激情の終着点・1 杖に呪われていたゼシカが無事にパーティに戻ってきた。 ようやく自我を取り戻した彼女もそうだろうが、それ以上におそらくパーティの男連中の方がほっとしているだろう。やはり今まで四人で戦ってきていたのだ。突然抜けられると戦力的にも非常にきつい。もちろん、精神面でも彼女の不在はかなり堪えている。 馴れ合いなどごめんだと、そう思っていたが現実はどうだ、すでにこのパーティの、自分以外の三人の仲間に酷く寄りかかっている。彼女の不在でそれに気付き、ククールは苦笑を浮かべた。いないと生きていけないというほどではないが、いないとどこか違和感を覚える、それほどまで大きな存在になっている。 それが悪いとそう思うこともなく、別に良いんじゃないのかと思うことが出来るようになるほど自分も変わったと、そういうことなのだろう。 「よし、じゃぁ、実家に戻っていたお母さんが帰ってきたところで、次は黒犬捜索へと向かうことにしようか」 そう言うエイトの顔もどこか明るい。その言葉にゼシカは文句を言うこともなく、「残してきた子供が心配で」と悪乗りをする。子供役はエイト以外にいないとすると、妻に逃げられた情けない夫役はククールかヤンガスかのどちらかであろう。 隣に立つヤンガスへ目を向けると、「アッシはペットのポチでいいでがす」と先手を打たれてしまった。 「ほら、おとーさん、お母さんに謝らないと。酒も博打ももうしませんって」 「あら、それ良いわね。ついでにその軽いところもなおしなさいよ」 必然的に夫役を押し付けられたククールのマントを引いてエイトが言い、それにゼシカが笑って答える。何だか良いようにからかわれている気がして、ククールは大きくため息をついた。 「つーか、ゼシカの場合は、子育てに疲れたってのもあると思うぞ」 「何、俺のせいだっての?」 「違うと言い切れるか?」 実際にはゼシカがパーティを抜けたことに理由はないのだが(しいて言えば原因があるだけだ)、それでもその理由をぎゃあぎゃあと言い合いながら久しぶりに人数が揃ったパーティは進路を北へと取った。杖を咥えた黒犬が北へ向かった、という情報を得たためである。 リブルアーチから北へ道なりに進むと東側に大きな塔が見えてくる。ゼシカ不在のままの攻略だったその塔の特殊さをエイトが熱弁をふるって説明しているが、如何せん語彙が少ないため当のゼシカにはうまく伝わっていないようだった。「シーソーがすげーんだって、シーソーが」という言葉だけで理解しろ、という方が無理だろう。 ただ聞いているゼシカはほんの少しパーティを抜けただけなのに、リーダのそんな頭の悪い言葉が懐かしいのか、笑いながら「じゃあ今度連れてってね」と答えている。 エイトは今朝出発してから今まで、ゼシカの側を離れようとしない。本当に、久しぶりに会った母親(あるいはゼシカの年齢を考慮して姉)に構ってもらいたくて纏わりつく子供のようだった。 「この辺りから少しずつ寒くなるのね。木の葉が茶色だわ」 現れるモンスターを倒しながら進む一行の目には、赤や黄色に色づいた山々が写りこんで来る。これより北はまだ足を踏み入れたことのない土地になる。船を手に入れ、キラーパンサーの協力を得、色々な場所を訪れてきていたがこの程度で歩きつくせるほど狭い世界ではない。 徐々に冷たくなる風にあらかじめ用意しておいた防寒着を引っ張り出す。着膨れて動けなくなっては元も子もないが、寒さでろくに動けないのも意味がない。 聳え立つ山の麓にぽつんとあった教会を借りて一時ほど休憩し、トンネルを抜けたことがあるらしい商人の話を聞いて準備を整える。道なりに進めばオークニスという町があるらしい。たとえ雪に閉ざされた国であっても人間はたくましく生きている。人がいるのなら何らかの話を聞くことができるだろう。その町までトンネルからそう遠くはなく、半日もあれば十分にたどり着ける距離らしい。 「雪ねぇ。アッシは積もったところをほとんど見た覚えがねぇでげすが」 いつもの山賊スタイルではなく上着を着込んで、もこもこになっているヤンガスがトンネルへ足を踏み入れながらそう言った。パルミドは大陸の南側にある。もし彼がその辺りを中心に生活していたのなら、それも当然のことなのだろう。 「俺は雪自体見たことがない」 エイトがそう言うと、「私もあまり覚えがないわ」とゼシカ。リーザス村やトロデーンのある大陸では、雪そのものが珍しい。マイエラ修道院やパルミドがある大陸だと降るには降るが、積もるまではいかないようである。 「そんじゃ、皆で揃って初体験と行きますか」 意気揚々とそう言ったはいいが、進むにつれ寒さはどんどんと増している。まず足の指先の感覚がなくなり、次いで手の指が思うように動かなくなった。とりあえず気力さえ持てば魔法は使えるので、いざとなったらライデインでも打とう、と考えたところで、不意にトンネルが途切れた。 「…………いっくらなんでも、これ、降りすぎだろ」 ククールの呟きは、あたり一面を覆いつくす銀雪に空しくも吸い込まれていった。 「とりあえず、はぐれないように行こうか」 「見失ったら遭難するわね、これ」 ぽつり、と呟いたエイトへ、隣に立ち呆然と雪景色を見つめていたゼシカが答える。まずは先に進まないことには雪国の町へたどり着けない。町にさえ着いてしまえば多少黒犬の情報も得られるだろう。 できるだけモンスタに会いませんように。 慣れぬ雪上での戦闘などご免である。それでなくてもここは初めて来る土地。どんなモンスタが現れるのかも分からないのだ。 気をつけながら進もうか、そうエイトが仲間たちへ声をかけようとしたとき、トロデ王が「わしは先へ行くぞぃ」と声を上げた。どうやらヤンガスと軽く言い合ったらしい。雪に足を取られぬよう歩くミーティア姫の歩みは遅く、二人に遅れまいとエイトたちも続く。 そのときだった。 「……何か、音、しない?」 ゼシカがそう言うので立ち止まって耳を澄ます。しん、と耳が痛くなるほどの静寂を感じたすぐ後、ごごごご、と低く何かが唸る音を聞いた。 「どうかしたか?」 エイトとゼシカを置いて先に行っていたククールが振り返ってそう尋ねる。しかし二人ともそれに答えられない。音の方向を同時に見上げたエイトとゼシカは、咄嗟に言葉を発することができなかったのだ。 口を開けたまま立ち尽くす二人の視線を追ったククールも、目にした光景に息を呑む。 「陛下っ! 急いでその場を離れてくださいっ! 先へ! 我々のことは構わずに先へっ!」 パチン、と呪縛が溶けたかのようにエイトがそう叫ぶ。同時に「ヤンガス、お前はここへ戻れ! 一人はぐれたら流される!」とククールも声を上げる。 三人が捉えた光景は、高い山の上から音を立てて滑り落ちてくる雪の塊。かなりの規模の雪崩であった。 「ゼシカ、早く!」 できれば走れるだけ走って雪崩の範囲から逃げるのがいい。しかしこの距離ではもう無理だ。おそらくエイトだけではなくククールもゼシカもそう判断しただろう。上手くすればトロデ王とミーティア姫は助かるかもしれない。仲間のうち一人でも助かれば、雪崩に巻き込まれた後救出してもらえる可能性だってできる。 そのときのことを考え、できるだけ四人一緒に、はぐれないようにした方がいい。 ゼシカの手を引いてククールの元へと走る。ヤンガスもこちらへ戻っており、おたおたと頭上を見上げていた。ちょうど四人が一箇所に集まったそのときと、雪崩が彼らの元へ押し寄せたのはほぼ同時であった。 ゼシカを守るように抱き込み、背中へ衝撃を受けたところでエイトの意識は途切れた。 ←序へ・2へ→ ↑トップへ 2006.09.03
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