恋人宣言・7


「ククール、エイト、呼んできて頂戴。そろそろ出発するから」

 昼食の後片付けを終えたゼシカが木陰に座りのんびりしていたククールへそう声をかける。言われてみればリーダの姿が見えない。そんな彼へゼシカは「さっきしましまキャットが出てきて、それ追いかけていったの」とエイトが不在の理由を告げた。
 いくらエイトが猫を好きだとはいえ、守るべき主君を置いてそう遠くまで行ってはいないだろう。しかしどうしてそんな馬鹿なリーダを自分が探しに行かなければならないのか。
 不満が顔に表れていたのだろうか、ゼシカは苦笑を浮かべて「あんたが呼べばすぐに出てくるからよ」と言う。

「エイトー、そろそろ出発するぞー」

 がさがさと茂みをかきわけて進みながら、エイトを呼ぶ。「エイトくーん」と、もう一度名前を呼んだところで、左斜め前方に見慣れたバンダナのオレンジ色があることに気づいた。姿を目で捉えてしまえばあとは捕獲するだけだ。エイトを捕まえることなど、コツさえ知っていれば造作もない。
 名を呼ぶのも面倒くさくなって、ククールは黙ったまま草を踏みしめてエイトへと近づいた。

 草むらに座り込んだ彼のひざの上には確かにしましまキャットの姿がある。どうやって手懐けたのか、魔物は長い舌をだらりとたらし、ずいぶんと気持ちよさそうにエイトのひざの上で伸びていた。
 おいエイト、と言葉をかけようとしたところでふと気づく。
 彼は大好きなしましまキャットをそのひざに抱えているにもかかわらず、意識はまったく別の方向へと向いているようなのだ。じっとある方向を見つめるエイトの顔に表情はない。まさか彼がこんな表情を浮かべるなど想像もしていなかった、それほどの無表情だった。

 一体何を……

 どうやら自分たちが昼休憩を取っていた広場の方を見ているようだ。エイトに声をかけるのも忘れ、ククールは彼の視線を追う。
 彼が見つめるその先には、いつぞかのように素晴らしい毛並みの白馬が、ミーティア姫が父王と戯れている姿があった。

 エイトに表情はないが、その視線は何やら雄弁に語っているようで、ククールの頭の中にふと自分で言った言葉が蘇る。

 まるで誰かに見せ付けるためみたいで。

 ぴん、と何かが引っかかった、そんな気がした。

「おいエイト、何やってんだ、そろそろ行くってさ」

 湧き上がってくる感情を振り払って声をかけると、エイトはびくりと震えた後「あ、ククールか」とこちらを見た。その顔にはいつも彼が浮かべる笑みが張り付いており、先ほどまでの能面のような顔の気配は一切なかった。
 エイトはひざの上のしましまキャットを解放するとズボンについた草を払いながら立ち上がる。そして、うん、と伸びをしてから、ククールを見た。

 きっとここでは抱きついてこないだろう。

 視線が、ないから。
 ククールの予測どおりエイトは彼を見て、「行こうか」と促しただけだった。そんな彼の小さな背中へ視線をやりながら、ククールは思う。

 広場へ出て、出発間際にまた抱きついてくるんだろうな。

 その考えどおり、準備を終え、いざ出発という間際になってエイトは「充電」とククールへと抱きついてきた。
 慣れてしまったはずの彼の体温を感じ、それに比例するかのようにククールの心は何故かどんどんと冷えていっていた。

「なるほどね」

 エイトが離れていくと同時に思わず漏れた声に、あまりにも感情がこもっていなかったことに、自分のことながらククールは酷く驚いていた。




 夕闇が空を覆いつくす前に一行は目的の町にたどり着くことができた。予定の上ではもう少し時間がかかると踏んでいたのだが、思いのほか順調に旅が進んだのである。その日の目的地へは早くたどり着ければつけるだけ良い。それだけ自由になる時間が増えるのだ。
 トロデ王とミーティア姫が町の外で夜を明かせるように支度を整えたあと、揃って宿屋へと向かう。部屋割りはシングルを四つとツインを二つと、どう考えても後者の方が安上がりであるため結局いつも通り二対二で分かれることになった。
 最初はグー! というエイトの掛け声を合図に全員がこぶしを握る。結果エイトとククールがグー、ゼシカとヤンガスがパーとなり、エイト対ゼシカの買出しジャンケンはチョキ対パーでエイトの勝利となった。
 得意満面の笑みで「感謝しろよ」と言うエイトへ適当に相槌を打ちながら、宿の人間から部屋の鍵を受け取る。一つをヤンガスへ放り投げてから、ククールはさっさと宛がわれた部屋へと足を向けた。

「なんかククール、機嫌悪い?」

 ぱたぱたと小走りでククールのあとを追いかけてきたエイトが、部屋へ入ると同時にそう口を開く。それに「いや、別に」と答えながら、部屋の鍵をベッド脇のテーブルへと置いた。カチャリ、と無機質な音が部屋の中に響く。
 あっさりと質問をかわされたエイトは深く追求するつもりもないらしく、ただ「ふぅん」と言った後、いつものようになんの断りもなく壁際のベッドへと乗り上げた。
 この後の彼の行動は見なくても分かる。バンダナをはずし、ポケットの中からトーポを取り出しサイドテーブルの上へと置く。カバンからチーズを取り出してトーポへ食事を与えてから、部屋着に着替えるか、あるいは黄色い上着だけを脱いで寛げる格好をしてベッドへ寝転がる。見なくても分かる、それだけ長い間彼と時間をともにしてきたのだ。

「ククール、今日は酒場行くの?」

 彼が考えたとおり、トーポへ餌をやり終えたエイトは腰のベルトを抜き取って上着を脱ぎ捨てながら尋ねてくる。肩を覆うマントを取り外そうと手を上げたところでの質問だったので、ククールはその姿勢のまましばし考え込んだ。酒場へ出かけるのならここでマントをはずす必要はない。また身支度を整えるのも面倒だ。
 結局マントをはずすことなく手を下ろしてから、ククールは「それもいいな」と答えた。

「そうかー。お前を好きな人間としちゃあまり嬉しくない答えだけど、好きな人の楽しみを奪いたくないしなぁ」

 悩むところだな、と本当に難しそうな顔をしてそう言うエイトが、その表情が、その言葉が、何故かいつも以上にククールの癇に障った。なにやらこみ上げてくる苛々したものを抑えながら、ククールは口を開く。


「お前さ、本当にオレのこと、好きなの?」




6へ・8へ
トップへ

2006.01.15