恋人宣言・9


 ククールが酒場へ足を運ぶと、そこには珍しくゼシカの姿があった。
 カウンタでマスタ相手にグラスを傾けていた彼女だが、ククールが現れたことに気づくと笑みを浮かべて手を振る。誘われるままに彼女の隣へ腰掛けると、ククールはきつめのカクテルを頼んだ。
 そんな彼をちらりと見てゼシカはグラスを口へ運ぶと、「荒れてるわね」と小さく言う。自分としてはそんなつもりはなかったのだが、彼女からはそう見えるらしい。肩をすくめて「そんなことない」と否定するも、彼女には通じなかった。

「よければおねーさんが聞いてあげるわよ?」

 そう言って彼女は空になったグラスを振って見せた。とりあえず甘めのカクテルを注文したククールの横で、ゼシカは「どうせエイトがらみなんでしょ」と言う。
 ここまで見通されているのなら今更隠し立てをしても仕方がない。洗いざらい喋ったところで彼女の中でエイトやククールの評価が変わるとも思えない。
 そう腹をくくった彼は、カクテルがゼシカの手に渡ると同時にたった今部屋で起こったことをすべて話した。部屋での普段のエイトの態度、外での態度と違い、その理由と推測されること、おそらくそれが正しいこと、つまりは自分が彼に利用されていたらしいこと。

 一通り話を聞き終わったゼシカは、ふぅん、となにやら意味深な相槌を打ってから口を開く。

「それで、あんたは何でそんなに傷つきました、って顔してるの?」

 びしっとゼシカに指摘され、ククールは思わず口元を押さえ込んだ。しばらく返す言葉を探した後、諦めて「オレ、そんな顔してた?」と尋ねる。彼女は大きな目でじっとククールを見て、こくりと大きく頷いた。

「怒ってるってのは分かるわよ、確かにそういう利用のされ方したら誰だって怒るに決まってる。たぶん、エイトも分かっててやったんでしょうね。
 でも、あんた、怒ってはいるけどそれと同じくらいに悲しそうに見えるわ」

 怒りは、ある。もちろん、あるに決まっている。たとえこちらにそんな気がなくとも、今まで散々『好きだ』と言い続けながら、それがすべて嘘だったのだと分かり、気分が良いはずがない。
 だからこみ上げてくるこの感情はすべて怒りなのだ、とククールは思っていた。
 いや、思い込もうとしていた。

「ねぇククール、あんた、エイトの顔、ちゃんと見てあげた?」

 ぐるぐると自分の中で渦巻く感情の整理に躍起になっていたククールの耳に、ゼシカのそんな声が届く。どういう意味だろうか、と首を傾げると、「エイトってね」とゼシカはカクテルを傾けて喉を潤してから口を開いた。

「普段ああいう態度だから分かりにくいけど、結構色々隠してるように思うの。本人は隠してるつもりはないんだろうけど、どうやって表現したら良いのか分からないのかもしれないわね。何せあのエイトだもの、口では何を言っても、本当に何を考えているのかは分からないし、何を考えていてもおかしくないと思う」

 だからそう簡単に、たとえば言葉やちょっとした態度を見ただけでエイトの本心など分かるはずがないのだ、と。

「あれだけ好意を振りまくのは並大抵のことじゃないわ。たとえ裏側にどんな思いがあったとしても、本当に好きじゃなかったらあそこまで言い続けられないんじゃないかしら」

 そうなのだろうか。
 言い含められるような口調に、思わず納得してしまいたくなる。しかし心のどこかで、相手はあのエイトなのだから好意などなくてもやりかねない、と思う自分もいる。
 結局、本人に聞かずしてその本心など分かるはずもないのだ。

 今まで口をつけていなかったカクテルを少しだけ喉に通す。アルコールがす、と胃の中に落ちていく感覚と一緒に、ククールは自分の中にある余計な感情を落としていった。
 内省は得意な行為だ。だてに修道院育ちなわけではない。
 エイトに嘘をつかれ利用され、怒りを覚えている自分がいる。ここは考えずとも分かる部分だ。
 そしてそれと同じように利用され、傷つき悲しく思っている自分もいる。ここも認めよう、認めざるを得ないだろう。
 問題はその理由。
 利用され悲しく思うのは一体何故だろうか。
 単に仲間として裏切られた、とそう思っているのだろうか。
 そしてもう一つ、ククールの感情をかき乱す原因がふと、頭の中に蘇る。
 「迷惑だ」と言い捨てたときのエイトの表情。
 真っ黒いあの瞳が思考を侵食するかのように、意識にこびり付いて離れない。

「今まで散々エイトに振り回されてきたんだから、少しくらい振り回してもいいんじゃない?」

 ゼシカのその言葉がきっかけとなった。
 残りのカクテルを一気にあおってから、ククールは席を立つ。


「ククール、あんた、頭は悪くないでしょ? 少なくとも悪くはないと私は思ってる。だから間違えないようにしてね。私は今の四人の関係が崩れるのは嫌よ」
 今以上に仲良くなれるっていうのなら大歓迎だけどね。


 ゼシカの言葉にククールは口を開くことなく、背を向けたままひらひらと手を振っただけだった。




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2006.01.17