゼシカは頷いて「ありえないわね、あんたじゃあるまいし」とすぐさま自分の意見を引っ込める。
 あのエイトがそんなことを考えるはずがない。
 自粛、という部分もそうだが、それ以前に彼がキス以上のことをしたがっているようにはまったく思えないのだ。あまりにもその行動が子供っぽすぎるからだろう。エイトの中に性的な欲求の欠片も見えない。そんな彼が欲望を抑えられなくなるから、と自らの行動を制限するなど考えられなかった。

「そもそもな、オレは、エイトは姫さまを好きなんだと思ってたんだよ」

 彼らの視線の先には相変わらず白馬となった姫と親しげに会話をする(一方的にエイトが話しているだけだが)彼の姿。その表情はとても柔らかで、愛しさに満ちたものだった。
 エイトの突然の行動に驚き、振り回されていたため今まで忘れていたが、もともとククールは、エイトはミーティア姫に惚れているのだとばかり思っていた。もちろん一介の兵士と一国の姫君という身分の違いは大きい。だからこそエイトはそんな気持ちを隠して姫に仕えているものだとばかり思っていた。
 ククールの言葉にゼシカは「そうねぇ」と何やら考え深そうな声を上げる。

「私は寧ろ逆だと思ってたわ」
「逆?」
「うん、ミーティア姫がエイトを好きなの」

 呪いで姿を変えられてしまったミーティア姫は人の言葉を話すことができない。しかしこちらの言葉を理解することはできるし、表情や仕草で自分の意思を伝えることもできる。彼女のエイトに対する態度から何か読み取ったのだろうか、ゼシカは二人へ視線を向けながらそう言った。

「でも、姫には確か婚約者がいるだろ」
「婚約者なんて私にもいるわよ。でも、お姫さまはやっぱりお姫さまなのよね。他国の王族との結婚に自分の意思を挟むことはないと思うわ。ミーティア姫、ちゃんと自分の立場を理解してる人だし。だから人に戻ってもたぶん自分の気持ちを言うことはないだろうな、ってなんとなく思ってた」

 女の勘、だろうか。
 そう言われるとなんとなくそんな気がする。

「ってことはあの二人両思い?」
「ううん、エイトにはそんなつもりはないと思う。あの子、確かに姫さまのこと好きみたいだけど、私から見たらあれ、ただ甲斐甲斐しく仕えてるだけだわ」

 つまり主に抱く親愛や尊敬の念しかエイトは持っていないだろう、とゼシカはそう言うのである。

「って、私たちが外からあれこれ言っても仕方ないけどね。何しろ相手はエイトだもの、何やったって、何考えてたっておかしくないわ」

 本人が聞けば怒り出しそうな台詞だが、仲間内では十分に通じる言葉だ。しかし続けられた「だから、部屋の中でベタベタしないのも単なる気まぐれじゃない?」という言葉に頷きを返しながらも、「そうなんだけどさ」とやはりククールは何処か納得していない様子だった。

「あまりにも違いすぎて気になるんだよなぁ。ここまで違ってくると外でベタベタしてるのって、まるで」


 誰かに見せ付けるためみたいで。


 呟いたククールの視線の先には、ミーティア姫の隣を歩くエイトの柔らかな笑みがあった。




5へ・7へ
トップへ

2006.01.14